第2話 俺 ≒ アーク・ハワード






 あー、どうするかな。






 俺が転生したのは、恐らく"ロストメモリアル"の裏ボスである、"アーク・ハワード"だ。



 年齢は8歳。

 今は王都にある別荘で、自由気ままに日々を過ごしている、らしい。



 なぜ分かるのか?



 それは、俺の中にボンヤリと"アーク・ハワード"のがあるからだ。


 だから、"俺"の意識がハッキリした時、自身が"アーク・ハワード"であることを自覚していた。いや、なんていうか、当たり前の事として身に付いていたというか。


 よく分からない。本当によく分からないが、"俺"の意識はアーク・ハワードの中にある。


 じゃあ元の人格として存在した"アーク・ハワード"はどうなったのか?


 それは、分からん。

 "俺"と一体化したのか、消えたのか。


 まぁもしも本当に"アーク・ハワード"の人格が消失してしまったというのなら、拍手喝采ノーベル平和賞ものだ。


 "アーク・ハワード"の人格なんて、細切れにしてトイレに流したとしても、プレイヤー達からはスタンディングオベーションでアンコールを叫ばれることだろう。


 それほどに嫌われているのだ。アーク・ハワードという男は。



 ロスメモ作中のアーク・ハワードは、醜くでっぷりと太った"豚"だった。


 その醜悪な外見と悪行の数々から、画面越しに見るだけで吐き気が込み上げていたものだが、まさか、自身が"アーク・ハワード"になる日が来ようとは。


 ロスメモをプレイしていた中で、何度もアーク・ハワードを縊り殺してやりたいと願ったものだが、まさか自身がアーク・ハワードになるなんて......と頭を抱えてしまう。




 ────俺は、迷作ゲーともクソゲーとも呼ばれた、"ロストメモリアル"を愛している。



 ストーリー───というかアーク・ハワードに関してはマジで救いなんか1ミリも必要ないクソカスであることに間違いはないが、他の要素に関しては"神ゲー"と言っても過言ではなかったのだ。


 特にキャラクター1人1人の作り込みは半端ではなく、同人誌即売会では大量にキャラクターの艷本薄い本が出されていた。なんなら俺も描いて出していた。


 俺はその魅力的なキャラクター達に心底惚れ込み、アートブックスや設定資料集を買い集め、休日はヒロインと主人公の純恋愛本をせっせと作っていたほどである。



 そんな、何よりも愛する"ロストメモリアル"だが、"アーク・ハワード"だけは別。


 こいつさえいなければゲームメタスコアだって高評価が得られ、レビューだって低評価の嵐になることはなかったはずだ。


 そしてゲーム開発者の性格が悪いのか、この"アーク・ハワード"が本格的にクズ行為に手を染めていき、過去の悪行が発覚していくのはゲームの中盤、それも終盤に近くなってからである。


 序盤からキャッキャと楽しそうにプレイしていた純心なプレイヤー達を終盤で阿鼻叫喚の渦に叩き落とし、あまりの胸糞悪さに開発元のゲーム会社に放火予告まで届いたというのだから、その酷さは言うまでもないだろう。



 そんなプレイヤー達の殺意と罵倒を一身に背負った悪役。




 それが、今の俺。



 正直、喜べばいいのか泣けばいいのか分からない。まだ頭が混乱している。


 いきなり自分は鬱ゲーの悪役です、と言われてもどんな反応をしていいのか分からない。というか、どうなるんだこの世界は。



 これから起こる世界規模の大事件や、自身の身の振り方などが、頭の中をグルグルと周る。



 だめだ、混乱している中で考え込んでも思考はまとまらない。






 俺はソファから立ち上がると、部屋に鎮座している姿見の前に立った。




 ───────太ってない。



 よく肥えた、控えめに言って豚である未来の"アーク・ハワード"を知る俺としては、それが最初に出てきた感想だった。



 コイツ、子供の頃は痩せてたのか。


 まぁそれがなんだという話だが、マジマジと体を見てみると違和感がありまくりだった。


 それに、めちゃくちゃムカつくことに、顔立ちは幼いながらも精悍で、目鼻立ちも整っている。

 未来では脂肪に押し潰されていた瞼も、今は険の鋭い眼差しで鏡越しにじっと睨んでおり、それがまた腹が立つものだった。


 サラリと流れる銀髪に、スラリと伸びた肢体。幼さを残しながらも精悍な顔立ちはなんとなく未来の"アーク・ハワード"に似ているかもしれなかったが、見ているだけでムカつく面をしている。




 これ以上見ていると鏡越しに自分を殴ってしまいそうだったので、深呼吸してソファに座り直す。



 さて、どうしようか。


 まだ頭は混乱しているが、いつまでも混乱ばかりしてはいられないだろう。



 俺が愛する"ロスメモ"の世界に来られたこと、これは気が狂うほどに嬉しいことだ。

 だが、この身が"アーク・ハワード"であるというだけで、狂喜乱舞していた俺の心は萎えていく。


 どうせなら、王国民Aとか王国民Bみたいなモブが良かった。

 もしもそんなモブに転生できていたら、何が何でも"アーク・ハワード"をぶち殺して未来に待ち受ける悲劇をハッピーエンドに変えられたのだが。



 まぁ俺が"アーク・ハワード"になった時点で悲劇なんて起こさない。というか起こさせない。


 でもそれはそれとして、ぶち殺して爆散四散してやりたいと何度も願った"アーク・ハワード"になるなんて、とつい考えてしまう。




 許されるのなら、今すぐバルコニーから飛び降りて、このクソカス豚野郎を亡き者にしたい。


 今だって自身が"アーク・ハワード"であるという事実に嫌悪感から吐き気が込み上げているのだ。

 ロスメモ本編で、あれだけ好き勝手した"アーク・ハワード"がこの先ものうのうと生き続けていいのだろうか? 


 俺としてはこの世に"アーク・ハワード"が存在しているというだけで虫唾が走るので、どうにかしてこの世から消し去りたいのだが。



 それに、杞憂かもしれないが"アーク・ハワード"が生き続ける限り、ヒロイン達や他のキャラクターに不幸が及ぶかもしれない。


 "俺"が"アーク・ハワード"である限り、ヒロインやキャラクターに不幸を振りまくことは絶対にない。神に誓ってあり得ない。

 が、もしも何らかの形で彼ら彼女らを不幸に突き落としてしまう──────かもしれない。


 可能性の話ではあるが、"俺"が"アーク・ハワード"として行動することで、予想外の不幸が、あの本編のような惨劇が起こる、かもしれない。



 さっきから"かもしれない"ばかりであるが、やはり"アーク・ハワード"である自身が生きていても百害あって一利もない気がする。



 やはりバルコニーから飛び降りるか───?






 悶々と考え込んでいた俺の耳に、控えめなノックの音が届く。同時に、さっきのメイドさんとは違う女性の声が扉越しに聞こえた。



「坊ちゃま、旦那様と奥様がお呼びしております」









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