第6話 セレブレイション・デイ





クリスマス。私にとっては上村家で初めて迎えるクリスマスになる。


朝から、妹の奏美も母もニコニコして楽しそうだった。


「今日は、早く帰るのよ」


母は家を出る時に私に言った。


今日は二学期の終業式と掃除だけで終わる予定だから、早く帰るのは可能なんだけど、何かクリスマスパーティ的なモノをやるのだろうか。


私は家を出て駅までの道を歩く。


「待ってお兄ちゃん」


後ろから奏美の声がして、奏美が走って追いかけて来る。

今日は部活も無く、遅めの登校で私と同じ時間になった様だ。


「今年は何にするの…。プレゼント」


ん…、プレゼント…。


私は横を歩く奏美の顔を見る。


「プレゼント…」


「うん。プレゼント」


奏美は嬉しそうに微笑んでいる。


「私はもう買ったんだ。お母さんにはマフラーで、お父さんにはお酒用のグラス…。お兄ちゃんには…内緒」


奏美は悪戯っぽく笑っていた。


そうか、上村家では家族でプレゼント交換をするのか…。


私は立ち止まり、ポケットから財布を出して中身を確認した。

ザ高校生の財布の中身。


「やばいな…」


前を歩く奏美が振り返る。


「あ、お兄ちゃん、もしかしてお金ないの…」


奏美が私の財布を覗き込む。


「お金、貸そうか」


奏美は自分の財布をカバンから出そうとする。


私は慌てて、


「いいよ。何とかするから」


と言って歩き出した。






アイドルグループのカナリアンハミングのメンバーだった私はひょんな事から上村家の長男で、高校生の樹と入れ替わった。

髪を金髪に染めた不良高校生の樹になった私は、もう一度高校生をやり直している。しかも男として。

一方私と入れ替わった樹は、カナリアンハミング、略してカナハミのメンバーとして大活躍。

売れないアイドルグループが脱アイドル宣言などと言われ、今や、テレビで見ない日が無い程の活躍ぶり。

羨ましい限りだった。






樹の説明が足りない。


私は生活に困っている。

お金の話じゃなくて、上村家や学校、友達との関係やシステムについて。

勝手に入れ替わっておいて何の説明も無いのは無責任。

そういう結論に達した。


「おい、こら樹」


私は私と入れ替わった樹にメッセージを入れた。


「何」


と短い返事が珍しく返って来た。

いつもなら朝メッセージを入れても返って来るのは夜だったり、酷い時は数日後だったりする事もあった。


「家族でプレゼント交換とかしてるの」


私は樹にそう訊いた。


「あ、忘れてた。毎年してるんだよ」


私は少し怪訝な表情で、更に返す。


「前もって言ってくれないと、プレゼント買うお金ないじゃん」


しばらく返信が無い。

するとスマホの電子決済アプリに入金のお知らせが届く。


「え…」


私は思わず声を出した。


電子決済アプリには三十万円の入金表示があった。


「さ、三十万…」


また声を出してしまう。

電車に乗っていた乗客が一斉に私の方を見てた。


「ちょっと、何よこれ。三十万って」


私は樹にメッセージを送った。


「ボーナス出たんだよ。まあ、お前の金だけどな」


ボーナス…。

あの会社が…。


私は金額の表示されたスマホを見ながら考えた。


「あ、それから給料制から歩合制に変えてもらったから」


歩合制…。


事務所と契約した時に、そんな話があった。


「最初は逆立ちしても食えないんで、給料制で行こう。その内売れだしたら歩合制に変更する事にする」


元アイドルの社長がやっている小さな事務所だけど、自分もアイドルをやってた事も有り、結構その辺は優しい。


って事は、先行投資分は回収したって事よね。

あの会社儲かってるんだ…。


私はスマホを閉じて、車窓から外を見た。

曇った空で、今にも雪が降り出しそうな雰囲気。


「いいなぁ…。樹」


私は線になって過ぎて行く街並みを見た。


私になった樹が羨ましかった。

私がやりたかった事を実現してくれている。

そしてそこに私が居ない事に焦燥感を覚えていた。


「あ、お前にもプレゼント」


樹からメッセージがまた来た。

そしてそのメッセージにはある店のホームページのアドレスが添付してあった。


「バー…、アラン」


私はそのリンクを開いてホームページを見た。


「そこに行けばわかる様にしてあるから」


樹は笑ったスタンプを送って来た。


「バー、アラン…」


帰りに行ってみるか…。


私は学校の最寄り駅に着いたので電車を降りた。

 





期末テストで六位になった私に対する周囲の目が変わった。

不良で勉強も出来る奴なんて漫画の世界だけの話で、物理的にあり得ない話。

不良やってると勉強する時間なんて無くて、勿論、授業中も寝てるか、何処かでサボってるか。

そりゃそんなあり得ない存在になった訳だから私…、樹に近付いて来る女子高生も一気に増えた。

中身は女の私だけど、悪い気はしないかな。

樹としてどう振る舞って良いかはまったくわからないけど、とにかく、雑な対応はしない様にはしてる。

それが気に入らないのは真奈美。

真奈美は自称樹の彼女って同級生で、ずっと彼女面している。

真奈美が怖い女子たちは遠巻きに私の事を見てるだけの様で、さっきも廊下で真奈美の怒鳴り声が響いていた。


掃除も終業式も恙無く終わり、昼までで下校。

それなら学校行かなくても良いんじゃないのって大人になってしまうと思ってしまう。


期末テストの結果と中間テストの結果に大きく開きがあったので、何とも歪な通知表を受け取りカバンの中に押し込んだ。


外に出るといつもの様にお馬鹿な仲間たちが私を待っていた。

その全員が手に真っ赤なラッピングのプレゼントらしきモノを抱えている。

私の知らない間に皆、彼女でも出来たのだろうか…。


「遅せぇよタツキ」


ヨースケは踵を踏んだ靴で地面を蹴りながら言う。


「早くしろよ…」


しゃがみ込んでいたマサも立ち上がる。

そして私の回りに集まり、手に持ったプレゼントを一斉に私に渡す。


「何だ、これ」


私は両手いっぱいに抱えたプレゼントを見ながら訊いた。


「お前に渡してくれって頼まれたプレゼントたちだよ」


ヒロとコウジも一緒にニヤニヤと笑っていた。


「皆、真奈美が怖くて直接渡せないんだよ」


ヨースケは私の腕を拳で殴った。


「ったく、羨ましいったらありゃしねぇよ」


そう言って学校の外へと歩き出した。


結局、駅前の百均で紙袋を買って、そのありがたいプレゼントを放り込む。


「今日、どうする」


ヨースケが缶コーヒーを飲みながら言う。


「別に用事は無いけど」


皆はお互いの顔を見て言う。

誰一人としてクリスマスデートなんて奴はいないらしい。


「あ、俺…」


私が声を発すると皆が一斉に私の方を見た。


「タツキ、お前まさか…」


「自分だけ…」


「女と約束とか…」


「裏切り者に天罰を」


マサは手を組んで天に向かってそう言っていた。


「馬鹿、そんなんじゃなねぇよ…」


私はスマホを出して、樹が送って来たバーのホームページを見せた。


「此処に行こうと思ってるんだ」


全員が私のスマホを覗き込んだ。


「アラン…。なんだ、トオルの店か」


ん…。

トオル…。


確か、二学期から学校に来なくなった仲間が居たって…。


「何だよ。一人で行こうとしてたのかよ」


「俺たちも付き合うよ。久々にトオルにも会いてぇし」


即決で、五人でバー・アランを訪ねる事になった。


「ってか、この時間に開いてるのか、トオルの店」


前を歩くヨースケが言う。


「昼間はカフェやってるって書いてたから」


私はスマホで確認した。


「向こうでなんか食おうぜ」


私たちは電車に乗り、家とは逆方向へと向かった。






昼間の歓楽街って、何て言うか、少し情けない感じがする。

夜は煌びやかにネオンが輝いているけど、昼間は薄汚れている部分がやけに目立つ。

そこに制服姿の高校生が五人。

それも目立つのかもしれない。


路地を入るとバー・アランの看板は直ぐに分かり、コウジは小走りにその店の前に行き、嬉しそうに飛び跳ねながら中を覗いていた。


「早くしろよ」


コウジは、ドアを開けて私たちを呼んだ。


トオルってどんな子だろう…。


その辺の情報も樹は教えてくれてない。


私は一番後ろから店に入った。


昼を少し過ぎた時間で、客は疎らだった。

カウンターの中で、ワイシャツにベストを着た、高校生くらいの男の子が一人立っているのが見えた。


「よ、トオル」


ヨースケは手を上げてその子に挨拶をした。

トオルも微笑みながら手を上げた。


皆、当たり前の様にカウンターの椅子を引いて座る。


「何だよ、学校帰りか」


トオルは磨いていたグラスを棚に置くと、振り返って言う。


この子がトオルか…。


私は一番端に座り、横の椅子にカバンと紙袋を置いた。


「皆、揃って…。クリスマスデートの予定ある奴とか居ねぇのかよ」


トオルはケラケラと声を出して笑った。


お腹の空いた私たちはメニューを見ながら昼のランチを注文した。


私は店の中を見渡す。

奥に小さなステージがあり、楽器が置いてあるのが見えた。


「最近やってるのか、バンド」


ヨースケがトオルに訊いた。


「ん…。ああ、ボチボチな…」


私はそれを聞いて小さく頷く。


「此処でやらせてもらえるからな。少しは上手くなったよ」


トオルはそう言いながら私の方を見た。


奥にいたマスターが私たちの前にランチを並べる。

そして、私に、


「久しぶりだね、タツキ君」


と小声で言うと微笑んだ。

私がマスターに頭を下げると、マスターは私の肩をポンポンと叩いた。


ランチを食べながらトオルも私たちの前で、笑いながら話をしていた。


「まじかよ。タツキ、学年六位って」


トオルは仰け反って笑っている。


「俺も十七位が最高だよ」


トオルはお馬鹿な仲間の中でも賢い奴で、そう不良っぽくも見えない。


「それでコイツ一気にモテ始めてよ。見てくれよ、その紙袋。クリスマスプレゼントだってよ」


ヨースケは立ち上がって話す。

それを聞いてトオルは笑っていた。


私は少し寒く感じて窓の外を見る。

すると雪がちらついているのが見えた。


「雪だ…」


私の声に皆が窓の外を見る。


「お、ホントだ…。寒いと思ったんだよ…」


マサは立ち上がって窓の傍に行く。


「少し積もってるよ…」


私たちは皆で窓の傍に行く。

歓楽街の汚れたアスファルトの上に薄っすらと白い雪が降り積もっていた。


「久しぶりだな…雪が積もるのって…」


ヒロは子供の様に窓に張り付いて積もり始めた雪を見ていた。


ヨースケは振り返るとカウンターの中に居るトオルを見た。


「トオル。クリスマスっぽいの一曲やってくれよ」


私もトオルを見て微笑む。


「やだよ…。お前らに聴かせても何も得しねぇし」


「いいじゃないか」


「やれよ」


「聴かせろよ」


カウンターの端で老眼鏡を掛けて本を読んでいたマスターがトオルに微笑んでいる。そしてトオルを見て頷いた。


「じゃあ、一曲だけな」


トオルはカウンターを出て来た。

そして私の肩を叩いた。


「タツキ、お前も来い」


「え、タツキ…」


ヨースケは目を丸くして私とトオルを見ていた。


ちょっと待ってよ…。

私、何するのよ…。


マスターも私を見て頷いている。


私はゆっくりと立ち上がり、トオルの後を着いてステージに上がった。


トオルはステージの端に立掛けてあったギターを取り、ストラップを肩に掛けた。


「ほら、そこのベース…」


トオルは私の傍に立ててあったベースを指差した。


ベース…。

私弾いた事ないわよ…。


私は振り返り、そのベースを見た。

ベースのボディに「TATSUKI」とシールが貼ってあった。


これ、樹のベース…。


躊躇する私にトオルが近付いて来て、ベースを取り、私に渡す。


「お前のアリアプロⅡだろうが…」


私はそのベースを受け取り、トオルと同じ様に肩に掛けた。

トオルはギターの音を確認しながら私の傍に来て、耳元で言う。


「大丈夫だよ」


そう言って背中を叩いた。


「水島桜子さん」


私は驚いで、トオルの顔を見た。

トオルは微笑みながら音を合わせている。


私が樹と入れ替わってるの知ってるんだ…。


私は驚いて、店の中を見渡す。


「これ、行こう」


トオルは楽譜を棚から取り出すと、二人の前で開いた。


「勿論、歌もお前だ」


トオルはアンプのスイッチを入れた。


曲は八十年代にデビューしたロックバンドのモノだった。

当時クリスマスを歌う代表曲でもあったが、今の子たちは知らないのかもしれない。


トオルは私の顔を見て頷く。

私が樹で無い事を知っても「大丈夫」って言ったトオル。

何を根拠にそんな事を言ったのか。

私は目を閉じて大きく深呼吸した。


こうなったらやけくそだ…。


私は目を開けてトオルに頷く。

トオルはギターの弦を弾いた。

私はスタンドマイクの前に立ち、ベースの弦に指を当てた。


不思議だった。

指が覚えているのだろうか、その曲のベースラインを私が奏でている。

トオルは嬉しそうにイントロを一音もずらす事なく弾いていた。


私はマイクの前で久しぶりに声を発した。


懐かしい感じのする曲だった。

その曲もスラスラと歌える。


ヨースケ達は声を発する事も忘れて、私とトオルの奏でる音楽に聴き入っていた。


喧嘩の時と同じ、樹の身体の記憶が私を動かしてくれている様だった。


トオルは何度も私の方を見て微笑む。

そして本気で音楽を楽しんでいる表情をしている。

私もそれに釣られるかの様にトオルを見て微笑んだ。


大サビに入り、トオルもマイクの前に立ち、二人で歌う。

私も鳥肌が立っていた。

私たちの他に数名いたお客さんもじっと私たちの方を見ている。


楽しい。


私は心からそう思った。

そして久しぶりに歌い、心が震えた。


最後の大サビを歌い終え、私とトオルは息を吐いて、音がアンプから無くなるのを待つ。

そして完全に音が無くなった瞬間に店中から拍手が聞こえた。


その拍手は私とトオルに降り積もる様に止まなかった。


歌うって楽しい。

そして歌えるって幸せ…。


私は目を閉じて、その拍手を身体中で吸収するように呼吸をした。


トオルは私の耳元で、


「な、言っただろう…。大丈夫だって」


そう小声で言うと微笑んでいた。


窓の外の雪は強くなり、周囲を白く染めていた。


「白いクリスマスか…」


トオルは呟く様に言うとギターをスタンドに戻した。


「いや、すげえよ、お前ら」


ヒロはトオルに言う。


「てか、タツキ、いつ練習したんだよ」


と私にも行って来る。


私は我に返り、ベースをスタンドに立て、カウンターに戻った。


「何か、感動したよ…」


私の横に座っていたマサが小声で言う。


マスターは手に持った本を畳むと立ち上がり、コーヒー豆を取り出した。


「私からもクリスマスプレゼントにコーヒーを淹れてやろう」


ミルのけたたましい音が鳴り始める。


トオルはまたカウンターから出て、ステージに戻る。

そして樹のベースを取ると、傍にあったケースに入れた。

そしてそのベースを持って私の前にやって来た。


「ほら、頼まれてた奴だ…」


そう言うとそのベースを私に手渡した。


樹が言っていたのってこのベースの事…。


私はそのベースを受け取り、傍に立掛けた。


「俺もなんかやろうかな…楽器」


ヨースケが呟く。

ヒロもコウジも「俺も俺も」と騒ぎ始めた。


「カスタネットとトライアングルとハーモニカなんかいいんじゃねぇか」


カウンターの中からトオルが身を乗り出して言う。

それに皆で大笑いした。


トオルには色々と訊きたい事もあったが、夕方、店が混み始める前に私たちはアランを出た。






私は家に帰る途中に、プレゼントを買った。

母には手袋、父にはネクタイ。

そして奏美へのプレゼントを買うためにCDショップへと入った。

カナハミのCDかDVDを贈ろうと思い探していた。


DVDのコーナーを見ていると、


「お客さん、何かお探しですか」


と横から声を掛けられた。


私は顔も上げずに、


「妹へのクリスマスプレゼントを探してるんですけど…」


と答える。


「奏美にね…」


私は顔を上げた。

そこには私、水島桜子が立っていた。


「樹…」


私の顔をした樹は私を見てニヤニヤと笑っている。


樹はDVDを色々と手に取って見ながら、


「早く帰らないと電車止まっちゃうかもよ」


と言い手に持ったカナハミのDVDを私に手渡した。


「これにしよう。サインしてあげるから…。ってか、サインはあんたがした方がホンモノか…」


そう言って笑った。


私はそのDVDを買って店を出て、樹と一緒に喫茶店に入った。


「今日は休みだったんだ」


樹は注文を済ませた後そう言った。

そして私が持っているベースを見て、


「トオルとは会えたんだね」


と言った。


私は無言で頷く。

そして汗をかいた水を取り、殆ど一気に飲み干した。


「ねぇ…訊いて良いかな」


樹は頷く。


「私とあなたが入れ替わった事は置いておいて…」


私は周囲を気にして、樹に近付いて声を小さくする。


「どうして私が水島桜子である事をトオルは知ってるの」


キャップを深く被った桜子は一度俯いて、顔を上げる。


「トオルは全部知ってるんだよ。俺たちが入れ替わる前から…」


私は、何が何だかさっぱり理解出来なかった。


「まあ、それも時が来れば全部話すさ…」


私と樹の前に注文したホットチョコレートとコーヒーが運ばれて来た。

店員が去って行くのを確認して、私は口を開く。


「時っていつ…。私たちは元に戻れるのよね」


私の質問に樹は小さく何度も頷く。


「心配しないで良いよ。必ず、この身体は君に返すから」


樹は微笑むとホットチョコレートを口に運ぶ。


私は椅子に背を付けて腕を組んだ。


「カナハミが絶好調なのもあなたのおかげだし、私がやりたかった事を今あなたがやってくれているのも、見てて嬉しい。少し羨ましくもあるけど」


樹はクスクス笑いながらカップをテーブルに置いた。


「俺がやってる事なんて誰も思っちゃいないさ。全部君がやっている事だって思ってる。水島桜子のプロデュース能力は今、業界でも話題になってる。でも、それは俺の能力じゃない。君が持ってた能力だ。それは君も気付いただろう」


私は、さっき、トオルと一緒に歌を歌った事を思い出した。


「君も自分の知らない力を発揮出来た事があっただろう」


私は静かに頷いた。

不良の宮脇を一発でノックアウトした事や、倒れるまで自転車で走った事、そしてベースを弾いて歌った事。

色々な事が水島桜子には無い力だった。


樹は微笑みながら頷いた。


「もう少し待ってなよ…。最高の舞台を準備して君を迎え入れるから」


樹はそう言うと立ち上がった。

そして窓の外を見る。

雪は弱まる事も無く降り積もっていた。


不思議だった。

樹と直接話すと、心の中のモヤモヤの上に、この雪の様に白く降り積もるモノがあって、真っ白な世界が出来上がる。

そしてその上に樹の描く世界が創り上げられて行くような気がした。


「じゃあ、行くわ…。最近は休みもあんまりなくてさ…」


樹は私に微笑む。


「明日も朝、早いんだよ…」


樹はテーブルの上の伝票を取り、私に背を向けた。


「じゃあ、皆へのプレゼント頼んだよ。上村樹君」


そう言うと水島桜子は去って行った。


私はその背中をただじっと見つめていた。






家に帰ると豪勢な夕食が準備してあった。

父も早くに帰って来たようで、リビングのテーブルにはプレゼントの袋が並べてあった。

私も買ってきたプレゼントを同じ様にテーブルの上に並べた。

そしてベースを抱えて私は部屋に行き、制服を着替えた。

明日から冬休みになる。

しばらくこの制服を着る事は無い。


着替えを終えてリビングに下りると、皆がテーブルに着いて私を待っている様子だった。


「ごめんごめん」


私は自分の椅子に座り、父、母、奏美を見る。

三人は私の顔をじっと見て、ニヤニヤと笑っていた。


「今日デートしてたんでしょ」


奏美は嬉しそうに言う。


で、デート…。


「お父さんが見たって」


多分、樹と一緒だった所を見られたのだろう。


「ああ、あれはデートじゃないよ」


私は立ち上がり、奏美へのプレゼントの袋を取って奏美に渡した。


「ほら、コレだよ。開けてみな」


奏美は不思議そうな表情で袋を開けた。

中からカナハミのDVDと私、水島桜子のスナップ写真にサインがされたモノが出て来た。


「え、お兄ちゃん」


奏美は驚きのあまり声が出ない様だった。


「水島桜子と付き合ってるの…」


え…。


私は奏美を目を丸くして見た。


そのスナップ写真には、


「私の大好きな樹の妹、奏美ちゃんへ」


と書かれてあり、その下にサインがあった。


あの野郎…。


私は無意識に拳を握っていた。







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