第4話 南西の離島
夜の海は、暗闇に包まれていた。唯一の光は、月明かりと、ぼんやりと浮かび上がる離島の灯り。海上自衛隊の艦隊は、その離島に向かって静かに進んでいる。水しぶきを立てながら船首を切り進む艦艇、その背後からは、他の艦艇の影が続いている。
デッキの上では、隊員たちが真剣な表情で各々の役割を果たしていた。通信士は、無線を通じて他の艦艇と連携を取りながら指示を受け取り、航海士は、操舵を確実に進めていた。雷撃手や射手たちは、その武器を確認し、準備を整えている。全員が、一触即発の状態を予感させる空気を身にまとっていた。
艦橋では、指揮官が双眼鏡で前方を確認しながら、副官と作戦の最終確認を行っている。「敵の動きは?」と指揮官が尋ねると、副官は「まだ動きはありませんが、我々の接近を察知している可能性が高いです」と返答する。
遠くの方には、隣国の艦隊の灯りも見えてきていた。ほんの数キロの距離には、敵と味方が並び、互いの存在を意識しながら、対峙している。この海域は、まさに戦場と化していた。
船のエンジンの轟音と、静かに波を切る船の進行音。それに混じり、隊員たちの足音や呼吸、武器のカチカチという音。それらが合わさって、一つのオーケストラのように、緊張感あふれる音楽を奏でていた。
一度火がつけば、もう止められない。それを知っているからこそ、皆、呼吸を潜め、次の瞬間を待っていた。
総理官邸の作戦室は、一段と緊迫した雰囲気で包まれていた。大型のスクリーンには、隣国の首相の顔が映し出され、彼の厳めしい言葉が、部屋に響き渡っていた。
「1時間後、我々は日本に対して戦闘行動を開始する。我が国の要求を無視した日本政府に責任がある」という声が、重苛の中に響く。
総理は深いため息をつきながら、関係閣僚や自衛隊のトップたちを見渡した。「米国の応援は?」総理が、外務大臣に尋ねる。
「まだ、ホワイトハウスから正式な回答は来ていません。ただ、現地の動きとしては、艦隊の動きが活発化しているようです」と外務大臣は報告する。
「米国が参戦しないと仮定した場合の、最悪のシナリオを考えなければなりません」と防衛大臣が口を開く。「離島の防衛は、我々自身で行うことになります」
「しかし、米国が動かないことは考えにくい。ただ時間が必要なだけでは?」と経済産業大臣が発言するが、防衛大臣は首を横に振った。
「米国も、自国の利益を優先する。彼らが動くかどうか、あてにはできない」
総理は手を顎に当て、沈痛な表情で考え込む。「もし米国が動かない場合、我々が、どれだけの時間を持てるのか。それと、隣国との交渉の余地は、まだ残っているのか?」
部屋には、緊張が高まる気配が満ちていた。答えは出ない。しかし、一刻の猶予も許されない時の中で、彼らは次の行動を決断しなければならなかった。
官房長官の後ろには、日本国旗が背景として掲げられ、その前に大きなマイクが立てられていた。カメラのフラッシュが、たびたび光り、その度に官房長官の顔に影が落ちる。
「我々は、国民の安全を最優先に考えて行動しています。具体的な作戦内容に関しては、公表することはできませんが……」官房長官の声には、いささかの揺らぎが感じられた。
「官房長官。隣国の首相が1時間後の戦闘開始を宣言しました。我が国の具体的な対応は?」と、ある記者が切り込む。
「現在、関係各所と連携を取りながら、最善の対策を検討中です」
「国民は、不安に思っています。もう時間がないというのに、具体的な行動が見えてこないのは、なぜですか?」別の記者が、声を荒らげる。
官房長官は、しばらくの間、口をつぐんだ。「我々は全力で、国民の安全を守るための措置を講じています。詳細は、適切な時期に公表いたします」
「米国との協議の結果は?」「戦争になるのではないか?」と質問の声が次々と上がる。官房長官は冷静さを保ちつつも、その答えが難しいことを隠せない表情を浮かべていた。
緊張が張り詰めた官邸の作戦室には、黒板の前に配置された地図が各部隊の位置を示し、プロジェクターで映し出される情報が、更新され続けていた。窓の外は夜の闇で、重々しい静寂が広がっている。
「米国が後ろ盾にならない状況下、我々がまずすべきことは、自国の防衛です」自衛隊のトップ、中将は断固とした声で宣言する。「先制攻撃を受ければ、我々の戦力、動きは大幅に制約される。離島を失った際の国際的影響、そして国民の安全を第一に考えるならば、先手を打つのが最善の策です」
外相は額に汗を浮かべながら反論する。「だが、先制攻撃を仕掛ければ、国際的な非難は避けられない。さらに、米国との関係が悪化する可能性も……」
防衛大臣が口を挟む。「時間がない。隣国との交渉が進展しない以上、我々は日本の土地、国民を守るための選択をしなければなりません」
総理は沈んだ顔で、部屋に集まった者たちを見渡した。「皆の意見、感謝する。最終的な決断は私が下す。我々の選択が、この国の未来を左右することは間違いない。重大な責任を感じている」
作戦室の壁に投影された、米国大統領の声明映像が終了すると、一瞬の静寂が部屋を包んだ。続いて、室内は安堵の声と活気にあふれた。
「これで、隣国も冷静になるはずだ」
「米軍の後ろ盾があれば、彼らも踏み込めないだろう」
しかし、情報局長は顔をしかめていた。「交渉の席での隣国の態度は、ここ数時間で一切、変わっていません。彼らは、本当に戦争を望んでいるのかもしれない」
総理は、手に持っていたペンをテーブルに静かに置くと、部屋のすべての人々の視線を集めた。「私たちは、最善を尽くしてきた。しかし、未来は予測できない」
副総理が口を開く。「もう時間は残されていません。総理、あなたの決断を待っています」
総理は深く息を吸い込み、目を閉じた。彼の胸は重い決断の重みで圧迫されているようだった。部屋の中は、総理の次の言葉を待つ、重苦しい静寂に包まれた。
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