第十話 キャンプ・シュワブの『初心者(ニュービー)』

 それから何日か過ぎた。



 あいかわらずタキ・入瀬いるせは、ハルト・ラーレ・黒井くろいの下へと日々足を運んでいたが、彼女はもうなにも言わなかった。拘束もすでに解かれ、ハルトの体調や心身状態をチェックして去る。



 そうして、三日経った頃だった。



「……タキ。俺はチカラが欲しい」

「ふむ――本気かね?」

「ずっと考えていた。本気だ」

「なぜだ? と尋ねても?」


 ハルトはすぐにはこたえなかった。

 代わりに、まっすぐタキのグレーの瞳を覗き込む。


 それから、


「俺はあいつらと約束した。ずっと一緒だった幼馴染おさななじみだ。一年後に会おう、そう約束したんだ」

「ふむ――」

「………………いけないか?」

「いいや。こんな『現実セカイ』でも、夢や希望のひとつやふたつ、あったっていいさ。違うかね?」


 そうしてハルトは、『選んだ』のだった。




 ◇◇◇




「ついてきたまえ」


 四月の暖かな沖縄の風が、ハルトの髪を揺らす。


 医療施設を出ると、そこには広々とした平坦な敷地が広がっていた。キャンプ・シュワブ――かつてのアメリカ海兵隊の基地である。


 物珍しさにきょろきょろしていると、数メートル先でタキが立ち止まって苦笑している。


「ふむ――まるで子どもだな、君は。じきここの風景は、悪夢となって出てくるようになるさ」

「か……っ、からかうなよ」

「そりゃ、からかうだろう? あと、念のため思い出して欲しいんだが、私は君の上官・・だぞ?」

「無理に敬語を使われるとむずがゆくなる、とか言ってなかったか?」


 タキは、ははっ、と声に出して笑った。

 が、急に謎めいたあやしげな顔をする。


「これからお前を『ある分隊』に連れていく。新しい仲間たちだ。ついでに……私の信奉者だ」

「ひょっとして……狂信的な、か?」

「くくっ、察しが良い男は好きだよ。くれぐれも言葉づかいに用心したまえ。命が惜しければな」


 辿り着いた先は兵舎だ。元々あったものなのか、新しく建てたものかは分からないが、ODオリーブドラブ色一色に塗られたカマボコ型の、典型的な兵舎のようだ。


 その鉄製の扉を、ノックもせずタキは開けた。

 と、途端に全員の動きが止まる。


「――!? 指揮官に敬礼!」

「いい、楽にしろ。……ガビ! いるか!?」

ここでありますイエス・マム!」

「おい、行くぞ」


 タキはあごうながし、ハルトを連れて兵舎の奥へと進んで行く。他の連中が元の作業に復帰していく中、その五名だけが直立不動の敬礼の姿勢を維持して微動だにしない。


「ガビ、お前たちの分隊は、欠員が出ていたな?」

「はい! ですが、自分らは五名で充分であります!」

「おいおい、そういうワケにはいかんだろう? 私の指揮下の分隊は皆、六名で編成している」

「失礼しました!」


 ハルトはまじまじとその五人を観察する。


 ガビ、と呼ばれた大柄な女が分隊長らしい。MMAのリングでもなかなか見ないれする体格だ。


 しかし、あとの連中はというと、やけに小さかったり細かったりする。背丈もまちまちで、まるで五人の兄弟姉妹だと言われても信じそうなくらいの格差がある。滑稽なくらい、てんでバラバラだ。



 だが――。



「タキ指揮官のご配慮に感謝いたします!」

これ・・が、この分隊に補充された新兵、ハルト・ラーレ・黒井試練生だ。……お手柔らかにな」

了解しましたイエス・マム!」



 ひとつだけ、彼らに共通することが見つかった。

 新入りには一切関心がない、ということだ。



(……やれやれ。こりゃ、大変そうだぞ……?)


 そんな思いを心の引き出しの奥の奥にしまい込んで、ハルトは教わったばかりの敬礼をする。


「ハルト・ラーレ・黒井であります! ご指導、よろしくお願いします!」

「よろしい。では、なにかあったら声をかけてくれ。任せたぞ、ガビ」

了解しましたイエス・マム!」


 そして、タキは兵舎から出ていった。

 その直後だ。


「くそっ!! 『初心者ニュービー』なんか願い下げだってんだよ、タキの野郎! ……おい、やるぞ!」

「へいへい、分隊長様はご機嫌斜め、ってね」

「黙・っ・て・ろ、エ・ド」


 分隊長・ガビは、憎々しげに吐き捨てると、ハルトと目も合わせず、肩を思いきりぶつけて押し退ける。そして、粗末な造りの二段ベッドの下の薄いマットレスに、どすん、と腰掛けた。そこだけ荷物がないところを見ると、そこがハルトのつつましやかな新居らしい。やれやれ。


 そして、おのおの思い思いの場所から隠していたカードを引っ張り出すと、ゲームの続きが始まった。


「おお、怖っ! ……さぁて、誰からだったかな?」

「ハ、ハナは、き、切ったよ」

「おらも」

「じゃあ、チェンニだな! ……ん? アイツはいいのか、って? 君はいつもお優しいねえ」


 気づくと、チェンニ、と呼ばれた男だけが悲しそうな目でハルトを見ていた。


 ……いや。

 ただ単に、目が細いだけかもしれない。


 ともかく、やたら色の白いアジア系の、うれいに満ちた顔立ちをした無口な青年、チェンニにつられて、他の分隊員たちもハルトに熱い視線を注ぎはじめる。ハルトはたちまち慌てた。


「ええと……お、俺は、ハルト・ラーレ・黒井だ。『新東京区』から来た。『学校スクール』では――」

「はン、『学校』なんざクソ喰らえだ」


 ばっさり、とガビが両断した。


「そ、そうか? うん、まあ、そうだよな。ええとだ……ええと……格闘技をやっていて――」

「……今年のMMAミドル級王者。へえ! 大したもんだ!」

「エ・ド・?」

「しかも、三年連続ときたもんだ! いやあ、どうも僕はあの、非文化的なスポーツが嫌いで」

「エ・ド・ッ・!!!!」

「はいはいはい……。なんだってんだよ、もう。ウチの分隊長殿は……」


 ぶつぶつとこぼしながら、エドと呼ばれた金髪のメガネ男は古びたノートPCを閉じる。


「ほら! チェンニ! さっさと切りな!」

「ちょ――ちょっと待ってくれ!」

「……ああン?」


 またもや無視されそうになり、慌ててハルトが割り込む。ガビは目を細め、睨みつけた。


「どうして――ええと――エド、って言ったよな? どうして、俺のことを知っているんだ?」

「そりゃあ、まあ……調べたからさ」


 どこか、きょとん、とした顔つきをしている。くしゃくしゃとしたパーマの髪をき上げ、一度はしまい込んだノートPCを引っ張り出して、エドは再び、ぱかり、と広げた。指がおどる。


「ちょちょちょい、っと統合政府のデータ・ベースに侵入してね。まあ、天才ハッカーの僕にかかれば、こんな時代遅れレガシーのシロモノ、造作もないんだな、これが。だから、全員知ってるよ」

「そ、そっか」

「でも、悪いんだけど、それどころじゃなくってね。……あーっ、チェンニ! それ切る!?」

「はっ! いただきだ!」


 なんのゲームをしているのかはさっぱりだが、どうやらガビが勝ったらしい。エドは情けない泣き顔を浮かべ、手にしたカードをマットに伏せると、うらめしそうな目でハルトを見つめた。


「ええと……悪かったな」

「あー、気にしないでくれ。君のせいだけど、君のせいじゃない」


 ほれ、と乱暴に突き出された手に名残惜しそうにコインを乗せる。どうにもこのエドという青年は、根っからのお人好しというか――ハルトが言えた義理じゃないだろ! と陽介の声がした――乗せられやすいタイプというか、話しかけられると、つい、相手をしてしまうようだ。


「なあ、いいか――?」


 だが、いつまでのその人の好さに甘えているワケにもいかない。ハルトは正面から斬り込むことにした。


「次のゲームから、俺も混ぜてくれないか? 良いだろ、今日から『仲間』になったんだし」


 おびえることなくびることなく、真っ向からそう声をかけて、エドの隣に辛うじて残されていた領地――エド、チェンニ、ハルトの三人の重みで簡易ベッドが悲鳴を上げた――に座る。


「なんていうゲームなんだ? 俺も知ってるヤツだといいんだけど。……ああ、俺、配るよ」

「ヘイ! 『初心者ニュービー』! カードに触んな!」


 ガビである。


 数枚拾い上げたばかりのカードは、奥から伸びてきたごつごつとした手でひったくられてしまった。女の子の割にガビは、兵士というより、どこか覚えのある武骨な手をしていた。


「……ん?」


 そこで、ふと、思い出したのだ。


「思い出した! もしかして、女子MMAヘビー級の女王、沙也佳さやか・ガブリエラじゃないか?」

「うわわっ!? ちょ――!!」


 頓狂とんきょうな声を上げたエドが慌ててハルトの注意をこうとフィールドパンツを何度も引っ張るが、『自分と同類』であることを思い出せた嬉しさも相まって、ハルトは夢中で言葉をつないでいく。


「君のウワサは何度も聞いたことがある! 『霊長類最強女子』、『戦う大天使アークエンジェル』って呼ばれていたトップファイターだ! 十二歳のデビューから負け知らずで、トーナメント六回連続――」

「黙・れ・『初・心・者』!」




 兵舎を揺るがすほどの大声が響き渡った。

 たちまち不気味なまでの静寂が立ち込める。




 ひとり、きょとんとしているのは、本心からの尊敬を込めた賛辞さんじを並べ立てていたハルトだ。いきなり静まり返った周りの連中の顔をひとつひとつ見つめたが、次々とそらされてしまう。


 まるで状況がつかめないハルトは、無邪気な笑みを引きらせながら誤解をこうとした。


「お、おいおい……。別に怒ることないだろって! 俺、マジで君のことを心から尊敬し――」

「ンなこたぁどうでもいいんだよ、『初心者ニュービー』!」

「……それ、やめてくれないか? 俺は、ハルト、だ。君たちの新しい『仲間』の」

「はっ! 『仲間』? 誰がだ? それを決めるのはあたしたちだ」

「で、でも、タキ指揮官も言ってたろ?」

「タキなんざ、クソ喰らえだ」


 取り付く島もない。


「それよりも、だ。あたしを呼ぶ時は『ガビ』って呼びな、『初心者ニュービー』。でなけりゃあ――」

「……でなければ?」


 さすがのハルトも、いい加減下手したてに出るのが嫌になってきた。いくら『お人好し』だ、などと言われ慣れているからとは言え、こうまで露骨に無視をされ、煙たがられれば腹も立つ。


「――どうなるっていうんだ? 『ガブリエラ・・・・・』?」

「よぅし! ブッ殺す!!!!」


 その時、ゴングは鳴った。



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