第十五話 試されるモルモットたち

 ふたりきりのタキの居室で。


 ハルトは目下もっか絶体絶命のピンチにおちいっていた。


「ほら、早く……早くしてくれ……」


 シャワー直後のタキの手が、必死に顔を覆っていたハルトの手をからめとる。


「……こら。見ろ、と言ってるだろうが。素直に従いたまえよ、ハルト・ラーレ・黒井くろい試練生」

「う――っ!?!?」


 強引に掴まれた両手を降ろされると、そこには。



 おっぱいが………………ない。



 いやいやいや!


 きっちりと入念にタオルを身体に巻きつけたタキの姿があった――あっただけだ。


 というか……半分出ちゃってますけどそれは。



 などと絶賛錯乱中のハルトもすぐに気づいた。たしかに抜けるような――ある意味病的とも言える――白い肌をしたタキの胸のふくよかなモノが半分、こんにちはー! していたのだが。


「その傷……それって、昨日言っていた……」

「ふむ――そうだ。ようやっと見てくれたな」


 タキは怪訝けげんそうに左眉を跳ね上げると、お道化どけた仕草で自分の左胸の醜い傷痕を見おろした。手術痕というにはあまりに不自然で、まるでそこだけ強引にえぐり取ったように引きれている。


「そしてこの傷こそが、私が元・個人指導教官チューターズだという証であり、その忌まわしい『呪い』から逃れたという証拠だよ。……やけに気にしていたろう? 個人的に気になってしまってな」

「そ、それ、は――」


 昨日の座学において、ハルトははじめて目の前にいるタキ・入瀬いるせという女性が『人造人間ホムンクルス』であり、かつて個人指導教官だったことを知った。


 たしかにオキナワ・ベースにおいて、指揮官たちだけが明確に倍近くの歳を経ている。彼ら以外の試練生が、二、三年ほどの多少の誤差はあれども、ほぼ同じ年齢だというのにだ。


 つまりは『オトナ』なのだ。


 そして、ハルトが知る『オトナ』とは、イコール個人指導教官――ビショップを指していた。


 ハルトにとってビショップは、教師であり親であり――そして、嘘と偽りの象徴だ。愛と同時に憎しみの感情がある。恨めしく思うが、恋しいと思わずにはいられない。まさに『親』だ。


 その同じ出自しゅつじを持つタキに対し、ハルトはどうしても疑いの念を抱かずにはいられなかった。


 だから、問うた。

 問い詰めた――。


「抱きしめて、頭をでてやろうか――?」


 ハルトは――今はとても、笑う気分にはなれなかった。静かに首を振る。


「タチの悪い冗談だったな。……いや、なに。君があまりに哀しそうな眼をしていたからさ」

「俺の個人指導教官は――」


 首を振って言い直す。


「――ビショップは、俺たち三人の親代わりだった。いや、それ以上だったのかもしれない」

「だろうな。私たちはそのように『造られている』」

「信じて、いたんだ」

「だろうとも」

「でも、ビショップは俺たちを……ずっと騙していたんだ」

「………………さて、それはどうだろうね?」

「??」


 唇を引き結んでうつむいていたハルトは、タキの意外なセリフに、はっ、と顔を上げた。


「それ、どういう意味だ?」

「言葉のとおりだよ、ハルト・ラーレ・黒井試練生」


 はっ――タキは、くちゅん、と妙に可愛らしいくしゃみをすると、顔をしかめてベッドの上に放り出されていた白いブラジャーを手に取る。ハルトは慌てて後ろを向き、見ないようにした。


「私たち個人指導教官は、『造られた人間』ではあっても、決してロボットなどではない。感情も情緒も、人並みに備わっている。ただ、それが表面に出ないよう抑制されているだけだ」


 そう言われてみれば、違和感がある。はじめて会った時もそう感じたが、ビショップに比べるとタキは、わずかながらも感情を表に出しているように思えたのだ――どうして?


「さっき傷痕を見せたろう? これは、統合政府の技術者が埋め込んだ、安全装置セーフティを摘出した痕だ。おかげで私は、感情と情緒を取り戻すことができた。ついでに、位置情報やなんやもな」

「なんのために?」

「感情や情緒を抑制するのは、お前たち試練生に情が移った挙句あげく、この世界の秘密を暴露されないように。位置情報を取得するのは、脱走や命令違反を防ぐため。それはお前たちもだぞ?」

「……認識票ライフバンドか」

「そのとおり」


 どうして――そう尋ねようと振り返りかけたハルトだったが、今まさに制服のズボンを履こうと前かがみになったタキのヒップが視界に飛び込んできて、慌てて、ぎゅん! と向き直った。


「――っ!?」

「?? なにを慌てている?」

「いえいえいえいえ!」ハルトは何度も首を振った。「ぎ――疑問が湧いただけだ……です。そのう……統合政府は、結局俺たちを――いや、『人類の未来』をどうしたいのかな、って」

「どうしてそう思った?」

「どうして、って――」

「まるで、自ら『家畜』になる道を選んだように思える――違うかね?」


 その問いに対する沈黙は肯定だ。


 ぎしり、とタキがベッドに腰掛け、軋みを上げた。もう振り返っても大丈夫そうだ。


 と突然、


「あははっ! そんなに愁傷な生き物かね、人間は?」


 タキは声を上げて笑いはじめた。安全装置とやらがなかろうが、そんな風に笑うとは思ってもみなかったハルトは面喰う。


 振り返り、タキの笑顔の中に憎しみのカケラをハルトは見い出したような気がした。


「そうカンタンに『この世界』の支配者の座から降りるかね、人類は? はッ、馬鹿馬鹿しい。そんな聞き分けの良い生き物だったのなら、こんな醜くも浅ましい手段はとらなかったろうよ」

「醜い? 浅ましい?」

「だって、そうじゃないかね?」


 タキはなおもおかしそうに、くく、と笑っていた。


「自分たちの同胞をあざむき、躊躇ためらわず『生贄いけにえ』に差し出してまで、反撃の機会をうかがい密かに牙と爪を研いでいる連中だぞ? ビショップとやらに聞かなかったか? お前たちは『生贄』だと」

「……っ」

「そして、その対価を支払う代わりに、一部のごく優れた能力を発現した子どもらを生かし、やつらを『この世界』から葬り去るための策を練っている。もちろん、連中には極秘にな?」

「どうしてそんなところまで知っているんだ?」

「私が――私たちが個人指導教官だからだよ」


 タキは立ち上がり、ハルトに近づくと、グレーの髪の毛をひと房手に取り見せつけ、それから上下のまぶたに指を添えて、大きく見開いた灰色の瞳にハルトを映した。


「そのビショップとやらに、さぞ私は似ているのだろうな? それはそうだとも! 私たち個人指導教官は、元々同一の個体から分派しているのだから。ポータルを経由すれば、知識と記憶を共有することだってできる。『この世界』の維持管理に欠かせない、優秀な情報端末だよ」

「なんで――」

「??」

「なんであんたは、そこまで俺に話す? なんであんたは……俺の疑いを晴らそうとしない?」

「おや? もう忘れてしまったのかね?」


 いつかと同じ、まっすぐな目でタキはハルトを見つめた。


「選ぶのは――君だ」




 ◇◇◇




「ヘイ! 『初心者ニュービー』! 一体どこほっつき歩いてやがったんだよ!?」

「わ、悪い悪い」


 心ここにあらず、といったぼんやりとした足取りをガビが目敏めざとく見つけて問い詰めた。


「ん? ……お前、シャワーでも浴びてきたのか? こんな時間に?」

「――!?!? そっ! そんなワケないだろ、ガビ!」

「なーんか匂いが違う気がしたけど……気のせいか。なら、いいけどよぉ」


 ガビは口ではそう言うものの、明らかに不機嫌そうにむくれている。分隊の仲間の顔を見回すと、どことなく、ほっ、としたような表情を浮かべていた。ガビの追求から辛うじて逃れたハルトは早速エドを見つけて囁きかける。


(……どうなってるんだ?)

(あのね、君……。ま、いいか。ともかく女王様は、誰かさんがいないせいでご機嫌斜めでね)

(??)


 エドは呆れた口調でそう告げたきり、隣のチェンニと話す(?)のに夢中らしい。途方に暮れたハルトは、朴訥ぼくとつな笑みを浮かべてどっしりと座っているモンドに尋ねてみることにする。


「モンド、次の教練の準備はいいのか? なんか、みんな手持無沙汰っぽいけど……」

「おらたち、待ってるス」

「なにを?」

「そンの、次の教練の準備を、ス」


 ん?


 話が一巡している。

 ますますワケが分からない。


 その時、ついさっき別れたばかりの顔に再会した――タキだ。


「さて、準備ができたようだ。分隊ごとに分かれて乗車しろ。これから北部訓練場に向かう」




 ◇◇◇




 北部訓練場――沖縄本島北部に位置する訓練場で、正式名称を「ジャングル戦闘訓練センター」と言う。総面積は約35.33平方キロメートル、沖縄における最大の軍事演習場である。


 六輪駆動のM1083・5トン・カーゴトラックに揺られ、訓練場までやってきた試練生たちを待っていたのは。


「さて、ようやく諸君らにもお披露目することができる。これが次世代分隊火器、タイプ1だ」


 他の小隊の連中も集まっているらしい。かなり大がかりな教練だ。今まで目にしたことのない小銃を構え、インカム経由で説明している指揮官にどうも見覚えがある。


 もしかすると――。


「こいつの性能については、実際に見てもらった方が早いだろう。……アイク分隊長、前へ!」


 やっぱりだ。


 この前揉めたばかりの顔がそこにあった。たしか『ブリキの兵隊ティンソルジャーズ』、そう呼ばれていたはずだ。なぜ仲が悪いのかは今ひとつだったが、早くもハルトの中にも対抗心が芽吹いていた。


 前回の騒動の時にタキと共に止めに入った指揮官の声に即座に応じ、アイクは渡された小銃をしげしげと見つめた。ハルトたちの位置から見ても、今まで使っていたアメリカ軍の『遺産レガシー』とはまるで違うことが分かる。もちろんその違いは、その独特の形状だけではないだろう。


「アイク! 実際に持ってみた感想はどうだ? 今、分隊長が構えているのが自動小銃オートマチックライフルモデルで、重量は従来の物より300グラム軽量化されている。ベース・ブロックとバレル、ストックなどを組み合わせることによって、騎兵銃カービンモデルや狙撃銃スナイパーライフルモデルに換装することが可能だ。四本のガイドレールには、連装式擲弾グレネードや電子照準器を乗せることもできる。量産性と汎用性の高さがなによりの魅力だな。……では、実際に撃ってみせよう」


 指揮官――名札にはディーコンとある――は、殺風景な風景の中では違和感しか生まない長机の上から一丁の自動小銃タイプを手に取り、構えた。広い訓練場のはるか遠くに標的がある。


「使い方は、覚えてしまえばシンプルだ。このタイプ1は複数種の弾薬を同時に扱うことができる。左にセレクターがあり、順に、安全、単射、三連射、連射の切り替えができる。右にもセレクターがあるが、こっちは装填している弾薬の切り替え用だ。今はどちらも通常弾だな」



 ――がいん!



 はるか遠くに立てられた標的が鈍い金属音を響かせた。


「弾薬は、従来より口径が増して、静音性も向上した亜音速弾薬だ。発射音が静かだろう?」


 口元をわずかに引き上げ、ディーコン指揮官は満足げに微笑む。それから試練生たちに見えるよう、電子照準器の根元あたりにある、赤いデジタル表示を見せながら続けた。


「残弾数は、ここに表示される。種類の異なる弾薬を装填した際には、右のセレクターで選択した方の残弾数が表示される。これで弾切れにも素早く対応ができるというワケだ」


 ひととおりの説明を終えたディーコン指揮官は、タイプ1を置き、再び一同に向き直った。


「これから諸君らは、このタイプ1を自在に使いこなせるまで、みっちりしごかれることになる。それこそ、寝ぼけたままでも標的を撃ち抜けるようになるまでな? ……なにか質問は?」

「よろしいでしょうか――!」


 と、アイクが姿勢を正して発言する。

 ディーコン指揮官は頷いた。


「これであれば『幻想世界の住人』共の硬い皮膚を容易に貫ける、そういうことでしょうか?」

「可能だ。ただし、試算上では、だがな」

「通常弾でも、ですか?」

「そのための新型試作品だ。いずれにせよ、結果は実戦でこたえ合わせをすることになるがな」


 ハルトが挙手をする。


「その、試作品……っていうのは?」

「そのままの意味だ」ディーコン指揮官は当たり前のように肯定した。「ようやくオキナワでも態勢が整い、武器の製造と量産が可能になったのだ。そこで、今まで集めたデータを分析・研究して新たに設計された試作品が、このタイプ1だ。諸君らにはモルモットになってもらう」



 ――ざわり。



(モルモット、って……言いたい放題言ってくれるぜ)


 腹は立ったが、現状、それしか手がないほど追い詰められている、ということは分かる。


 安全性・信頼性については、ひととおりのテストは行っているのだろうが、果たしてこれが、実践でやつらに通じるかどうかは未知数、撃って、当ててみるまでのお楽しみ、というワケだ。『使い捨ての駒』――エドのセリフが脳裡に蘇った。


「他にないかね?」


 ディーコン指揮官は問いかける――こたえはない。


「では、小隊ごとに分かれ、教練に移る。一か月後、ゴムスタン弾を使った模擬戦闘も行う予定だ。日頃の鬱憤うっぷんを晴らすいい機会だぞ――期待している」



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