第49話 家庭内孤児

藤上夕夏ふじがみゆうか目線



 家に帰りたくない。

 そう思うようになったのはいつからだったっけ。


 元々、家は私の安住の地だった。


 辛いことがあっても、家に帰って家族に言えばスッキリできた。

 最後に帰る場所。

 それが家だったのに。


 あの日、お父さんが家族の前にDNA鑑定書を持ってきてこう言ったんだ。


 あの女に。


「出ていけ。このアバズレが」


 あの女は一瞬驚いて、その後烈火の如く非難した。


 自分の妻になんてこと言うんだ、って。


 するとお父さんは冷笑を浮かべながら


「ふざけんなよ。これは夕夏のDNA鑑定書だ。少なくとも夕夏は俺の子じゃない。そして夕夏はお前そっくりだよな」


 これが意味するところ。

 低学歴のアバズレ女のお前でも理解できるよな?


 そう言い放ったんだ。


 ……え?

 私、お父さんの子じゃないの?


 私は激しいショックを受けた。


 なのにあの女は


 DNA鑑定をするなんて酷い!

 私を信用してなかったってことじゃない!

 最低!


 と、脊髄反射で意味不明の戯言を吐き。

 それに対してお父さんは見下した目で


「浮気相手からのメールの管理くらいしっかりするんだったな。家の共用パソコンでやりとりするなんて、お前らしいわ。低能」


 ……なんでも、家の共用パソコンで、見慣れないメールがあって、それを偶然見てしまい。

 そこでこの女の浮気について疑うようになったらしい。


 で、興信所で探偵雇って調べてみたら、あっという間に浮気の証拠が続々集まって来た。


 そこで分かったのが、浮気相手がこの女の結婚前からの恋人だったということで。

 そうなってくると気になるのが、托卵の可能性。


 お父さんは自分の子供と信じていた息子と娘のDNA検査をした。


 そしたら。


 兄はお父さんの子で、私が托卵の子だと分かってしまった。

 で、そこまで分かって、お父さんは離婚を決意した。


 ……少なくとも、私の存在がある。

 14年も、騙されて育てさせられた他人の子。

 この酷い、お父さんを侮辱した、お父さんの人生を盗んだ象徴たる自分が。


 離婚以外ありえない。

 関係修復何てありえるわけがない。


 あの女はお父さんの激しい憎しみが絶対に消えないと悟ると


 14年も托卵に気づかなかった馬鹿に低能呼ばわりされたくない。

 謝って欲しいのはこっち。婚姻関係の維持に、アンタの子供を産まないといけなかった。

 だから長男は全く可愛く無かったわ。


 なんて言い放った。


 そして


「私を散々侮辱したんだから、その分慰謝料と養育費を払ってもらいますからね! 減額なんて許さないわ!」


「子供はアンタが責任もって育てるのよ! 私はあの人と正しい愛の巣を築くんだから!」


 ……こんなことを言って来て。

 私は、この女が遺伝子上の母であることがおぞましくなった。


 私、ケモノから生まれて来たんだ……!


 お父さんはそれを聞いて大爆笑。

 何で笑われているのか理解できないケモノは、それを「気が狂ったのか」なんて言っていたけど。


 お父さんの口から真実を


 慰謝料を払うのはお前であること。

 そして養育費も、お前が払うんだということ。


 それを告げられ、ケモノは真っ青になった。

 お父さんは法律上間違ったことは言わないし、こういうときは必ず専門家と相談する人だから。

 間違いなんてあるわけが無いんだ。


 そこだけは、ケモノもキチンと理解していたらしい。


 そして。

 離婚がすぐに成立。


 ケモノは間男と共に、多額の慰謝料を払わされ。

 その後毎月、養育費も払っている。


 財産分与はあったらしいけど、14年も托卵させられたことが考慮され、ほぼ慰謝料で消えたらしい。


 だからまあ、裸同然で叩き出される結果になった。


 聞いた話だと、あのケモノは間男と一緒に、悲劇の主人公を気取りながら毎日苦しい生活を送ってるらしい。

 ホント、ろくでもないケモノ。


 あんなケモノの血を引いてる自分が恥ずかしい。


 ……だから


「……帰ったんですか、夕夏さん」


 家に帰って、玄関で靴を脱ぐと。

 先に帰宅していた兄が、私にそう声をかけてきた。


 それは、心に氷の柱を突っ込まれた気分になる言葉。

 だけど……


「ただいま帰りました。お兄ちゃん」


 声が震えそうになるのに耐えながら、そう返事する。


 だけど兄は


「今日の夕食代と銭湯代はテーブルの上に置いてあります。私たちは7時過ぎに夕食をはじめますから、それまでに外で夕食とお風呂をすませてくださいね」


 とても丁寧な言葉で、笑顔すら交えながら私に。


 私はそれに


「分かりました。お兄ちゃん」


 そう、応えた。


 ……あの日以来。

 私は自分の家で食事していないし、お風呂にも入っていない。

 理由は汚いから。

 純度100%の、ケモノの子だからだ。


 お父さんも兄も、私に敬語を使う。

 他人として接してくる。


 そしてお父さんの方針として


 私は高校までは行かせて貰えるけど、大学には行かせて貰えないらしい。

 そっから先は道義上金を出す義務はないですから。

 お父さんは前にそう言い切った。


 行きたければご自分のお金でどうぞ。

 風俗で働けばすぐ稼げるんじゃ無いかと思うので、体重管理は気を付けて。

 お昼ご飯は食べない方が無難なんじゃないでしょうか?


 そんなアドバイスをされた。


 辛くて泣きそうになったけど、泣いたら


「おやおや。やっぱり獣人種族は行いが卑怯ですね」


 そう言われるのが目に見えているので、必死に耐えた。


 ……こんな風に毎日辛いけど。

 私は別に、お父さんにも兄にも、恨みを持ってはいない。

 お父さんたちは被害者。

 何も悪くない。


 ……悪いのはあのケモノたちだ。


 あいつらが全部悪いんだ。

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