第13話
「王子ー♡」
昼休み。非常階段のところで綾芽さんと一緒に話をしていると、沖串さんが満面の笑顔で手を振りながらこちらに駆けよってきた。僕の左隣に腰かけると、ぴったりと僕に寄り添って、「会いたかった……♡」と甘えた声を出す。僕の身体が自然と強張る。
「げ、元気そうでよかったよ」
昨日、護衛の二人に連れられて病院に行ったけれど、僕も沖串さんも大事ないということだった。頭を打ったかもしれない沖串さんはわりと早めに診察を終えたのに対し、脚を擦りむいただけの僕の方がやけに手厚く診られたのはどうにも腑に落ちなかったけれど、まあ、二人とも無事だったのでよかった。
「王子が昨日、身体を張って助けてくれたから、絵凜はこうして生きていられるんだ♡ ありがと、王子♡ 絵凜を助けてくれたときの王子、すごくカッコよかったよ♡」
「あはは……」
豹変っぷりに僕は曖昧に笑みを返すしかない。あれだけ僕のことを嫌っていたはずなのに、ここまで懐かれてしまうと、やっぱり昨日の一件で脳にダメージを追ってしまったんじゃないかと不安になる。本当に大丈夫だったのかな。だいぶ診察時間短かったし、セカンドオピニオンとか薦めたほうがいいのかな。
僕の右隣で沖串さんの変貌した姿を眺めていた綾芽さんは、僕の視線を受けて、伏し目がちに儚げな笑みを浮かべる。
「あ、昨日、ラインで経緯聞いたんです、けど、誤解が解けたみたいで、よかったです」
「うーん、良かったのかな、これ。どうなんだろう」
「絵凜ちゃん、これまで男子を避けてきた分、信頼のおける男の子には、いっぱい甘えたいみたい、です」
綾芽さんは微笑ましいものを見る目で僕の左腕に頬ずりする沖串さんを眺めている。僕としても、信頼してくれるのは嬉しいけれど、少し困ってしまう。
勘違いのなきように付け加えると、それは「いやーこんなにかわいい女子に好かれちゃって参ったなあ(頭ぺしっ)(自虐風自慢)(全然参ってない)」ということではなく、護衛の坂島さんとリカさんに挟まれたときのように、股間が反応してしまうのだ。ここのように人気のないところならまだしも、もしもこれから往来が普通にある場所でくっつかれると由々しき事態を招く。さすがに公衆の面前で股間を膨らませて平気でいられるほど無恥ではないつもりだからね。
「沖串さん、くっつきすぎるのは良くないんじゃないかな。誰かに見られちゃうかもしれないよ?」
「もう、放したくないの。王子は、絵凜にくっつかれるの、イヤ?」
「全然、まったく、これっぽっちもイヤじゃないよ」
「なら、しばらくこのままでいさせて……♡」
ハッ。
女子に甘えられたことがないから、ついオッケーしてしまった。恐るべし、カワイイの魔力……。
助けを求めて右隣を見ると、苦笑い(かわいい)した綾芽さんが助け舟を出してくれた。
「え、絵凜ちゃん、生存意識、生存意識だよ」
「生存意識……? ぐぅっ!」
沖串さんが頭を抱えた。綾芽さんはなおも続ける。
「佐伯ぐるぐるバットポロリ事件」
「うぐっ!」
「川端逆バニー出血騒動」
「わ、わかった! 瑠奈、わかったから、やめて!」
珍妙な固有名詞が次々と飛び出して戸惑っていると、沖串さんがギブアップした。僕のあずかり知るところではないけれど、綾芽さんが口にした言葉はメンタルを削るものだったようだ。息も絶え絶えな様子は、えっちだ……。
「お、落ち着いたみたい、だね」
「うん、瑠奈、ありがとう。危うく生存意識が欠落したまま教室に戻るところだった」
沖串さんが僕の隣から、綾芽さんの隣へと移動する。僕が隣にいると、生存意識とやらがぼやけるらしい。
「その、生存意識って?」
「絵凜たちイケてない女子が、学校生活を穏便に過ごすために心掛けるべき振る舞いとか言動、その他諸々の総称。王子には関係ない話だよ」
それはなんとなくわかる。立場を弁えることは、前の学校で僕も気を付けていたことだ。
「それじゃあ、ぐるぐるバットってなに?」
「それはっ……それも、王子には関係ないの!」
後で綾芽さんが教えてくれたことには、生存意識を確立させるに至ったショッキングな事件が佐伯ぐるぐるバットポロリ事件及び川端逆バニー出血騒動、らしい。さすがに内容までは教えてくれなかった。うーん、気になる。
「生存意識はもちろん大事だけど」沖串さんがもじもじしている。「でも、人に見られない場所だったら、王子、傍にいてもいい……?」
今度は僕が「ぐうっ!」と呻く番だった。花も恥じらう乙女が恥じらう姿は、尊みのオーバードーズに等しい。今すぐ連れて帰りたくなっちゃうね。……しないよ? もちろん。
「僕、女子に慣れてなくて恥ずかしいから、ほどほどにしてくれるなら」
「やった! 絵凜たちを女の子扱いしてくれるのが王子のいいところ♡」
すすす、と再度僕の隣に腰かけて、肩を寄せてくる沖串さん。
「ここ数日で随分変わったね、沖串さん」
「人間、変わる勇気も必要だからね!」
うーん、至言だなあ。
「ほらほら、瑠奈もその引っ込み思案を変えなきゃ! せっかくこうして絵凜たちに優しい王子様が現れたんだから、存分に触れ合わないと」
「え、え、ふ、触れ合う……?」
綾芽さんは僕と沖串さんを交互に見やりながら、顔を真っ赤にして、「む、無理だよ」と力なさげに言った。かわいい。かわいいだけに、僕は安心する。沖串さんだけでなく、綾芽さんにまでくっつかれたら暴発する可能性が高い。なにが、とは言えないけど。
「仕方ないな、ほら、王子」
沖串さんの細い肩で肩を押される。あ、ダメ、そんな柔らかい身体を押し付けられたら、暴発しちゃう……。逃げるようにそのままずりずりと押され続けて、ついに綾芽さんとも肩が触れ合った。
「あっ……」
触れ合った瞬間にびくりと肩が跳ねた。綾芽さんの細面がこちらを向く。
横から沖串さんが笑いながら言う。
「イケメンはシェアしなきゃ。でしょ?」
「あ、あ、でも……っ!」
「ほら、王子だって待ってくれてるんだから」
「え、えとえと……し、失礼、しますっ!」
綾芽さんが躊躇いながらも、ゆっくりと、僕に体重を預けてきた。心臓の鼓動が伝わってしまいそうな距離。そうじゃなくたって、僕の顔も真っ赤になっている。だって、美少女二人に挟まれて冷静でいられる男なんていない。
だから僕は、必死に姉のイノシシじみた顔を思い出しながら耐える。
穏やかな昼下がり。僕は二人の美少女にサンドイッチにされながら誓う。
マジでほんとに、夜のお供をちゃんと探そう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます