第5話 アイル ビー オーバー ユー
私たちは駅から少し離れた国道沿いにあるファミレスにいた。
先日熱を出し、期末テストを受けれなかった私の追試も終わり、テストの答案が返された。
樹の通う学校はテストの順位を張り出すというハラスメント的な事をやっている学校で、今回も容赦なくその順位表は玄関を入った所にある掲示板に張り出された。
友人のヨースケ、マサ、ヒロ、コウジと一緒にその掲示板を今朝見る事になり、人込みを掻き分けて前に出た。
私、あ、私はアイドル歌手の水島桜子なんだけど、このお馬鹿な不良仲間の上村樹とひょんな事から入れ替わり、今、不本意に不良の男子高校生になってしまっている。
本当に不本意で、高校生に戻るだけならまだしも、不良だったりお馬鹿だったり…。
一番困るのは男子になった事。
これが一番困る。
そしてアイドルの私になっている樹も困っている筈なんだけど…。
向こうはテレビでの活躍を見る限り、凄く楽しんでいる様子で、少し腹立たしい。
話が逸れてる気がするので、戻す。
そうそう、テストの順位が張り出されている掲示板。
勿論、お馬鹿な仲間はその順位を下の方から見ていくのだけど。
「あれ、タツキの名前が無いぞ」
ヨースケはその表を指で差しながら言う。
「お前カンニングバレたんじゃないのか」
「何だよ、棄権試合かよ」
そんな事を口々に言っている。
悪いけど、私ってそんなにお馬鹿じゃないのよね…。
私の名前…。
上村樹の名前は前回から二百位程順位を上げて、六位にあった。
六位か…。
こんな学校でも少し出来る奴いるんだな…。
私は、まだ私の名前を見付ける事の出来ない、お馬鹿な仲間を見てニヤリと笑った。
「え、何…天変地異の前触れ…」
私の横でそう言ったのは樹の彼女を勝手に名乗っている真奈美だった。
「タツキが六位とかってあり得なくない」
その真奈美の声に、お馬鹿な仲間たちも一斉に私の名前を見る。
四人は顔を寄せて六位に輝く上村樹の名前を見て呆然としている。
まあ、軽く二百人抜きをした訳だからそれも仕方ないのかもしれない。
その時、校内放送が流れた。
「二年生の上村樹君。職員室まで来て下さい」
まあ、これも予測していた。
間違いなくカンニングを疑われている筈だった。
その放送を聞いた生徒は私から距離を取る。
「タツキ…。退学か」
コウジは心配そうに私を見ている。
「そんな訳ないだろう」
私は周囲に、不良らしく「どけ」と言いながら職員室へと向かった。
案の定、職員室は私の話題で持ち切りだった。
追試で試験官をしていた三人の教師もいて、私のカンニングが無かった事を話していた。
夏休みが終わって一気に成績が伸びる生徒が過去にも何人かいたらしいが、それでも二百人抜きなんて生徒は類を見ないらしく、疑わざるを得ない状況の様だった。
結局一時限目の授業は出ずに、ずっと職員室にいた。
何も悪い事をしていないのに、授業を受ける事が出来ないなんて問題じゃないのかな…。
そして、最後は私の一言ですべて片付いた。
「うっせぇな。何だったら、もう一回テスト受けてやっても良いぜ。それではっきりするんだろ」
樹がこの身体に戻って来たら本気で困ると思うけど、それも仕方ない。
禿げた校長、これが絵に描いた様な校長だったけど、そんな人まで出て来て、
「成績が上がる事は良い事じゃないか。何をそんなに騒いでるんだ」
と一言放つと、私のカンニングを疑う教師たちも納得した。
ようやく無罪放免。
まあ、普通に考えたら、解答を知ってるならまだしも、カンニングしても二百抜きは出来ないだろう。
少し考えればわかる事だ。
って事で、昼まで授業に出て、気分が悪いから学校を抜け出し、お馬鹿仲間と一緒にこのファミレスに来てるって訳。
「今回は俺ら、みんなでタツキにご馳走するわ…」
ヨースケは顔を引き攣らせていた。
「そうそう。タツキの成績に比べると俺ら皆、最下位みたいなモンだしな」
ヒロも同じ様な顔してるし。
私は、俯いてクスクスと笑ってしまった。
「タツキ…」
皆が私を腫物の様に見ているのがわかった。
「お前らほんっとに馬鹿だな」
私はファミレスのソファの背もたれに両腕を広げた。
「別におごって欲しくてファミレスに来た訳じゃねぇよ。それにこんな悪しき習慣は終わりにしようぜ。皆で食いたいモン食えば良いんじゃね」
樹ならそう言うであろうという言葉を探す。
これも板に付いてきた気がする。
そんな感じで各々で食べるモノを注文した。
ドリンクバーをお代わりしながら長い事ファミレスに居たので、帰るのは薄暗くなる頃になる。
私はいつも地元の駅前で桜井遥と会い話をするのだけど、今日は遅くなりそうだったので、先にメッセージを入れて会えない事を伝えた。
遥と呼べば良いんだけど、皆にサクラと呼ばれているから、私もややこしいけどサクラって呼んでいる。
そう呼ぶ事で自分が水島桜子である事を忘れない様にしているのかもしれない。
地元の駅で降り、大きな問題を思い出した。
先日壊れた自転車を直して樹が届けてくれたんだけど、私の姿をした樹が訪ねて来ている所を妹、正確には樹の妹の奏美に見られてしまい、大騒ぎになった。
「何で、お兄ちゃんがサクラと知り合いなの。何でお兄ちゃんの自転車をサクラが届けてくれるの。何で何で…」
と捲し立てられて、
「今度ゆっくり説明するから」
と言い、部屋に引っ込んだままだった。
そこから奏美との仲は良好とは言えない気がする。
私はいつもより重い足取りで家路を歩く。
最も家路と言っても、正確には私の家でもない。
何度も溜息が漏れるが、それも白い吐息となり流れていく。
ダメだ…。
何にも思いつかない…。
私はまた溜息を吐いた。
無意識に途中にある公園に入り、一人冷たいベンチに座った。
多感な年頃の女子。
勿論、私も経験してきたんだけど、女子中学生であった時代を思い出せない。
自分だったら、どう思うのか…。
ああ、もう、何とかしなさいよね、樹。
私は苛々しながら爪先でベンチの前の地面を掘った。
どうしよう…。
するとその時、ポケットの中のスマホが振動しているのに気付く。
取り出すと画面には水島桜子の名前が表示されていた。
「樹…」
私は画面を開く。
「今晩のミュージックカーニバルを見よ」
また簡潔なメッセージがやって来た。
ミュージックカーニバルはトーク多めの音楽番組で、MCは大御所の落語家とベテランアイドルグループの男性で、歌の前後に少し多めのトークタイムがある。
私たちカナハミがそんな番組に出られる事なんて無いと思っていたけど、私に扮した樹の思い切った行動で、カナハミの運命は大きく変わった。
今はテレビで見ない日は無いのかもしれない。
「ミュージックカーニバルか…。出たかったな…」
私は星の光る空を見上げた。
すると突然、私の視界に樹の父の顔が飛び込んできた。
「うわ…」
私は驚いて立ち上がる。
「何やってんだ」
父はベンチの私の横に座った。
「あ、いや…」
私も座り直した。
「どうせ、また、テストの成績が悪かったんだろ…」
父は私の背中を思いっきり叩いた。
「いてぇな…」
私はこの父の前で樹として振る舞う事に少し不安があった。
「テストは六番だったよ」
私の言葉に父は頷く。
「そうかそうか。まだ後ろに六人もいるじゃないか」
父はニコニコ微笑んで空を見ていた。
「後ろからじゃねぇよ」
私も空を見上げる。
「そうかそうか…」
それ以上何も言わない父を見て私は鼻で笑った。
「寒いから帰ろうや…」
父はゆっくりと立ち上がった。
私も頷いて立ち上がった。
「学校の成績なんて、大人になれば大した問題じゃない…。勉強が出来るかどうかより、上手く生きれるかどうかの方が重要な問題だからな」
父は歩きながら私にそう言った。
「はあ…。六番」
母は大声で順位の書かれた紙を見て言った。
その声にソファでテレビを見ていた妹の奏美もやって来た。
「六番なんて私も取った事ないよ」
奏美は母の持っている紙を引っ手繰る様に取った。
「お前、本当に六番だったのか…」
冷蔵庫から缶ビールを出して飲んでいた父は焦点の合わない目で私を見ている。
そして我に返ると私の隣に座り、
「一体どんなカンニングしたんだ」
と訊いて来る。
「あのなぁ…」
私は小指で眉を掻きながら吐き捨てた。
「最近のお兄ちゃんって何か怪しい…。先生とか脅してテストの問題とか聞いてたんじゃないの」
奏美までそんな事を言っていた。
「私はあなたを信じるからね…」
母は私の肩に手をやる。
それは信じてないのね…。
私は大きな溜息を吐いて、顔を伏せた。
樹…。
アンタ一体どんな風に思われてるのよ…。
私は、皿に積まれた唐揚げを一つ摘まみ口に放り込んだ。
「俺の成績なんてどうでも良いからさ、飯にしようぜ」
私は唐揚げを飲み込んで言った。
奏美と父が並んで立ち、私の成績表と一緒に写真を母が撮る。
「こんな奇跡、二度と無いかもしれないからおばあちゃんにも送っとかなきゃ」
母は、そう言って写真を送信していた。
クソ、覚えとけよ、上村家…。
私は二つ目の唐揚げを口に放り込んだ。
「そう言えばお兄ちゃん。今日はミュージックカーニバルにカナハミが出るんだよ」
奏美は私の横にやって来ると勢い良く座った。
「らしいな…。俺もさっきネットで見たよ」
母は写真を繰り終えたのか、私と奏美の前にお茶碗を置いた。
「録画してるんだろ…」
「うん。勿論、生でも見るけどね」
奏美は母から味噌汁のお椀を受け取りながら言う。
「何だよ、また押しか」
父はビールの缶を置いた。
「最近は会社でも良く名前が出て来るよ「カナハミ」だっけ…。人気あるんだな」
本当に人気あるんだ…。
私は手を合わせてご飯を食べ始める。
「樹は最近はやってないのか…バンド」
父は箸で私を差しながら言う。
え…。
樹ってバンドやってるの…。
初耳なんだけど…。
「そう言えば最近弾いてるの見てないわね、ギター」
母も座りながら言う。
「アレはギターじゃないよ。ベース。樹はベーシストだよ」
父は更に箸を振り回す。
行儀悪いわね…。
ってか、樹、ベース弾けるの…。
ダメだ、此処で突っ込まれると何も答えられないよ…。
私は黙って不貞腐れた様にご飯を食べる事にした。
でも、部屋にもベースらしいモノは無かったな…。
何処にあるんだろう…。
いつもの順番でお風呂に入ると私は部屋に戻った。
そろそろミュージックカーニバルが始まる時間で、いつもなら奏美が呼びに来るんだけど、今日はどうだろうか…。
スマホにメッセージが来ている事に気付き開くと水島桜子からだった。
この名前は私のモノなのに、最近は他人の名前の様な気がして仕方ない。
メッセージを開くと、
「今日は一人で歌う事になった」
そんな短いメッセージ。
本当は色々と訊きたい事もあるし、伝えたい事もある。
毎日メッセージのやり取りはしてるけど、何も重要な話にお互い触れてない気がする。
私はスマホを持って、部屋を出た。
階段を下りるとテレビの前に奏美が座り、流れるCMを見ている様だった。
冷蔵庫を開けてジュースをグラスに注ぐと、私もソファに座った。
奏美は私に気付き、振り返る。
「今日はどんな歌、歌ってくれるんだろうね」
先日の疑問よりも目の前のサクラ。
そんな感じだった。
私は少し安堵して、ソファに深く座り直す。
「お兄ちゃんってさ、八十年代の歌とかって詳しいの」
奏美は私の膝に手を突いて訊いてきた。
「まあ、好きだけどな…。同世代の中では知ってる方かな」
「そっか、良いな。CDとか持ってる…」
「流石にCDは無いけど、少しだけスマホに入ってるよ」
私はジュースを飲んで、グラスをテーブルに置いた。
奏美は目を輝かせながら、
「今度聴かせて。良かったら私もダウンロードするし」
私は微笑みながら奏美に頷いた。
オープニングテーマが流れ、ミュージックカーニバルが始まった。
司会の二人が入って来て挨拶をする。
この番組は所謂雛壇が無く、一組ずつスタジオに登場する。
まあ、出た事ないからどんな感じになっているのかまではわからないけど…。
いいなぁ、樹は…。
一組目はCDが発売されたばかりの男性アイドルグループで七人組。
本当にこんな歌、歌いたくて歌ってるの…って歌を良く歌っている記憶がある。
今日はシックなスーツ姿で出て来ている。
年明けから始まるドラマの主役をグループの中の一人が務める様で、その主題歌になっているらしい。
アイドルをやってたのに、他のアイドルの曲にまったく興味が無い。
実は皆同じなのかもしれないけど、私は特にそう。
だからアイドルの出るテレビがつまらなくて仕方ない。
少し長めのインタビューが終わり、やっと歌。
今日の出演予定者を見ると、やっぱりカナハミは二番目か三番目。
トリと大トリは売れているミュージシャンだろう。
私はスマホを見ながらテレビをチラチラと見ていた。
アイドルグループの曲が終わり、静かに暗転する。
すると二組目のアーティストが既にMCの横に立っていた。
あれ…。
この人トリじゃないの…。
最近、化粧品のCMソングで話題で、街でも良く流れている。
春や夏はアップテンポな曲でCMを作る事が多いみたいだけど、秋冬は静かな曲が多い。
このアーティストはそれをちゃんと掴んでいるのか、スタッフが優秀なのか、タイアップの貴公子なんて呼ばれているみたい。
全部で五組か六組の出演なんだけど、四番目までカナハミの名前は出て来なかった。
そうなるとトリになるのか大トリになるのか…。
大トリなんてなると大出世って事になる。
ついこの間まで殆ど無名で、深夜番組にしか出ていなかったアイドルが、本格的な歌番組でトリを務めるなんて…。
四番目のアーティストの曲が終わった。
今日は出演者多いのかな…。
私はもう一度出演アーティストをスマホでチェックした。
テレビはCMに入っている。
CMが開けると、司会の二人が中央に立っていて、今日出演のアーティストの感想を語っている。
「それでは最後のアーティストです。最近話題になっているカナリアンハミングです」
「え、大トリ…」
私は思わず声に出してそう言った。
そして気が付くと身を乗り出していた。
「大トリ…って」
奏美は私の方を見る事も無く、そう訊く。
「出番の最後を任される人の事を大トリって言うのよ」
母がリンゴを剥いて持って来てくれた。
「それって凄いの…」
「そりゃ、今日のメインって事だからね」
母は自分で剥いたリンゴを口に入れながら言った。
凄いなんてモンじゃない…。
大出世だわ…。
いつもに増してゴージャスなドレス姿のリョウ、ミカコ、サチコ。
そして最後にタキシードを着た私、違うな、樹が登場した。
「最近、脱アイドルなんて言われて大人気ですね」
司会の男性がマイクをリョウに向けた。
「はい。私たちは音楽が好きなメンバーばかりなので、こんな感じで歌わせてもらえるのが本当に嬉しいです」
無難な答え。
流石はリョウだ。
「ダンスなんかも以前とはイメージ変わって大人っぽいモノになって来てるけど…」
今度はミカコ。
「そうですね。確かに大変ですけど、今凄く楽しいです」
うんうん。
アイドルらしい。
「最近見ない日が無いけど、休みとか無いんじゃない」
「以前は週四で休みとかありましたけど」
サチコがそう言うと笑いが起こった。
「けど、充実してるので、頑張れてます」
ん…。
この流れで行くと多分、トークの落ちを樹が求められるんじゃ…。
「最近、良かった事は」
司会はマイクを私…樹に向けた。
樹はにっこりと微笑んだ。
「最近、ある企画で、ファンの人に自転車をプレゼントするってのをやったんですよ」
司会は樹にマイクを渡した。
「自転車が当たったのは男子高校生だったんですけど、親に買ってもらって、気に入ってる自転車があるのでいらないって言われて…」
「ほう。せっかく当たったのに」
樹は頷く。
「私たちもそう言ったんです。けど、新しいモノをもらうと、新しいモノを使ってしまうと思うんで、そうなると今の自転車が可哀そうだから…って、やっぱり断られました」
私はそれがこの間の自転車の一件に繋がる事がわかった。
「その気持ちがなんか嬉しくて…」
「若いのに、しっかりした男子高校生やな…」
もう一人の司会の大御所の落語家が身を乗り出す。
「そんな奴、最近なかなかおらんで」
カナハミの四人は力強く頷いていた。
「じゃあ、代わりに何か贈るよって事になって、何が良いか訊いたんです」
「そしたら何て…」
「何も困らない程度に持ってるから、困っている人にプレゼントしてくださいって言われちゃって…」
樹は伏し目がちに言って微笑んだ。
「何や、ええ話やな…」
司会の二人は目を合わせて頷いている。
「でも何か、して欲しい事とかないかって聞いたんです。そしたら」
「そしたら…」
「今乗っている自転車のメンテナンスとかしてもらえますか…って言われて」
「サステナブルやな」
大御所落語家がそう言うと笑いが起こった。
しかし、それをその落語家が止めた。
「笑いごとちゃうで、今の人たちは壊れたらすぐ捨てて買い直す、いらんのに持ってる方が得って事で、買う。そんなんや。けど、昔はこうやったんや、壊れたら直して直して、もう無理やろうってくらいまで直して使こうてたんや。そんな事皆忘れてしもうてる。その高校生偉いわ」
声を荒げながらそう言った。
「そうですね…。確かにそんな人は減って来てる。結果買った方が安いなんてモンもありますけど、それでもモノを大事にするって、私たちが一度考え直さなきゃいけない事ですよね」
もう一人の司会者が神妙な顔で言った。
樹が身を乗り出した。
「私たちの歌もそうなんです。八十年代の歌を今は歌ってますけど、昔の歌の中にも凄く良い歌がいっぱいあって…」
樹の言葉に司会者が被せる。
「そうや、君らのおかげで、今八十年代の曲がヒットチャートにも入って来てるねんで、街でも流れてるし、これも凄い事やで」
樹は強く頷いていた。
「今日も昔の名曲を歌って戴けるのでしょうか」
司会者の振りにカナハミの四人は強く頷いていた。
そしてステージの方へと四人は移動して行った。
「いやあ、本当にいい話が聞けましたね」
「お前が訊いたんやないか。でもホンマにええ話やな。日本も捨てたモンちゃうで。あんな若い子の世代がそれを考え直しているって事は」
「そうですね。彼女らの曲もそうですけど、忘れられているモノの中に、実は今求めているモノもあるんじゃないかって思いますね」
「そうや、そうや…。今日は終わってからミーティングや。覚悟しとけよ」
司会の落語家はスタジオのスタッフを指差してそう言った。
曲が始まる。
曲はファンの強い要望で、SSSで歌ったあの曲だった。
しかし、今回はアカペラでは無く、ちゃんとバックバンドが付いていた。
三人のダンスとコーラス、そしてセンターで妖艶に歌うタキシード姿のサクラ。
この間とイメージは違っていたが、このバージョンも私的には評価大だった。
流石は樹…。
奏美も今日は黙って曲を聴いていた。
そして曲が終わると拍手をしていた。
今日も良かったわ…。
そして大トリ、おめでとう。
私は心の中で四人にそう言った。
カラカラに渇いた喉を潤すためにジュースを飲み、またグラスを再度テーブルに戻した。
そしてテレビに視線を戻すと、直ぐ近くに奏美の顔があった。
私は身を引いて奏美を見た。
「な、なんだよ…」
奏美は私の横に割り込む様に座って、更に睨む様に見て来る。
「お兄ちゃんでしょ…。さっきの自転車の当たった男子高校生って」
私は、樹の作ったストーリーに頷く事を少し躊躇ったが、コクリと小さく頷いた。
奏美は満面の笑みで私の腕に腕を絡めて来た。
「そうならそうと言ってくれれば良いじゃんか」
と奏美は嬉しそうに言った。
「え、何、さっきの男子高校生って樹の事なの」
母は、私の後ろから訊いた。
「そうだよ、サクラが自転車届けてくれたんだよね」
奏美は自分の事の様に嬉しそうに言った。
「良い話だったわね…。私も鼻が高いわ。学年六位だし」
母も奏美と同じ顔で笑っていた。
私、いつか樹を超えてやる…。
私はそう決心した。
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