第3話 サバイバルゲーム

 緑濃い林の中、木々の隙間から、こぼれる日差しの下で、総理は迷彩服に身を包み、サバイバルゲームを楽しんでいた。背後の木陰から、こそこそと相手チームの動きを探りながら、自分の陣地へと戻るルートを探っていた。


 その時、遠くの茂みから微かに気配を感じた。しばらくの間、その気配の方向を警戒しながら見つめる総理。すると、茂みからゆっくりと一人の男が姿を現した。その男はエアーガンではなく、カメラの望遠レンズを総理の方に向けていた。


 心臓が高鳴り、総理は一瞬で事態を察知する。これは、ただのサバイバルゲームの参加者ではない。総理の動きを伺いながら、男はシャッターを切り続けていた。露出、撮影されることのリスクを感じながらも、総理は冷静に考えた。この場を離れるべきか、それとも、この場で男を呼び止めるべきか。


 総理は呼吸を整え、低く身をかがめながら木々の間を進んでいった。しかし、男の視線は途切れることなく総理を追っていた。気配を消すよう、総理は、ゆっくりと動きながら茂みへと潜り、視界から消えることを試みた。


 ここは総理の官邸ではなく、野外の未知の環境だ。そのスリルと緊張感が、総理を更に研ぎ澄ませていた。総理は、このサバイバルゲームで自分自身の姿が撮影されることの危険性を、さらなる快感に変えていった。



 週刊誌の見出しは「平和主義者総理の隠れた顔 戦争ゲームの魅力!?」と大々的に躍り出ていた。総理のサバイバルゲームの写真、そして警視庁や自衛隊の訓練場での射撃練習の写真が、ダブルページに渡り掲載されていた。


 ネット上では瞬く間に総理の話題で持ち切りになった。平和主義を掲げる総理が、戦争ゲームを楽しんでいるという矛盾を指摘する声。そして総理の趣味に寛容な意見とが入り混じり、議論が交錯していた。


 テレビのニュースでも、総理の行動が大々的に取り上げられ、与党内からも総理を批判する声が上がり始める。野党の議員たちは、この事態につけこみ、総理の資質や適性を公然と問いただす。


 総理官邸内部も騒然となった。何者かが内部情報をリークした形跡があり、誰を信じられるのか、疑い合う空気が充満していた。総理の側近や秘書たちは頭を抱え、この事態を、どう収拾すればよいのか手をこまねいていた。


 総理は国民の信頼を取り戻すための声明を検討するも、自らの行動や信念、平和主義への考えを、どう説明すれば良いのか迷走している。その夜、総理は自身の部屋でひとり、窓の外を眺めながら、自らの信念や行動について深く考え込むのであった。



 国民の目の前で総理が堕落した姿を晒すこととなり、総理の心中は複雑であった。記者会見の前夜、総理は側近たちと夜通し危機会議を開いた。側近たちも、この事態を、どう凌ぐか策を練るものの、結論が出ないまま夜が明ける。


 総理官邸の前には、多くの報道陣や一般市民が集まり、辞任を求める声や支持する声、さまざまな意見が飛び交っていた。総理の身を案じる側近や秘書たちは、総理の体調や精神的な面を気遣い、最後の瞬間まで彼の横で支え続けることを決意した。


 記者会見の時間が迫る中、総理は自らの部屋でひとり静かに時間を過ごしていた。彼は自らの決断、そしてこれからの人生、そして国民への責任について深く考え込んでいた。そして、会見の時間がきた。


 総理は、記者たちの前に姿を現し、深々と頭を下げた。彼の顔には、深い疲労と後悔が滲んでいた。「私は、国民の皆様に深く、お詫び申し上げます。私の行動は、総理としての職責を果たす資質がないことを証明してしまいました」と、声を震わせながら総理は語った。そして、最後に「私は、総理としての職を辞任いたします」と、断固とした口調で宣言した。


 総理の辞任を受け、国民や政界、メディアから様々な反応があった。一部の国民は総理の決断を支持し、一部は彼の行動を非難した。しかし、多くの国民は、この事態に対する混乱とともに、新しいリーダーを期待している目を向けていた。



 総理官邸のプライベートルームで、疲れ切った総理の姿を夫人が優しく見守っていた。総理の背中が丸くなり、その疲れが全身から伝わってきた。


「よく頑張ったわね」と夫人は静かに言い、総理の手を取り、自分のものと重ねた。その手は冷たく、数日分の疲れがためられているように感じられた。


「君が側にいてくれたからこそ、今まで頑張れたんだ」と総理は言う。夫人は、総理の隣に腰を下ろし、彼の顔を両手で包み込むようにして、優しく視線を合わせた。


「多くの人が、あなたのことを批判するかもしれない。でも、私はあなたの努力や苦労を知っています。そして、いつも、いつだってあなたの味方よ」と夫人は語りかけた。


 二人は静かに時間を過ごし、数十年にわたる、共に過ごした日々の思い出や笑顔の瞬間を再び思い起こしていた。夫人が総理の大好きな手料理を作り、二人でゆっくりと食事を共にする中で、過去の笑い話や楽しい思い出を語り合った。


 政治家として最も重要視していたのは国の未来だったが、人間としての彼が心の中で最も大切にしていたのは、夫人と共に過ごした時間と愛情であった。



 揺れる自動車の中、総理は、しばしの空白を感じながら目を開けた。熱い太陽の光と遠くの鳥のさえずり。陸上自衛隊の訓練場での銃声や、彼の妄想の中の辞任騒動。すべてが一瞬のうちに消え去った。代わりに総理の耳に入ってきたのは、隣に座る秘書の深刻な声だった。


「総理、緊急の報告が入りました。隣国の艦隊が南西の離島に向かって進行中です」


 総理の目は鋭くなり、すぐに現実に戻ってきたことを感じた。「想定通りだ。速やかに自衛隊を展開させて、離島への上陸を阻止」


「了解しました、総理」


「そして、関係閣僚と自衛隊のトップを官邸の作戦室に呼び集めるように」


「承知しました。速やかに手配いたします」


 総理の指示は、的確で迅速だった。妄想とは違い、現実の危機管理は彼の得意とするところだ。車の窓の外は、どんどん都会へと変わっていき、夜の官邸が近づいてきた。総理は深呼吸をし、即座の対応を考え始めた。

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