似た者少女は独りになる

第20話

「王子、歓迎会、やりたいの!」


 勢い込んで僕の席にやってきたのは、クラスメイトの宮本花蓮さんだった。


 朝のホームルーム前の時間。以前までの僕だったら、時間ギリギリに登校することで、どうしても孤立してしまうこの時間を潰していたけれど、今はそんなことをする必要もない。クラスメイトと談笑をすることが日課になっている。


 そういうわけで、宮本さんが僕に話しかけてくれるのはいつものことなんだけど……。


「歓迎会、っていうと、もしかして僕の……?」


 最近、僕はものすごい勘違いをやらかしたばかりなので恐る恐る聞いてみる。と、ぶんぶんと宮本さんは首を縦に振る。


「王子が来てからもうすぐ一か月だよね? 花蓮はもちろんだけど、クラスのみんなも王子ともっと仲良くなりたいと思ってるんだー! だって王子は優しくてカッコよくて美少年で校内抱いてほしい人ランキングわずか一週間で殿堂入りの生ける伝説と呼ばれてるくらい尊い存在なんだから!」

「そ、そうなんだ?」

「そうなの! ついでにね、新しいクラスの結束深められればいいね、って話もみんなでしてたんだ」

「クラスの結束……!」


 なんて美しい響きなんだ! 僕調べでは、女の子同士の恋模様と家族愛の次に美しいものじゃないか!


「でね、詳しいことはまだ全然なんだけど、まずは主役の王子が出てくれるかなー、って」

「それは嬉しい、けど……僕なんかが主役になっちゃっていいのかな?」

「もーホント王子って慎み深いよね! 王子だからやるんだよー!」


 あ、やだ泣きそう。涙腺を引き締めて、声を絞り出す。


「そこまで言ってくれるなら、是非とも参加させてもらうよ」


「やたっ!」と宮本さんがガッツポーズをするのと同時、「よしっ!」「きちゃー!」「うひょー!」と周囲からも歓喜の声が聞こえてくる。それは瞬く間に伝播していって、クラスの端までさざ波のように広がった。


「あ、ほんとにみんな来てくれる感じなんだね?」

「もち! って言ってもこれだけの人数だから、日程によっては来れない人もいるかもだけど、花蓮は絶対参加するから! 邪魔してくる奴は殺す覚悟でいるからね!」

「あ、ありがとう」


 目がマジだ。怖い。


「じゃあ、後でクラスのグループラインに候補日を投稿しとくから、都合の良い日を入力しといてね!」

「あ、グループラインなんてあるんだね。ごめん、僕それ招待されてないかも……」

「え? あそっか。じゃ今花蓮が招待するね! ……っと、はい、送ったよ!」


 王子親衛隊、というのがグループラインの名前らしい。この王子って僕? これに入るのってめちゃくちゃ恥ずかしくない? まあ入るけど。グループラインのわちゃわちゃした感じを体験するのに憧れてたから絶対入るけどね!


 僕が入ると、一斉にグループラインが動き出す。


『王子来た! これで勝つる!』

『ようこそ王子~』

『本人が来た以上、この場所で王子の夢小説を上げる日々も終わりか……』

『隠し撮りも別の場所に上げなきゃな~』

『えー! じゃあ深夜突発開催の王子に囁かれたいセリフ選手権もなし?』

『おいお前らもうこれ王子見てるんだからな嫌われたいのかさっさと消せ馬鹿ども』


 突然のメッセージ取り消しラッシュ。クラスを見渡すと、僕の視線にびくりと肩を震わせて目を逸らす人が数人……いや、十数人……このグループラインが二十九人いるらしいから、半数以上の人が僕を邪な欲望のはけ口にしていたのか……そしてそれを本人に見られてしまったのか……いたたまれない……どうしてターゲットにされていた僕がこんな気持ちを……。


 ん、待てよ? 二十九人? 僕はクラスの人数を改めて数える。もともと三十人だったこのクラスに僕が入って三十一人になったはずだから、あと二人、入ってない人がいる?


 グループメンバーの欄をじーっと見ると、それはすぐにわかった。


「これ、片山くんは入ってないんだ?」

「あ、片山くんは……」

「何度か誘ったんだけどね。必要ないって、断られてるんだよ」


 言いよどむ宮本さんの代わりに、川上さんが答えてくれた。必要ない、か。あれだけ普段から女子とのかかわりを避けている片山くんなら確かに言いそうだ。


「それじゃ、綾芽さんは?」


 隣の席で英語の教科書を開いた姿勢のまま空気と同化していた綾芽さんを話題に出す。片山くんの他に、綾芽さんも見当たらなかった。デートの日にラインを交換済みの僕には、「あやめ」のアカウント名がこのグループにないことを容易に確認できた。


 綾芽さんはこの展開を予想していなかったのか、がたりと机を鳴らしてしまう。たちまち耳が赤くなっていくけれど、聞こえていないふりは継続のようだ。


「綾芽? あー、綾芽ね」

「片山くんには僕から声をかけるとして、歓迎会はクラスみんなでってことならさ、綾芽さんの予定も聞かなきゃだよね?」

「あ、あの、大氏くん、わ、私のことは……」


 ここで綾芽さんのことを話題に出さないのは、むしろ不自然だ。そう判断してさりげなく提案してみたのだけれど、さしもの黙っていられなくなったのか、綾芽さんがあわあわしながら首を横に振る。


 川上さんはその様子を静かに見てから、ゆっくりとこちらに顔を向けた。僕は努めて自然に笑顔を浮かべたままにする。


「あー。そうだね。それじゃ綾芽のアカ知ってる人、誰かいる? いたら招待しておいてよ」川上さんがクラスみんなに呼びかける。「綾芽、あんたも都合の良い日、入力しておいてよ。あんた、どんくさいんだから早めにね」

「え、え、えと……でも、いいんですか……? く、クラスの集まりに、私、が……」

「は? なに? 文句あるわけ? 出席したくないとか言ったらはっ倒すよ?」

「あ、あ、な、ない、です! 参加したい、です……」


 川上さんの凄むような声に綾芽さんは震えていたけれど、それでも目を輝かせながら呟いた一言を、僕は聞き逃さなかった。


「く、クラスのみんなと、一緒に……」


 綾芽さんと似た者同士の僕にならわかる。

 クラスのみんなとワイワイ騒ぐことに対する憧れの強さを。


 *


 お昼休みは綾芽さんと沖串さん、それから最近になって叶守さんも、非常階段のところに集まるようになり、僕を入れて四人で楽しくおしゃべりすることが最近のトレンドになっている。


 今日の話題はなんと言っても、今朝開催が予告された歓迎会だ!


「自分が主役の集まりなんて初めてだよ! なにを着ていけばいいかな?」

「しゅ、主役ってくらいですから、やっぱり、正装、とかですか?」

「だよね! 制服でいいかなあ。それともやっぱり奮発して余所行きの服を誂えたほうがいいのかな? 綾芽さんはどうするの?」

「あ、わた、私は、ちゃんとした服は喪服しか持ってない、ので……」


 こうやって悩む時間も楽しいなあ!

 うきうきとしていると、その様子を冷静に見ていたらしい沖串さんがため息交じりに言う。


「普通に私服で行くんじゃないの? 舞踏会じゃあるまいし」

「あ、そ、そうだよね……えへへ。私服、どうしようかな。新しく、用意しようかな……」


 綾芽さんがスマホでECサイトを開いて物色し始める。鼻歌交じりに画面を操作する指先は軽やかで、美しい造形の横顔には花が咲いている。見るからに楽しそうな様子で、僕も嬉しくなってしまう。


「でも、瑠奈も誘われるなんて珍しいね。あの川上とかいうヤツも、王子にキツく言われて考え改めたのかな」

「え? 大氏くん、なにか、川上さんに言ったんですか?」

「えっと、どうだったかな。よく覚えてないな」


 自分の言ったことを自分で発表するのは気が引ける。思い返してみると、なかなかクサいこと言っていた気もするんだよね。

 こういうときははぐらかすに限る。


「沖串さんのクラスでは、こういう集まりとかはあった?」

「さあ? 絵凜、クラスのことに興味ないから知らない。王子みたいに優しくてカッコいい男子がいれば別なんだけど、そんな男子この世に王子しかいないし。絵凜には王子がいれば十分だもーん」


 ぎゅ。左腕に抱きつかれて僕はたじろぐ。沖串さん、身丈は小さいのに出るところは出てるから、密着されるとダイレクトに柔らかさが伝わってきて嬉しい、もとい困るんだよね。


「叶守さんは?」

「部活の集まりなら」

「そういえば叶守さん、日本新記録樹立のお祝いで部活のみんなに祝ってもらったって言ってたっけ。唐沢先生のおごりで好きなものを飲み食いしたとかしないとか」

「そう。その節はすごく感謝してる」

「僕はなにもしてないよ。リカさんにちょっとお願いしたくらいでさ」


 リカさん、坂島さんに何度言われてもギャンブル止めなかったみたいだから、僕の一言で諦めてくれてよかったな。それにしても、なんでもお願い聞く、って言うのは言い過ぎたかな?


「お姉ちゃんに変なこと頼まれたら、言って。すぐに助けに行くから」


 僕の右手を取って叶守さんが力強い眼差しで言った。ひんやりした叶守さんの指先にどきりとする。綺麗なお顔を向けられて、手を取られたら、自分がお姫様になった気分だよ。こんなに醜いお姫様もいないだろうけどね。


「日本記録保持者に感謝されるなんて、僕も大層なことをしちゃったなあ」


 照れ隠しに言いながら、クラス以外のつながりがあるっていうのは羨ましい限りだなあと思う。僕もなにか部活とか入ってみようかな? 浮かんだ考えを即座に否定する。僕にはそれよりもやることがあるんだった。


「そうだ王子、今日、頼まれてた本を持ってきたの。渡しておくね」

「ありがとう!」


 沖串さんが手ずから渡してくれたのは、イラストの描き方を解説している本だ。

 叶守さんの大会出場を交換条件に、晴れて陸上部の写真撮影を許可された僕は心置きなく写真を撮りまくってそれを夜な夜な使っていたのだけれど、ふとした時に気が付いた。


 三次元だけじゃなくて、二次元でも抜きたい。


 その欲望は僕の心の奥の方でひりついて、どうしても消えてくれなかった。僕は再びネットの大海を羅針盤もなしに漕ぎだしてみたのだけど、どこをどのように探しても、僕の欲するものはどこにもなかった。


 えっちイラストがなければ、自分で作ればいいじゃない。


 航海の果てに真理に辿り着いた僕は、身近にいるイラストの大先生、つまり沖串さんに師事することとしたのだ。

 とはいえ、僕は教えられる基本レベルにも達していないらしく、まずは自学自習。そのために初心者向けの本を貸してもらうことになっていたのだ。


「どれくらいの間、借りててもいいかな?」

「ううん。それ、王子にあげる。もう絵凜使わないし」

「そうなの? でも、もらうのは気が引けるよ」

「そなみつ、だよ。王子」


 沖串さんが得意げに言った。この名著がそなたを見つけた――そう言われてしまうと、僕は返す言葉がない。


「じゃあ、ありがたくいただくとするよ」

「うまくいかないところがあったら言ってね。絵凜はこうしてる、っていうことなら教えてあげられるし」

「頼りにしてます先生」


 ふふん、と鼻高々にする沖串さん、子どもっぽくてかわいいなあ!

 右腕に叶守さん、左腕に沖串さんという即死級の両手に花は体に毒だ。これで綾芽さんまで僕の近くに来てくれたら、今すぐにでも僕は昇天しちゃうなあ、ちらっ、ちらっ、と綾芽さんの方を窺ってみる。


「…………」


 綾芽さんは、なぜか遠巻きに僕らを見ていた。さっきまでの楽しそうな顔はどこへやら、思いつめたような表情を浮かべている。

 目が合う。綾芽さんは、弱弱しく笑みを形作り、視線を下げた。


「どうかしたの、綾芽さん?」

「あ、や、えと、いえ、なんでも、ないです。でも、あの、わ、私、次の授業の準備があるので、先に、戻ってますね」


 そう言って、お弁当箱を抱えてそそくさと走り去っていってしまった。僕はいつだか、同じように傷ついた表情をしていた綾芽さんを見た気がする。いつのことだったろう。


 考え込む僕の横で、沖串さんと叶守さんは能天気にこう言った。


「瑠奈、生理の時期だったっけ?」

「さあ」

 そういう話は僕がいないところでしてくれないかな……。




 教室に戻る途中、綾芽さんの姿を見かけた。誰かと一緒だ。あの後ろ姿は――

(川上さん?)

 二人揃って、トイレに入っていった。大丈夫かな、と思わないでもないけど、でも川上さんは歓迎会に参加することを嫌がらなかった。きっと、僕が心配するようなことはないはずだ。

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