第4話 こんな義兄でごめん
☆
俺は笑顔を顔に貼り付けたまま、母上と談笑しているフィオナをそっと窺う。
·········うん、無理はしていないようだ。
ロスメモ本編のフィオナも、身体の調子が良い時と悪い時がある、と言っていたが今日は調子の良い日だったのだろう。
三人に気が付かれないよう小さく息を吐き、俺は設定資料集で読んだフィオナのプロフィールを思い起こしていた。
フィオナ・ハワード。
生来の"魔力供給過多"という不治の病を患う少女。
"魔力供給過多"とは、膨大な魔力を持って生まれた子共に引き起こされる先天性の病だ。
これを患った子供は生後間もなく死んでしまうか、成長しても20歳まで生きられない、と設定資料に書いてあった。
この"魔力供給過多"を患うと、行き場のない大量の魔力が身体から溢れてしまい、勝手に筋肉や内臓に魔力が浸透して激痛を引き起こすらしい。
身体強化魔法みたいな制御された魔力が筋肉や内臓を保護して強化するのとは違い、制御されていない魔力が身体中を蝕んでいるのだという。それは·········想像しかできないが永遠に続く酷い筋肉痛のようなものだろうか。
で、そんな病を患った身体では王家の務めは果たせないと、王家からハワード公爵家へ養子に出されたんだよなぁ。
彼女の年齢は、たぶん7歳。
俺ことアークとは1歳違いの
しかし、今のフィオナの見た目は4〜5歳くらいに見える。どう頑張っても7歳には見えない。
これは"魔力供給過多"の弊害で、魔力に蝕まれた身体が成長障害を引き起こし、幼い見た目から成長ができなくなっているからだ。
ロスメモ本編で主人公とフィオナが出逢うのは彼女が17歳の時であったが、17歳であるにも関わらず見た目は小学生にしか見えなかった。
こう見るとあと10年ほどでほんの少しだけ見た目は成長するのだが·········プレイヤー達から合法ロリと言われていた容姿は伊達ではない。
プレイヤー達の人気投票ランキングでも上位に入っていたフィオナだが、あまりにも境遇が胸糞悪すぎて顔を顰めるプレイヤーも多かった。
なにしろ、あのアーク・ハワードの義妹なのだ。
それはもうゲーム開発者がこんな美味しい設定を丹念に料理しないはずがない。
俺も2人の間にあったエピソードを思い出そうとしただけでこのアーク・ハワードの身体を料理(物理)したくなってきたので、歪みそうになる顔を気合でポーカーフェイスに戻す。
で、ここからが本題なんだが······ゲーム本編でのフィオナとアークの関係はマジで最悪だ。
というかアークが一方的にフィオナを敵視して、幼い彼女を殴ったり蹴ったりする。 ······マジで死ねよ
その敵視する理由もクソしょうもなくて、自分より出来の悪い(と思い込んでいる)義妹が父と母から愛情を受けることに嫉妬し、フィオナのことを目の敵にするのだ。
そして嫉妬心から始まって罵倒になり、ついには手を上げて暴力を振るい、だんだんと行為がエスカレートしていく。
で、あまりにも暴力を振るったために公爵夫妻から叱られ、反省するどころかフィオナを逆恨みするというマジで隙のないクソ仕様。
公爵夫妻に叱られてからはバレないようにフィオナを虐げ、使用人たちに告げ口しないよう脅し、隠れて暴力を振るう。
そして少しずつ身体が成長していくフィオナに目を付け、子飼いの私兵に幼い彼女を貸し出して────
─────メキッ
危ない。
思わず公爵夫妻とフィオナの前で、人目も憚らずに自身の顔を机に叩きつけるところだった。
もうこれ以上、彼女のエピソードを思い出さないほうがいいだろう。精神衛生上とても良くない。
なるべく静かに右手の小指をへし折って怒りを堪えた俺は、激痛を発する小指を無視してフィオナを盗み見る。
無意識に小指をへし折って耳障りな音が出てしまったせいか、フィオナは不思議そうな顔をして視線を泳がせていた。
フィオナの見た目は、それはもうこの眼が潰れてしまうというかアークの眼ならば潰れてしまったほうがいいと思うほどの美少女。いや美幼女だ。
眩しいくらいに光り輝くプラチナブロンドの長髪を側頭部で三つ編みにし、後ろで纏めて背中に流している。
少し緊張しているのか、笑顔ながらもどこか固い表情で一生懸命に公爵夫妻との会話に相槌を打っている姿は、庇護欲をこれでもかとくすぐる姿だった。
あどけなさの残る幼い顔立ちだが、将来は絶世の美女が約束されているのが分かるほど整っており、夜空のような美しい紺色の瞳も見ていて飽きないほど綺麗だ。
それに、たった7歳なのにも関わらず、丁寧な言葉遣いで礼儀もしっかりと弁え、王家で培った教育をたんと実践している。
じっくりと生のフィオナ・ハワードを観察して、俺は思わずニチャニチャと笑ってしまった。
すかさず気持ちの悪い笑みは引っ込めたが、それでも油断するとまたニチャニチャと笑ってしまいそうである。
───何を隠そう、"俺"のロスメモ最推しは"フィオナ・ハワード"、その人である。
なんならフィオナ・ハワードの
推しが目の前で喋っている。
それだけでどうしようもないほどの幸福感が胸に溢れ、緊張して猛烈に喉が渇いていた。
今だけは、フィオナと同じ空間に居られる奇跡を噛み締めたい。
───ありがとう神様、俺をアーク・ハワードにしてくれて。
それはそれとして同じ空間に居座る
荒ぶりそうになった殺気を押し込めて、もう1度この奇跡のような状況を噛み締める。
この部屋に入った瞬間、彼女をひと目見たときから踊りだしてしまいそうな程にテンションが上がっていた。
ロスメモをプレイしている最中は、ずっと彼女をパーティに入れて連れ回していた。だって大好きなんだ、フィオナ・ハワードというキャラクターが。
ロスメモ本編のサブルートであるフィオナルートでは、あまりの扱いの悪さにゲーム開発会社を爆破してやろうかと思ったのも良い思い出だ。
あぁ、俺だって転生したのが
もしそうだったら絶対に────。
舞い上がっている心中を努めて冷静に保とうとした俺は、自身が
というか、ゲーム本編であれだけフィオナを苦しめていたアーク・ハワードが
今からでも遅くないなら、俺は爆散して塵も残さずに消えるべきだろう。そうだよな、フィオナファンの
あとは任せろ、この俺が
脳内でアーク・ハワードを爆殺していた俺に、
「あの、アークお義兄様······顔色が優れないようですが、大丈夫でしょうか······?」
気遣い上手で周囲をよく見ているフィオナだからか、人の機微には聡い。
無意識にへし折ってしまった小指が痛くてね、とは言えず、苦笑して首を振る。
俺は「ちょっと寝不足でね」と無難な返事を返し、激痛を発する右手をそっとポケットにしまった。
こんな自分で自分の指を折るような頭のおかしいやつが義兄でごめんね······それはそれとして不安そうな顔も可愛いね·········^
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