第22話

 問題が解決しないまま、歓迎会当日になった。僕はこの日を楽しみにしていたはずなのだけど、どこか純粋に楽しもうという気が湧いてこない。このままではいけないと自分でもわかっているのに、どこか気もそぞろになっている自分がいる。


 お店は、主催の宮本さんの親戚が経営しているというレストランになった。格式高い、というほどではないらしいけれど、高校生が駄弁るために集まるようなファミリー感もなく、どちらかというと「ほんとにここ、使っていいんですか?」というくらいには気後れする場所だった。宮本さんは「大丈夫だよー! 予約のキャンセルがあって材料も余ってたらしいから、会費も安く済むし!」と言ってくれたので、方便だとしても救われる。


 来店のベルを鳴らして僕がお店に着いた頃には、参加者の八割ほどがすでに集まっていた。


「王子きちゃ!」「待ってたよ王子ー! こっちこっち!」「王子の私服姿を見られるなんて……至福……」という喝采のシャワーを浴びる。


 今日集まるのは、僕を含めて三十一人。そう。つまりクラス全員だ! ということはもちろん、綾芽さんも数に含まれている。僕はみんなに挨拶しながら、綾芽さんの姿を探す。が、見当たらない。……いや、まだ落胆するには早い。集合時刻まで時間がある。それになにより、歓迎会をあんなに楽しみにしていたんだ。きっとおめかしに手間取っているだけだ。せっかく誘われたイベントをふいにするほど、ぼっちはおろかじゃない。


 来店を知らせるドアベルが鳴って、にわかに店内がざわついた。片山くんだ。店内に犇めくクラスメイトの姿を一瞥して、眉がひしゃいでいる。


「片山くんだ……」「本当に来てくれるんだ……」「王子と片山くんが揃うなんて……神イベ……」と呆然とするもの多数。


「来てくれてありがとう、片山くん」

「約束したからな」と肩を竦めた片山くんが苦笑いする。「にしても、空想上の生き物みたいになってんな、俺」

「普段が普段だからね」

「お、言うな大氏」


 胸を小突かれて二人で笑いあう。


「てぇてぇ……じゃなくて、片山くんはこっちの席! ほら、来て来て!」


 連れられていった片山くんが、女子の歓声に出迎えられて顔を引きつらせたりして、宴の前の高揚感にめいめい盛り上がる。見れば、参加者の顔ぶれもほぼ揃ってきた。僕が見る限り、あとは綾芽さんの到着を待つだけ。しかしながら、一向に綾芽さんが現れる気配はない。


「あの、宮本さん」

「あ、王子! 挨拶考えてきた?」

「うん、まあ。それより、あとは綾芽さんだけみたいだけど、遅刻の連絡とかあったかな?」

「え? ああ……綾芽は欠席だって! なんか用事できちゃったらしいよ!」

「そ、っか……」


 焦燥感が胸を焼いた。否定の言葉をどれだけ並べ立てても、綾芽さんには響かない。これまで散々、綾芽さんを苛んだ負の歴史が彼女の影を濃くしていることは明白だった。僕には確かにその辛さがわかるのに、そこから救い出す手立てを見出せない。


「ま、仕方ないよ、次の機会だね! さ、王子も席着いて! 主役でしょ! 始めるよ!」


 仕方ない。そうか。これは、仕方ないことだ。

 宮本さんが明るく言うので、僕はありったけの元気を振り絞って笑顔を作る。そうだ。僕は主役だ。皆に存分に歓迎されなければならない。オモシロ挨拶も披露しなきゃならない。


「皆さんお揃いですね!?」宮本さんが声を張り上げる。「それでは! 二年三組にやってきて一か月! 大氏義也くん、もとい王子の歓迎会を行いまーす!」


 指笛、歓声、拍手が入り乱れる。辛気臭い顔は、もうここまでにしないといけない。ここまで盛り上がってくれている皆に、僕は報いるべきだ。


 切り替えて僕も楽しむことにした。百八個の中から厳選したはずのオモシロ挨拶はエグイくらい滑ったけれど、普段はあまり喋ったことのないクラスメイトとお話しすることで、意外な一面を知ることができたり、逆に僕のことを知ってもらえたりすることは楽しい。ボディタッチが多い気がするのは恥ずかしいけれど、そこはほら、必要経費というヤツだ。


 写真も撮った。ツーショットを望まれるのが一番多かったけど、四人とか五人、仲良しグループごとに撮る希望も多くて、僕は表情筋がつってしまうくらい、笑顔で撮られ続けた。そして、その引きつった笑顔をクラスのグループラインで共有されまくった。


 宴の盛り上がりが最高潮になった頃。


「ね、写真撮るならクラス全員のも撮っとこうよ!」誰かが言った。

「いいね! 二年三組しか勝たんってとこ自慢しよ!」それに誰かが答えた。

「ほんとそれ! こういう場でクラス全員集まるのなんて絶対ウチらくらいでしょ! 二年三組最強!」

「ねー誰のスマホで撮る? 誰かプロマックス持ってる人ー?」「私プロマじゃないけどプロだよ~」


 王子王子、こっち! 集団の中心へ手招きされる。

 みんな、笑っていた。

 今、この時を謳歌していた。

 限りある青春の時間を分かち合っていた。

 たった一人を除いて。


「僕は遠慮しとくよ」

「王子王子、なに言ってんの! ほら、はやく来てよ」

「ううん、僕はやめとく」はっきりと、僕は拒絶する。「綾芽さんが来てないんだ。これじゃ、綾芽さんだけ除け者にしてるみたいだよ」


 亀裂の入った音がした。それがこの場の浮かれた雰囲気だったのか、僕の過剰に神聖化されたイメージだったのかはわからない。それでも、僕の一言は確実になにかをぶち壊した。


 水を打ったように静まり返る会場で、ただ一人、川上さんが集団から抜け出してこちらへやってきた。


「王子、外せない用事があるって欠席したのは綾芽の方だよ?」

「理由はどうであれ、自分以外のみんなが揃っている写真をグループラインに上げられて、いい気はしないんじゃないかな。それだったら、みんなが揃っているときに撮ろうよ。普通に学校で撮るのでもいいと思うんだ。それでクラスの仲の良さは伝わるはずだよ」

「この場でやるから意味があるんじゃないの? 大体、自分一人が欠席したせいで写真も撮れなかったって言うんじゃ、綾芽が責任感じるでしょ」

「写真なら個別に撮ったよ。わざわざ綾芽さんを一人だけ省いた写真を撮る必要はないと思うんだ」


 わかってる。こんな楽しい席で、つまらない意地を張っているのは僕の方だ。でも、これだけは我慢ができない。


 クラス全員で写真? 二年三組しか勝たん? 


 ふざけてる。どうしてそういうことを平気で言えるんだ。三十一人いて二年三組なんじゃないのか。省かれた一人の気持ちは考えないのか。綾芽さんが、どんな気持ちでこのイベントに参加しようとしていたのか――。


「あー、取り込み中のところ悪いが、俺、トイレ行きたくなってきた。撮るにしろ撮らないにしろ、いったん保留。漏らしながらでいいなら続けていいけど」


 片山くんがすごい棒読みで間に割って入ってきた。真顔で股間を抑えながらたどたどしく歩く姿に、女子が何人か笑う声を漏らす。やだ、片山くん、意外と面白い……。


「大氏、連れしょんに付き合ってくれ。いいだろ? な?」


 肩をがっしりと組まれるけれど、僕はそれに抵抗する。ここは、有耶無耶にしたらいけないところなんだ。気を遣ってくれたのかもしれないけれど、それじゃダメだ。


「片山くん、今はそういう場面じゃ――」

「いいから来い」


 耳元で低く呟かれ、そのまま店の外へと連れ出される。

 川上さんは、僕のことを見つめたままだった。


 *


「どうしてあんなこと言った?」片山くんはお店を出てすぐの石壁にもたれかかる。「川上の言うことはもっともだろ。来なかった奴のことをどうこう言ってもしょうがない」

「断言するよ。綾芽さんは、絶対によく思わない。だから、僕はあそこに写れない」

「根拠はあるのか」

「綾芽さん、自分のことをいなくてもいい存在だって言ったんだ。みんなに迷惑をかける存在なんだ、って。それなのに、クラス三十人が一緒に写った写真なんて目に入ったら、綾芽さんの間違った考えを助長することになる」


 片山くんはあきれ顔で首を横に振った。


「じゃあ、ここに集まった奴らの気持ちは無視か? みんな、お前を歓迎する意思を持って集まってる。主役なんだったら、それに報いてやらなきゃ失礼じゃねえか」


 もっともだ。いつだって、片山くんは正しい。

 現状、僕にできることと言えばみんなの気持ちに応えることくらいしかない。綾芽さんの気持ちを解きほぐすことができない以上、そちらに打開策を求めても仕方のないことだ。


 でも、クラスの集まりに参加できると知って、嬉しそうにしていた綾芽さんの笑顔を忘れたくない。それが、今の僕のすべてだ。


「僕、川上さんに聞いてくるよ。やっぱり、原因は川上さんにあると思うんだ。僕、見たんだよ。川上さんと綾芽さんが二人で話をしてるところ。その直後から、綾芽さんは様子がおかしくなった。そこをはっきりさせなきゃ」


 もしも川上さんが綾芽さんを悲しませるようなことをしたのなら、僕はもうこれ以上ここで歓待を受けることはできない。それがたとえ他のみんなの厚意を無下にすることと同義であっても、見て見ぬふりは必ず後悔に繋がる。だから僕は行く。


 店内に戻ろうと、ドアノブを掴んだ。

 その腕を、強く握られる。


「まだわかんねえのかよ、大氏」


 険のある声が飛んでくる。片山くんを見ると、落胆の色を宿した瞳がこちらを射抜いた。


「全部、お前のせいじゃねえか」

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