第三弾 お母さん概論とハゲ概論
ごく自然に言われた「お母さんになったから」と言う言葉。別に「お母さん」という立場でなくてもきっと私は同じように働いただろう。なぜならコミュ障による自己肯定感の低さから、社会の歯車になりたくて堪らなかったのだ。何かしらの拠り所が欲しくてしがみついているだけだ。
そんな訳で、くだんの「お母さんになったから」の一言は私本人にとってはちょっと違う、言うなれば余計な一言かも……なのだが、相手の立場を尊重したいところではある。
男性社員が多い職場だ。皆、母親という立場に感謝や尊敬の念を惜しまない。きっと配偶者に頭が上がらないのだろう。そしてよっぽどお子さんがかわいいのだろう。彼らにとってお子さんのそばにはいつも「お母さん」がいる。
これまでにも「お母さんなのに一生懸命働いていて偉いね」という気持ちを表す幾多の言葉を浴びてきた。私は快く受け入れるフリをしながら時にはそれを「利用している」という自覚がある。
自分にとって本意ではなくても、相手が望む理想の形に沿うことが、時には有用だからだ。助けたいと考えている人に助けを求めるというごく単純な構図。WIN-WINな立ち位置は、お互いにとって幸せな人間関係への近道だ。組織において違和を事細かに指摘することが正義であるとは限らない。
いつも通り、すぐに頭髪の話題に移っていく。案の定、彼らに他意は無い。全ての言葉が軽い挨拶みたいなものなのだ。たとえ私がこうして後からその一言を思い出し、悶々と自分の気持ちを整理していたとしても。
彼らにとって「母親概論」は「ハゲ概論」と同列である。ほんの僅かに焦りや悲哀の色を滲ませ「ハゲ」を連呼する彼らの喧騒。私は少々の哀れみの気持ちを抱きながら、苦笑いで眺めていた。
そう、これは忘年会だ。その場が良ければそれで良い束の間のお祭なのである。武器の出番など無くて良い。一旦引っ込めた私のささやかな戦闘願望はすっかり鳴りを潜めていた。
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