第5話 おや、アーク坊ちゃまのご様子が·······?
いくらフィオナの体調が良いと言っても、無理をさせていいわけではない。
俺と公爵夫妻、そしてフィオナとの顔合わせは俺の体調不良を理由に解散となり、フィオナはメイドさんに連れられて自室へと帰って行った。
フィオナを見送った俺は愛想笑いを浮かべてそそくさと部屋を出ると、家令の"レオン"を探す。
確か、ハワード公爵家の家令であるレオンは"回復魔法"が使えたはすだ。探す理由は言わずもがな、折ってしまった小指を治してもらうためである。
何人かのメイドさんにレオンの居場所を聞いたところ、食堂で見掛けたということでそちらに足を運ぶ。
そういえばそろそろ夕食時だ。家令の立場で配膳とかしたりするのだろうか? と思いながら食堂の扉を開くと、記憶にあるよりも飾りつけがなされた食堂が目の前に広がった。
「おや、これは坊ちゃま。いかがなされましたか?」
父親たる公爵も渋いイケオジだったが、家令のレオンも渋みが走った50代ほどのイケオジである。
白髪の混じる黒髪をオールバックにし、黒い執事服を着こなしている彼こそ、我がハワード公爵家の懐刀、家令のレオンさんだ。
「大した用事じゃないんだけど、レオンって回復魔法使えたよね?」
「はい、習得しております。もしやどこかお怪我をされましたかな?」
「あ、悪いんだけどコレを治してほしいんだ...」
おずおずと右手を差し出すと、あらぬ方向に曲がっている小指を見てレオンが激しく動揺する。
「っ! ハイヒール!!」
「おお·········」
レオンが手を翳して呪文を唱えると、俺の小指が淡く輝いて痛々しく曲がっていた小指が瞬時に治った。
ハイヒール。五段階ある回復魔法の中で下から3番目の魔法だ。
こんなアホらしい怪我を瞬時に治す程度には高度な魔法であり、レオンが並の回復魔法の使い手ではないと分かる。
というかハイヒールが使えたら神聖協会では司教クラスだ。なんでこんな凄い人が
「·········完治はしたようですな。坊ちゃま、これほどの大怪我をどこで?」
「扉で挟んで、ちょっとね。助かったよレオン」
扉で挟んだにしては内出血もしていなかったし綺麗に折れていたと思うのだが、自分で折りましたなんて答えたら頭がおかしいと思われて問答無用で神聖協会に連れて行かれてしまう。
神聖協会とはこのロスメモ世界における医療施設のようなもので、回復魔法の使い手が常駐している場所だが·········さすがの俺でも頭に回復魔法を使われるのは恥ずかしすぎる。こう見えて正常なので(?)。
「坊ちゃま······本当に驚きましたので、扉の開閉時はお気をつけくだされ。この老骨、心臓が飛び出るかと思いましたぞ」
「レオンの心臓が飛び出ないよう気を付けないとね。痛かったから助かったよ」
本当は痛かったなんてもんじゃなかったが、自分で折っておいて泣き喚くなどあまりにも醜態が過ぎる。
別に
「そういえば食堂がいつもより派手な感じだね?」
俺の小指から話題を変えたくて、咄嗟に食堂の飾りつけがいつもより華美になっていることをレオンに尋ねた。
恐らくフィオナを養子に迎えたことに対する歓迎会的なものであろうが、
「ええ。夕食時にフィオナお嬢様の歓迎会をいたしますので、心ばかりの飾りつけをしております」
「そっか、お疲れ様。夕食まで僕は部屋に居るから、準備ができたら呼びに来て貰える?」
「承知いたしました」
俺みたいな8歳のクソガキが手伝っても、プロである彼らにとっては邪魔以外の何物でもないだろう。
恭しく頭を下げたレオンに頷き、俺は自室に戻ることにした。少し考えも纏めておきたいし、ちょうどいい。
食堂から出ていく俺にレオンだけでなくメイドさん達が腰を折って見送る光景を見て、「(アークが偉そうにしてるだけでなんかムカつくな······)」と思いながら自室へと足を向けた。
☆
名門であるハワード公爵家の令息にして、次期当主候補であるアーク・ハワード様が食堂から出られるのを静かに見送ります。
廊下を歩く足音が消えてからようやく顔を上げた侍女たちを見て、彼女たちが困惑した表情を浮かべているのに気がつきました。
ふむ、彼女たちが困惑した表情を浮かべている気持ちも分かります。
先程から、この老骨も少なからず困惑しているからですな。
アーク・ハワード様。
齢8つにして、昨日まで年相応の坊ちゃまだったアーク様は、見違えるほどに凛々しく見えました。
先程も、苦笑しながらお出しされた右手を見て、心臓が止まるかと思うほどに驚いたものです。
大の大人でも苦痛に顔を歪めるほどの大怪我、それを何でも無いかのように振る舞うお姿。
いつもならかすり傷程度でも大声で叫ばれ、過剰な回復魔法を使うまで泣き止まれないあのアーク坊ちゃまが、まるで怪我などしていないかのように笑顔を浮かべて世間話までされていたのです。驚くなという方が無理でしょう。
「レオン様、さきほどの坊ちゃまは·········」
侍女の一人がおずおずと声を上げました。
先程の光景を見て、いつもと違うアーク坊ちゃまの姿に困惑を隠せないのでしょう。
公爵家令息であられるアーク坊ちゃまは、年齢相応らしいお方でありました。昨日までは。
勉強がお嫌いで、剣の鍛錬もほとんどお姿を見せず·········不敬ではありますが、年相応に我が儘な方でした。
それがどうしたことか、いつものお姿は影を潜めて爽やかに笑っておられたアーク坊ちゃまは、まるで大人を相手に会話しているようでありました。
「·········ええ。もしかしたら、フィオナ様が御義妹となられたことで精神的に成長されたのかもしれません」
昨日と今日までの違い、それはかのローレンス王家よりフィオナ様がハワード公爵家に来られたことしか思い当たりません。
もしかしたら、御義妹となられたフィオナ様を見て御義兄としての自覚が芽生えて人間的に成長されたのか·········見当はつきませぬが、悪いことではありませんな。
むしろ、ハワード公爵家に仕えるこの老骨にとって、思わず涙を溢してしまう程に嬉しいことです。
アーク坊ちゃまの素質は天才、この一言に尽きます。
勉強はお嫌いではありますが物覚えは早く、剣術の鍛錬だって真面目にされていれば今頃は騎士とだって打ち合えたでしょう。
魔力も齢8つにしては飛び抜けて成長されており、魔力制御の腕前も講師が舌を巻いたほどである·········と講師が坊ちゃまを褒められてからは講義に出られていないそうですが。
しかしやることなす事、すべてを褒められてきたアーク坊ちゃまはだんだんと周囲を見下すようになられ、自分は選ばれた存在だと考えておられたはずです。
公爵であられる旦那様にもそれとなく諫言していましたが、旦那様もアーク坊ちゃまには強く言えないご様子で、それでまたアーク坊ちゃまは自分勝手に振る舞うようになっておられました。
しかし、先程のアーク坊ちゃまからは今までの様子を微塵も感じさせない凛々しい雰囲気を纏っておられました。
アーク坊ちゃまには公爵家令息であるという自覚を持っていただきたいものですが、と日頃から心配していましたが、ようやく公爵家令息であるという自覚をお持ちになられたのか。
そのことが、不肖にも公爵家の家令を務める私にとって、嬉しくないはずがありませんな。
「さぁ、夕食時まで時間がありません。準備を終わらせますよ」
「は、はいっ!」
先程のアーク坊ちゃまの凛々しかったお姿を噛み締めながら、私はフィオナ様を歓迎する準備に取り掛かりました。
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