第43話 シンヤさん!

 その日。

 昼前から。

 私は国生さんと買い物に出ていた。


「来週からの山籠もり楽しみだね」


 そう、涼し気な白いワンピースと同色の日よけ帽子の国生さん。

 私はそれに対し、白いシャツと灰色のハーフパンツ。

 男の子っぽい格好。


「うん」


 一応、他のメンバーに確認したんだ。


 すみません。来週から2週間ほど飛騨の山に籠って良いですか?

 そしたら


「別に大丈夫だから行ってきたら?」


「大丈夫ですよ僕たちだけで。全く問題ないです」


 咲さんと萬田君。


「良いわ。行って来なさい。こちらは4人でも全く問題ないから」


「ウチらだけでも十分や。山籠もりで思う存分鍛えてき」


 天野先輩と飛馬先輩。


 ありがたいよ。

 そして国生さんもその山籠もりに付き合ってくれることになった。


「何を買うの?」


「カセットコンロの燃料を買いたいのと、わかもとを買いたいのと……あとプロテイン」


 阿比須町の唯一の大型商業施設アマノドーで買い物だ。

 ここなら大体のものは揃うから。


 アマノドーの近くには、買い物帰りの客を狙ってるのか。

 お洒落なカフェがいくつかある。


 ……買い物が終わったら、国生さんと一緒に入れるかなぁ。

 一応、山籠もりの費用は親に出して貰ってて。

 お釣りはお小遣いにしていいって言われているんだよね。


 山籠もりは親も賛成してるというか、家のためにしてることでもあるんだ。

 だから、お金は出して貰えている。


 持たせてもらったお金は……1万円。

 お釣りどのくらい出るかなぁ?


 まー、お釣りで足りなければお小遣いがあるけど。

 ほとんど使ってないから貯まってるし。


 そして強くなってきた日差しに耐えながら。

 アマノドーの近くまで来たとき。


 ワーキャー言う、人々の悲鳴が聞こえて来た。

 何か出た!?




 六道プリンセスとしての責務で、悪の気配を感じた私たちはその現場に駆け付ける。

 そこには……


「ハハハハッ! 良いですぞ妖魔獣ッ! 暴れて人を殺すんですぞッ!」


 だぼだぼの赤いフード付きパーカーを身に付けた、不健康そうな赤毛の男。

 見た目、普段部屋に引きこもってそうな痩せてて血色の悪い男だ。


 そんなのが、複数の触手を生やした、黒いイソギンチャクのお化けみたいな化け物……妖魔獣を人々に嗾けていた。


 ……あいつは妖魔神三人衆のひとり!?


「やめろキミたち! 取り返しのつかないことになるぞ!」


 そして。

 そんな妖魔獣から逃げずに、呼び掛け続けている男の人がいた。


 それは……


 長身の凛々しい男の人。


 天野先輩のお兄さん。


 シンヤさんだった。




「閻魔さん! 変身しよう!」


 そう言って、六道ホンを取り出す国生さん。

 だけど私は


「待って! あのお兄さん、コンビニ店長だよ!」


 手で国生さんに制止の意思を示した。


「え!? それは困る! どうしてコンビニ店長がこの町にいるの!?」


 戸惑いと、意味不明の状況に苛立ちを隠せない国生さん。


 ……そう。

 実は先週から早急に、この阿比須町からコンビニは消えているんだよね。

 今ではほぼコンビニが無い。


 代替施設のスーパーの建設はまだだけど、先に迅速にコンビニの撤去を進めたんだ。


 だからこの町に、コンビニ店長はまず居ない。

 そのはずなんだけど……


「何故私たちが無視されるー!」


「全て男社会が悪いー! オチ●チンめー!」


「私の邪魔をする若い女は死ぬか、私に服従しろー!」


 妖魔獣には、3人の人間の顔がくっついていた。

 おそらく、素体になった人間だ。


 それは……高齢女性だった。

 全員、おばさん。


 そのおばさんの顔が、男の人への恨みの鳴き声と、若い女の子への呪いの鳴き声を吐き続けている。


 3人の人間を融合させて作り出した妖魔獣……

 これはちょっと、強いかもしれない……


 そこに


「僕は別にキミたちを無視なんかしていない! その有用性を見出して、雇われ店長に採用したじゃないか!」


 そんな化け物と化した3人の高齢女性の説得を続けているのがシンヤさん。

 それで私は分かってしまった。


 ……そっか。あの妖魔獣の素体は……シンヤさんのコンビニの従業員なんだ……


 私はシンヤさんのそんな使命感の強さ、勇気に胸を撃たれ。

 ますますこの人のことを好きになった。


「だったら私と結婚して!」


「いや私と!」


「私とよ!」


 おばさんの顔が、口々にそんな鳴き声を発する。

 それに対してシンヤさんは


「どうしてそうなる!? 意味が分からないよ!」


 そう返すと


「私を選ばない! この男尊女卑の化身め!」


「お前の様な男がいるから、女が苦しめられる!」


「死ねぇ!」


 そう鳴き声を発し、シンヤさんに向かって、茨のような棘……スパイクがついた触手を、叩きつけようと振るって来た。

 それに対し、シンヤさんは青ざめるばかりで回避することができない……!


「危ない!」


 私は飛び込んで、襲って来る触手に


「阿比須真拳奥義! 頸椎損傷!」


 と、本来は敵の顎を蹴り上げて、命に別条がない形で頸椎を損傷させ、一生寝たきりにするための上段蹴り上げの足技を繰り出し。

 その触手攻撃を弾き返した。


「危ないです! 逃げて下さい! 天野先輩のお兄さん!」


 振り向かず、彼にそう警告する。

 すると


「……キミは……妹の友人の……閻魔さんだったっけ?」


 そんな声が降って来た。

 それに、私の胸は高鳴ってしまう。


 ……私のこと、覚えててくれたんだ……!


 最悪の思い出としてだけど。

 どうしようもなく、嬉しかった。


 そこに


「小娘! 若い女は死ぬべきだ! 嫌なら服従を誓え!」


 さらに2本の触手が私たちを狙ってきた。


 そこに……


「プリンセス・スネークポイズンブレス!」


 私たちが会話している隙に、物陰で変身を済ませた国生さんが乱入してきて。

 妖魔獣のおばさん顏3つに、酸の息を吐きかけたんだ。


 酸の息で目をやられ、吸い込んで肺を焼かれる妖魔獣。


 ヒギャアアアアア!


 獣の叫びをあげ、悶え苦しむ。


 この隙だ!


「シンヤさん! 今のうちに逃げて下さい!」


 私は切羽詰まって、親しくも無いのにうっかりシンヤさんを名前で呼んでしまった。

 しまった、と思ったけど


「でも、彼女らは僕の従業員なんだ! 雇用主としてそれを放置して逃げるなんて!」


 返って来た言葉。


 その責任感。

 すごい。


 流石、天野先輩のお兄さんだと思う。

 立派だ。


 だけど……


 そのときだった。


 ズキュ。


 いつの間にか、シンヤさんの背後に女性がいて。

 その女性はシンヤさんの首に、拳銃みたいな注射器で何かの薬剤を注射していた。

 途端にシンヤさんの目が虚ろになり、そのまま瞼を閉じて。


 シンヤさんは意識を失った。


「……ウチが自衛隊や米軍相手に開発した、必殺の鎮静剤『説得者パーシェイダー』や」


 そして倒れてくるシンヤさんの身体を支えながら。

 そう言うその女性は……飛馬先輩だった。

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