第28話

 山盛りのポテトを摘まむ沖串さんは、頬杖をついてジト目で僕らを眺める。僕らとは、僕と綾芽さんの二人のことだ。


「別に? 瑠奈のことを雨の中ずっと探し回ってる最中に二人がイチャイチャしてたこと、絵凜は何とも思ってないけど?」

「あ、あ、あの、ほんとに、ごめんね。まさかみんな、わ、私のことを探してくれてたなんて、知らなくって……」

「僕が綾芽さんを見つけたことを知らせるの忘れてたばっかりに、本当にごめん!」


 放課後のファミレス。綾芽さんに言わせれば、「いつもの場所」で、僕たち四人は集まっていた。四人とはもちろん、綾芽さん、沖串さん、叶守さん、そして僕だ。


 僕と綾芽さんは、二人に歓迎会の時分に捜索してくれたことや情報を提供してくれたことへのお礼と、二人を放っておいてなんかイイ感じに盛り上がっちゃったことをお詫びしていた。


 沖串さんは、はあっ、と大きくため息をつくと、ポテトで油まみれになったちっちゃな親指と人差し指をおしぼりで拭った。


「ウソ。本当に何とも思ってないよ。瑠奈がちゃんと絵凜たちと顔を合わせてくれるようになっただけでよかった。瑠奈は考え過ぎなんだよ、いろいろと」

「う、うん……」

「なにかあったら、相談してほしい。友達だから」

「うん……っ」


 涙ぐむ綾芽さんを見て、僕もこみ上げるものがある。

 ああ素晴らしき哉、女子の友情!


「で、実際のところなにしてたの? 夜、人気のない校舎で二人きり……。漫画だったら、対象年齢によってはもうイくとこまでイっちゃってるけど」


 僕と綾芽さんは目を合わせて、すぐに逸らす。考えないようにしていたけれど、あの日の僕はなかなかスゴイことをした。キスしてしまったのだ! 僕のファーストキスは、こんなにも美人でかわいらしい天使に捧げた! 思い出すだに全身の血液が沸騰しそうになる。


 隣の綾芽さんもそわそわして、こちらをちらちら気にしている。その姿のなんとも愛らしいこと。僕はまた抱きしめたくなった。


「え、なにその反応。まさか本当に、せ、セッ……」

「ち、違うよ! ……キス、したの」

「キス!」


 ぴんと背筋を伸ばした沖串さんが、僕の口元に熱心に視線を注ぐ。とろんとした目つきになり、「王子とのキス……」と陶酔をし始めた。妄想しているらしい。胡乱になった目つきが、悦楽に浸っている証拠だ。


「私もキスしたい」

「キリカ!?」

「したいでしょ?」

「そりゃしたいけど……」


 沖串さんが遠慮がちにこちらを見るのに対して、叶守さんは吸い込まれるように奥行きのあるグレイシャーブルーの瞳でじっと僕を見つめる。美少女二人が僕みたいな不細工にキスをせがむなんて、本当に、ほんっとうに変な世界だ。


「そう言ってもらえて光栄だけど、ほら、複数の女の子にキスだなんて不埒じゃない? そんなに軽々しくはできないよ。だよね?」


 綾芽さんに尋ねるけれど、当の本人は首を傾げた。


「え、あの、それは大氏くん、次第、だと思います」

「で、でも、イヤじゃない? 僕ら、一応、す、好きあってる仲、だしさ?」

「お、男の人が、複数の女性と関係を持つことは、普通、です」


 そういえばそういう世界だったね! ほんっとうに奇妙で最高の世界だよ!


「じゃあ、あの、僕でよければ、沖串さんと叶守さん、よろしくお願いします」

「ふおおおぉぉぉぉぉ……高まってきた……」

「いつする? 今?」

「い、今はさすがに、他の人の目があって恥ずかしいかな。二人きりの時にしようよ」

「わかった」

「はぁはぁ……絵凜、キスだけで我慢できるかな……王子のこと押し倒したりしないかな……。王子、身の危険を感じたら、絵凜のことを止めてね?」


 まさか、スタンガンをリカさん以外の人に向けることになるとはね……。


 それから沖串さんと叶守さんは、どんなシチュエーションでキスするのが良いか、二人で喧々諤々と話し合い始めた。あまりに真剣な顔をして議論を始めたものだから、僕と綾芽さんはお互いに顔を見合わせて苦笑してしまったくらいだ。


 二人の様子を眺めているうちに、綾芽さんの白くて細い手が僕の左手を掴む。

 綾芽さんは、はにかんで笑う。


「わ、私、夢の中にいるみたいに幸せです。私のことを気にかけてくれるお友達と、お、大氏くんみたいな人が、私を、す、好きでいてくれることが、すごく嬉しいんです」


 手を握り返して、僕も笑う。


「僕だってそうだよ」

「絵凜ちゃんもキリカちゃんも、すごくいい子だから、あの、二人に夢中になっても仕方ない、ですけど、あの、私のこともたまには思い出してくださいね?」

「綾芽さんのことを放置するなんてあり得ないよ! むしろ、僕が綾芽さんに愛想をつかされるんじゃないかとビクビクしてるんだ。僕は大した人間じゃないしさ」

「そ、それこそあり得ない、です! わ、私、大氏くん、の、ことが、本当に、だ、大好きなので」


 お互いを確かめるように、今一度、手を握り合う。混ざり合って伝わる体温の温かさが、僕らの気持ちそのまんまだった。


「お、お願いがあるんです」

「なに?」

「今度、ろ、ろーぐ、らいと……のゲームを、教えてほしいんです。あと、ヒロマカ? の漫画、とか」

「あ、覚えててくれたんだ。僕の好きなもの。でも、急にどうして?」

「お、大氏くんの好きなものなら、私も好きになれそう、なので」


 ぽかんとする僕に綾芽さんは、今だけ、自信たっぷりに笑った。


「だって、私たち、似た者同士、ですから」

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不細工すぎてイジメられたから転校したら、なんか美醜逆転してた @toysiro

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