第70話 一瞬に全てを賭け

 春香ちゃん……!

 ダメだよ……逃げて!


 私を守る様に立ち塞がる春香ちゃん。

 恐怖で震えている。


 ダメだよ逃げて!

 絶対にゲヘナプリンセスには勝てない……!


「プリンセス・スネークポイズンブレス!」


 春香ちゃんはゲヘナプリンセスに向かって紫色の酸の息を吐き出した。

 本来は目を潰し肺を焼くえげつない技……


 だけどゲヘナプリンセスは息を吸い込み、それを声帯に通して悪魔の声を発した。


「プリンセスヘルクライ!」


 そしてゲヘナプリンセスはそのスキルシャウトで、スネークポイズンブレスを打ち消した。


 ……おそらく私のプリンセス叫喚地獄の上位互換……!

 本気でやってたらおそらく、春香ちゃん酷いことになってる……!


「……他には?」


 余裕でスネークポイズンブレスを打ち消して。

 春香ちゃんは震えながら右手の指を向け


「プリンセス・スパイダーウェブ!」


 春香ちゃんの右手の指先から発射される蜘蛛の糸の網。

 だがそれは


「阿比須族滅流奥義! 繰手狩一撃クリテカルヒット!」


 ゲヘナプリンセスは手刀でそれを消滅させた。


「他には?」


 平然と。


 ……もういい。

 もういいから……!


「いいから逃げて春香ちゃん……」


 そう私が本心を言うと


「嫌だ!」


 即座に、春香ちゃんの言葉が返って来た。


 その力強さ、意思の強さに。

 私は震える様な衝撃を受けた。


「あああああああああ!!」


 春香ちゃんは四股立ちのような姿勢で、雄叫び。


 そして


「プリンセスケンタウロスモード!」


 下半身を白い巨馬……黒王号ばりの巨大な馬に変形させ


 そのまま雄叫びをあげて突っ込んでいった。


 ……あれは特攻だ。

 私のために、春香ちゃんはゲヘナプリンセスに立ち向かって行く。


 ……殺されるかもしれないのに。


 私は泣いてしまった。

 春香ちゃんはここまでしてくれる……!


 だったら……


 私も立ち上がらなきゃ!


 ……ゲヘナプリンセスは、咲さんの鉄身五身を打ち破るとき。

 同じ鉄身五身で防護した身体で手刀を繰り出したから通じたって言った。


 だったら……


 私は鉄身五身で使用する闘気を全て右拳に集中させた。

 本来は、身体の表面に集中させるものなのに。


 そうやって、右手の鉄身五身を分厚く、強固にしたんだ。


 そして駆け出す。

 春香ちゃんを追って。


 ……春香ちゃんをゲヘナプリンセスが仕留めるまでに、一瞬の間があるはずだ。

 その一瞬に全てを賭け、ゲヘナプリンセスを倒す!


 雄叫びはあげない。

 気づかれるから。


 左腕の痛みは無視する。

 こんなもので悶えていたら、春香ちゃんの友情に応えられない!


 噛みしめた歯が食い込み、歯茎から血が噴き出す!


「……誇りを守るための特攻か。無駄だが……嫌いでは無いぞ。ビーストプリンセス……!」


 ゲヘナプリンセスは厳かな声でそう告げて。

 馬の蹄で襲い来る春香ちゃんの馬体に


「阿比須族滅流奥義! 肋骨大崩壊!」


 私の左腕を折った一撃と同名の技……!


 それを叩き込んだ。


「うぎぃ!」


 技を喰らい、押し殺した悲鳴。

 辛い。


 でも悲鳴をあげられるということは、命があるってことだ。


 巨体なのに、吹き飛ばされる春香ちゃん。

 春香ちゃんを吹き飛ばしたのは、ゲヘナプリンセスの飛び後ろ回し蹴り。


 綺麗に決めて、綺麗に着地。

 そこに一瞬の隙。


 私は踏み切った。

 右腕を振り上げて


 そして


「阿比須真拳奥義! 臨死体験!」


 私の拳が、ゲヘナプリンセスの頭部に届く。

 絶対急所である、頭部に。


 めり込む。

 衝撃。振り抜く。


 アスファルトに叩きつけられるゲヘナプリンセスの頭部。

 まるで人形のように。


(やった……!)


 私は会心の一撃を叩き込み。

 勝利を確信した。


 やった……!

 私の鉄身五身で強化した拳で繰り出した打撃系奥義は、ゲヘナプリンセスの鉄身五身を打ち破った……!


 そして


 すぐに春香ちゃんの元に向かった。


「春香ちゃん!」


「う……!」


 ケンタウロスモードどころか。

 六道プリンセスへの変身すら解除されて。


 商店街のアスファルトに身体を投げ出している。

 青い、少しジーンズ生地っぽい布地のワンピース姿の。


 その脚には……大きな痣ができていた。

 折れているのかもしれない。


「春香ちゃん大丈夫?」


「花蓮ちゃん……ゲヘナプリンセスを倒せたの?」


 自分のことは後回しで、使命を果たせたかどうか。

 義妹を止められたかどうか。


 そこを気にする。

 私は春香ちゃんのそんなところに震えるほどの好感を持った。


「うん。倒した。倒したから……!」


 そう、私は確信をもってそう発したんだけど。

 そこに


「……残念ながら、違うよ。花蓮お姉ちゃん」


 後ろから飛んで来た言葉。

 それが私を絶望的な気分にさせた。


 弾かれたように、後ろを見た。


 そこには……


 頭を押さえ、振りながら起き上がるJC少女。


 ……ゲヘナプリンセスはまだ倒されていなかった!

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