第二話 幼馴染の三人の日常風景

「大体、君たちはだな――!!」


 陽介・ミハイル・小鈴江こすずえ


「も、もしかして……お兄ちゃん、じゃなくって、お父さん、の方が良かった?」


 サリィ・ミルドレッド・三国みくに


「……そういう問題じゃないと思うぞ、サリィ」


 そして、このハルト・ラーレ・黒井くろいの三人は、六歳からの長い付き合い――幼馴染おさななじみである。


 正確をすなら、この学園都市、「新東京区」での再会が六歳の時だった、というべきだろう。それ以前からも交流のあった三つの家族の子どもたちが、この東京湾に浮かぶ人工島で再び出会うことになるとは、誰が予想していただろうか。まさに運命的な「奇跡」だ。


(奇跡、か……。だよなぁ)


 ハルトの口元が思わずゆるんだ。


 新世紀にはじまった新たな施策。すべての子どもは親元を離れ、成人年齢十八歳を迎えるその日まで、この「新東京区」で「正規市民」となるにふさわしい教育を受けねばならない――それが統合政府の示した「次の世代を造る」ための新たな指針だった。


 当然、この「新東京区」以外にも、世界各地に同様の人材育成特区が生まれた。その根本原理はいずれも同じだ。旧世紀体制を脱して「人類の犯した過ち」を清算し、新世紀へと繋げてゆくこと。「自然回帰」――それこそが地球全体の進むべき正しい道であり、スローガンだ。


 その「新東京区」で、彼らは再び出会った。

 これを「奇跡」と呼ばずして、なんと呼べばいいのだろうか。



『十八歳になったあなたたちには、「正規市民」としての輝ける人生が待っています――!』



 上空に漂う飛行船から、『学校スクール』帰りのこの時間に聞き慣れたメッセージが響き渡った。ふと、ハルトは空を見上げる。


 スクリーンの中のサリィ――いや、PBAの顔、『ハニエラ=ローズマリー』の完璧なまでの美しい金色の髪と微笑みがそこにあった。俺はそのままの方が好きだけどな――ハルトは隣にいる現実世界のサリィをちらりと盗み見て、ふ、と笑みをこぼした。『ハニエラ』は続ける。


『さて本日は、ひと足早く「正規市民」となった元・試練生、ライア・マリーゴールドの充実した日々に密着し、インタビューを交えて、そのサクセスストーリーをご紹介しましょう――』


 スクリーンの映像が変化し、『ハニエラ』のアバターがズームアウトすると同時に、画面全体にひとりの少女の姿が大きく映し出された。洒落しゃれたログハウスのリビングでくつろいでいる。


『ハイ、ハニエラ!』

『ハイ、ライア! あら? ひょっとして、緊張、していますか?』

『ええ! ドキドキしてる! だって――おっと! もしかして、心臓の音、聴こえてる?』


 ライアは恥ずかしそうに、ふう、と息をつくと、控えめな胸元を押さえ、目を丸くする。


『ふふ、リラックスしてくださいね、ライア』

『ハニエラとお話できるだなんて……! それに、あたし、インタビューってはじめてで……』

『安心して下さいね、ハニエラが優しくリードします♡ では、早速ですけれど――』


 うっ――突然、ハルトの脇腹に横合いからひじが控えめに突き刺さった。


「おい、上ばかり見てるなよ。MMA王者様もスキだらけだな。……アレ、もう見飽きたろ?」

「痛たた……まさかヨースケにポイントでリードされるとは。……良いだろ、好きなんだって」

「毎日毎日、大してかわえのしないテンプレじゃないか、あんなモンは。だろ? サリィ?」

「あ、あたしにそれを聞くの?」


 ハルトたちが好き勝手言っている間に、スクリーンの中の映像は次々切り替わっていった。


 学園都市時代のライア――ステージ・ドレスに身を包み、背筋を伸ばしてヴァイオリンを構える姿は、まるで一枚の絵画のような優雅さだ。そして次に、スピーチ台でトロフィーを授与されているシーン――学園対抗スピーチコンテスト・最優秀賞――その金色の文字が輝いた。


 と、場面が切り替わる。


 今度は、うってかわって未開拓の森の中だ。先程までの才女然とした洗練された装いをすっかり脱ぎ去ったライア。まるで猟師か木こりかのように薄汚れた恰好をして、ノーメイクの顔にはびっしりと汗が噴き出している。しかし、表情はこれまでにないほど生き生きと輝き、生きる喜びに満ちていた。肉体的にも、精神的にも、大きく成長を遂げたかのようにみえる。


 ライアは、ストップモーションで切り取られたふたりの「自分」を見て、軽く肩をすくめた。


『別人でしょ?』

『ええ! まるで「生まれ変わった」みたいに見えますね、ライア!』

『そう。まさにそこなの。それこそが「生存試練サバイバル・トライアル」の素晴らしさなの』


 ふたりの「ライア」のうち、生き残ったのは「生存試練」後の彼女だ。


 再び時間の進みはじめたスクリーンの中でライアは、まるでそれが年代物のヴァイオリンであるかのごとく手作りの武骨な弓を悠然ゆうぜんと構える。そして、見事に一矢で一頭の雄鹿おじかを仕留めた。それから、熱弁を振るうがごとく斧を振り下ろしまきを割ると、手際良くナイフ一本で雄鹿を解体し調理しはじめた。スクリーン越しの夕暮れの風景から、あぶらげる香ばしい匂いが伝わってきそうなほどだ――がぶり! じゅわっ!――そこでは、マナーも体裁ていさいも無用だろう。


『すべての人間は自然に帰るべきだわ。そう、まさに「自然回帰」ね。ここは人生そのもの!』

『ワイルドですね! でも、時には危険なことだってあるでしょう?』

『ええ、そうね』

『野生動物に加え、幻想世界の・・・・・住人たち・・・・もいる・・・過酷な「異世界」における生き残りですよね?』

『そう。それも含めてすべてが「正規市民」になるために必要な経験。それが「生存試練」よ』


 再び場面は切り替わる。


 卑屈そうな笑みを口端にこびりつかせた、緑色の肌の醜悪な生き物――きっと、ゴブリンだろう――の群れを、松明と剣を手と手に撃退するライア。最先端の遺伝子工学の結晶とはいえ、空想の生き物まで生み出してしまうスケールの大きさには恐れ入る。


 と、脳裡に疑問が湧いた。


「な、なあ、ヨースケ? 『生存試練』って結局、何をすればクリアになるんだ?」

「おいおい。『学校』で授業中、寝ているんじゃないだろうな? さんざん教わったろうが?」

「ま、待て! 起きてはいる! ……一応。でも、今ひとつ、腑に落ちないんだよなー」

「やれやれ……」


 呆れ顔の陽介が口を開こうとするより先に、スクリーンの中のライアがそのこたえを示した。


『「生存試練」専用に設けられた指定区域の中へ放り込まれて、一年間、自分の知識とチカラだけでサバイバル・ライフを送るのよ。与えられる装備は、最低・最小限なモノだけ――』


 というワケだ、と陽介は結局ひと言も発することなく肩をすくめ、ライアに役目を譲った。


『足りない分は自分で工夫しないといけないわ。着るものも、住むところも、食べるものだってね。そのためには生き物を殺さなければならないことだってある――さっきのあたしみたいに。でも、だからこそあたしたちは、多くの命の上に立っている「傲慢ごうまんさ」を自覚できる』

『ヒトの「傲慢さ」……哲学的ですね』

『そう、その哲学的「悟り」もまた「正規市民」たるに必要な、身に着けるべき素養なのよ』


 スクリーンの中のライアは問いかける――。


 あなたたちにも、そうする義務がある。

 やるの? やらないの? と。


 あたしはやってみせたわ!

 彼女の揺るぎない自信がメラメラと暖炉の炎とともに瞳に宿っていた。


 が、


『……なーんてね。恰好つけすぎかしら? 「生存試練」の過ごし方なんて、人それぞれよ』


 ライアはかつてそうだったように、お淑やかにチャーミングなウインクをひとつしてみせた。それに合わせるように『ハニエラ』がくすりと笑い、エンディングになる。


『ライア、今日はどうもありがとう! ちなみに、あなたの「生存試練」はあと何日ですか?』

『残り一ヶ月。でも今は、終わっちゃうのがとっても寂しいくらいなの!』

『まあ! では、あなたの残り一ヶ月が充実したものでありますように。幸運を、ライア!』

『バイ! ハニエラ! いつかまた会いましょう――「外」でね!』


 そうしてストップモーションのライアの最後のポーズをバックに、ハニエラが放送をしめくくる言葉を述べていたが、こっちの方が早い、と言わんばかりにハルトは現実の『ハニエラ』に向けて尋ねることにした。


「で、だ」


 ぐい、と大胆に距離を詰め、真剣そのものの顔でハルトは問う。


「話してみてどう思った? どう感じた? ライアについて」

「ど、どうって……?」


 えーっとぉ、と考えようとするが、ますます距離を縮めてくるハルトに、サリィは慌てた。


「ハ、ハルト!? ちょ――近い! 近いってばぁ!」

「アイツ、信用できるのか? ゴブリンは手強かったのか? どんな風に話してたか教え――」



 ――ごつん!



「やめろ、筋肉バカ。サリィが泣き出してから僕を頼っても遅いぞ。というかだな――?」


 頭脳を使う方が専門の陽介が、ハルトの脳天めがけて拳を振り下ろした。が、息を吹きかけ、冷ますように振っているところを見ると、痛かったのはむしろ陽介の方らしい。憎々しげに頑丈なハルトの頭を睨みつけると、こう続けた。


「そもそも『もとよりこの世界に存在していない生物』だぞ? 加減ならいくらでもデザインできるだろう。成人の儀式を盛り上げるための、怪物の扮装をした出演者キャストだとでも思えばいい」

「はぁ? そんなモンか? 本当に?」

「露骨にがっかりするなよ、血に飢えた戦闘民族め。いくら『生存』と言っても、あくまで『試練』だぞ? クリア者ゼロの『デス・ゲーム』じゃあるまいし。……いや、そうかもな」


 刹那、むっつりと渋い表情をしていた陽介の口元に、不釣り合いなほどの笑みが浮いた。


「仕方ない。いいか、ハルト・ザ・バーバリアン? ここだけ――僕とお前だけの秘密だぞ?」


 ぷ――堪え切れず噴き出す音が聴こえた――が、サリィには澄まし顔でとぼけられてしまった。キツネにつままれた思いで首をひねり、再び陽介を真剣な表情で見つめ直してうなずいた。


「実はな……おい、もっと近くに寄れって。……ここだけの話、今まで『生存試練』に参加した者は、ひとりも生還していない、ってウワサがあってな? ただのひとりも、だぞ?」

「ま……さか……!?」


 ハルトは、ごくり、と唾を飲む。


「じゃ――じゃあ、さっきのライアは? 取材映像だってあったじゃないか!?」

「ディープ・フェイクだ! 彼女は存在しないんだ――この世界のどこにも」

「そんな……!!」


 しかし、もうそこが限界だったようだ。


「ぷっ――あはははは! もう! ヨースケったら、悪いんだから!」

「おいおい……台無しだぞ、サリィ? もうちょっとで全部信じ込むところだったのに!」



 そこでようやくハルトは気づいたのだった。

 まんまと騙されたことに。



「はぁ!? またか!? また騙したんだな! ちょ――待て、ふたりとも!!」


 陽気な笑い声を響かせながら駆けていくふたりを、慌ててハルトが追い駆けていく。



『十八歳になった皆さん! 「正規市民」になるため「生存試練」に挑戦しよう――!』



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