第4話 ヒア カムズ ザ サン
私は教卓の前の席でペンを置いて、窓の外を見た。
人生で初の追試と言うモノを受けている。
あの日、樹に家までタクシーで送り届けてもらったのは良いが、翌日から高熱を出し、三日間寝込んでしまい、期末テストを受ける事が出来なかった。
理由も言わずに家を飛び出し、自転車を走らせてミナトスタジオに向かった私は、結局途中でエネルギー切れ。
結果、樹、ややこしいけど、私に助けられ、自宅に強制送還された。
樹の母は深夜にフラフラで帰って来た私に激怒して、樹の父の顔も初めて見た。
その日は熱いお風呂に入れられて寝たんだけど、翌日は重度の筋肉痛にも襲われ、その上、高熱を出す始末。
そのまま熱が引かず、期末テストの日を全部休んでしまい、全教科追試という結果。
まあ、点数悪くて追試よりマシなんだろうけど…。
「上村…もう出来たのか」
数学の先生、名前はまだ覚えていないんだけど…。
教卓から睨む様に私を見ている。
「諦めるにはまだ時間があるぞ」
私はしっかりと答えを埋めた解答用紙を教卓の上に置いて教室を出た。
これで全教科追試終了。
ヨースケは、
「ファミレスでおごるの嫌だからって休むなよ」
なんて言っていた。
いつもの仲間の中で、五教科のテストの点数が一番悪い奴がファミレスでおごる事になっていた。
追試を受けた同級生は数名居たけど、全教科ってのは私だけだった気がする。
靴を履き替えて私は学校を出た。
放課後に追試は行われるので、もう外に出ると真っ暗だった。
サクラ…、帰りに地元の駅で会う桜井遥には「追試で遅くなるので、会えない」と伝えてあった。
さっきまで追試を受けていた教室を外から見ると、まだ煌々と明かりが点いていた。
五、六人、追試を受けていたが、終わった者から帰って良い事になっている。
校門を出て、暗い道を駅まで歩く。
いつもは仲間たちと歩くのでそう遠くは感じないのだけど、一人だとこの距離がなかなか遠い。
途中にあるコンビニに入り、肉まんと缶コーヒーを買った。
そしてコンビニの外で肉まんに辛子を塗って噛り付いた。
この時期の肉まんは最高に美味しい。
樹の体になって、周囲を気にせずにコンビニの前で肉まんを食べる事を覚えたが、熱々の肉まんがこんなに美味しいモノだという事を知った。
大口を開けて肉まんに噛り付く事も周囲を気にしなくても良い。
コンビニの外で辛子を塗った肉まんに大口を開けて噛り付く事。
これはいわゆるオフィシャルな肉まんの食べ方と言っても良いのかもしれない。
肉まんを食べ終えて、包み紙をゴミ箱に放り込むと、缶コーヒーを開けて、飲みながら駅へと歩く。
樹ならタバコを吸うのかもしれないが、やっぱり私はタバコが合わないみたいで、
「最近タバコ止めたのか」
とヨースケにも訊かれたが、
「最近、タバコが不味くてさ」
と答えて、吸っていない。
歩きながらスマホを取り出し、ネットを開く。
先日のカナハミのSSSでの曲が未だに話題になっていた。
「脱アイドル宣言」なんて勝手な記事も書かれている始末で、本格的なアーティストへシフトして行くのでは無いかなどとある。
アーティスト志向のメンバーは私だけで、他のメンバーはアイドルがやりたくて活動している筈だった。
それ程に樹の強行で一度だけ歌ったアカペラは印象深かったのだろう。
それに他の三人が上手く合わせてくれたのもチームワーク成せる技だった。
一、視聴者であった私自身にも強烈な印象として残っている。
樹の妹の奏美なんかは、あの日サクラがアカペラで歌った曲をヘビロテで毎日聴いている。
駅に近付くと一気に賑やかになって来る。
人影も増え、気のせいか少し暖かい。
駅前にある意味不明なオブジェにもたれて、じっと私を見ている男に気付いた。
宮脇だった。
少し前に私…樹と言った方が良いのかもしれないが、頭突きをして彼の前歯を二本折ってしまった事があった。
あれ以来、私たちを待ち伏せする事は無かったのだけど、痛みも引いたのだろうか、今日は一人で駅前に居た。
今日は一人で待ち伏せしている様子だった。
私は無視して宮脇の傍を通り過ぎた。
「待てよ」
と宮脇は私に声を掛けて来た。
待ってるんだから当たり前かもしれないけど…。
私は振り返って、缶コーヒーを飲んだ。
宮脇の上唇にはまだ傷が残っていた。
私は大きく息を吐いて、一度俯いて顔を上げた。
「この間は悪かったな」
私は樹ならそう言うであろうと思う言葉を選んで宮脇に言った。
宮脇は私に突然謝られた事に驚いたのか、呆然とした表情をしている。
「歯は大丈夫なのか…」
その言葉に我に返ったのだろう。
上唇を上げて歯を見せて来た。
「前歯持って行かれたって噂になってたけど、そんなにヤワな歯してねぇよ」
宮脇はそう言って笑った。
私もそれを聞いて笑う。
「そうか…。それは良かった」
私は缶コーヒーを飲み干して、オブジェの傍に空になった缶を置いた。
「追試受けてるって聞いたから待ってたんだ」
宮脇はオブジェから背中を離した。
「少し時間無いか…」
そう言うと指で駅前にある広場を指差した。
私は小さく何度が頷いた。
当然この間のリベンジが始まるのだろうと覚悟して宮脇に着いて行く。
仲間が大勢いる可能性もあったが、それも仕方ない。
まあ、樹の力ならばなんとかなるだろうとも思った。
しかし、広場には誰もおらず、宮脇は空いているベンチに座り、私に座れと手招きした。
そしてタバコを取り出すと私に一本勧めて来た。
「最近タバコが不味くてよ」
私はタバコを断り、宮脇の横に座った。
「そうか。風邪ひいてたんだったな」
と宮脇も咥えたタバコを箱に戻し、ポケットに入れた。
私は金髪の髪を掻き上げて、宮脇を見る。
「で、用件はなんだ」
宮脇は私の顔を見てニヤリと笑った。
「いや、何でもないんだ。ただ一度、お前とゆっくり話したくてよ。いつも顔見ると喧嘩ばっかだっただろ」
ヨースケの話では樹は一度も宮脇に負けた事は無いと言っていた。
って事は喧嘩じゃない気もする。
樹なら何を言うんだろう…。
私は少し考えたが、最近は樹の感覚を掴めてきた気がした。
「俺もしたくてやってるんじゃないからな…」
宮脇は頷いて、
「わかってるよ。俺がいつも突っかかって行くからな…。勝てねえけど」
そう言った。
「百回やりぁ一回くらい勝てるかと思ってな」
私はクスリと笑い、
「最後に一回勝てれば良いって言うからな」
宮脇は真剣な表情で私を見ている。
「本当か…」
「ああ、項羽と劉邦の話もそうだろ」
宮脇は首を傾げた。
やっぱ知らないか…。
「中国の昔の話だよ。負け続けた武将が最後に一勝して国を築いたって話。お前、世界史取ってないのか」
宮脇はまた首を捻ると、
「お前って頭良いのか…」
と言う。
私は呆れて、暮れた空を見た。
これだから不良ってのは…。
「まあ、でもよ。俺はお前には一生勝てない気がするわ」
宮脇は立ち上がる。
そして、
「仲間がいる時にこんな話出来ないからよ」
宮脇は笑っていた。
「これからは仲良くしてくれとは言わねえけど、喧嘩売るのはやめる事にするよ」
そう言って手を差し出してきた。
私は微笑んで宮脇のその手を握った。
そしてその手を引っ張ると立ち上がった。
「わかったよ。まあ、また喧嘩するってんなら相手にはなるけどな」
私は宮脇に笑いながらそう言った。
私は宮脇とアドレスの交換をして別れ、家に着く頃には夕飯が出来上がる時間になっていた。
「お兄ちゃん、お帰り」
玄関を入ると妹の奏美がニコニコしながら出迎える。
「ただいま」
私は、リビングのドアを開けて、母にも同じ様に言った。
「おかえり、着替えておいで。もうご飯だから」
母に返事をすると、部屋に行き着替えた。
手を洗って食卓に着くと、同時に食事が目の前に並ぶ。
樹の母は本当に良く出来た人だと思う。
「追試はどうだったの」
母はお茶碗を私の前に置きながら訊いた。
「うん。まあまあかな」
母と奏美は揃って目を丸くしていた。
「な、何だよ…」
母は、平然を装う様にして味噌汁を出す。
「そ、そうね…。まあまあね」
母は奏美を見る。奏美は、
「お兄ちゃんのまあまあってね…」
顔を引き攣らせる様に笑っていた。
見てろよ…。
上村親子め…。
私は俯いて眉を寄せた。
「あ、そうだ、お兄ちゃん」
奏美は椅子に座りながら言う。
「今日、ニュースイレブンにカナハミが出るんだよ。何か歌うんだって」
奏美は嬉しそうだった。
私は手を合わせながら、
「へぇ…。何か凄いな最近のカナハミは」
と言い、味噌汁を飲むと身体が温まる。
「何を歌うんだろ。この間のアレかな」
奏美も手を合わせていた。
アレは無いだろうな…。
樹はまた新しい事を考えているんだろうか。
この間のアレとはスーパーサウンドステーションと言う番組で樹が扮する私が歌った九十年代の歌。
私はニコニコしながら奏美の話を聞いていた。
「ほら、喋ってないで早く食べちゃいなさい」
母は自分の椅子に座って私たちに言う。
私と奏美は返事をして夕飯を食べた。
夕食の後、奏美が一番にお風呂に入る。
奏美は中学生だけど、やっぱり女でお風呂が長い。その後入れ替わりで私が入る。
やっぱりお風呂とトイレはまだ慣れない。
二十年慣れ親しんだ身体と違うのは疲れる。
私はふと思った。
樹は私の身体を…。
ちょ、ちょっと…。
それを考えると恥ずかしくて仕方ない。
樹に言わせればお互い様って事になるんだろうけど。
私はお風呂を出て部屋に戻る。
制服のポケットに入れっぱなしにしてたスマホを取り出すとメッセージが来ている事に気付いた。
水島桜子から。
いわゆる樹からのメッセージ。
「ニュースイレブンを見る事」
いつもながら、何て味気ないメッセージ。
私はそのメッセージをみてクスリと笑った。
その他にもヨースケ、マサ、ヒロ、コウジからもメッセージが届いていた。
「追試だからって容赦しねぇからな」
「ファミレスご馳走様」
「カンニング、成功したか」
「タツキの点数、楽しみ」
と追試を受けた私を明らかに下に見るメッセージが届いていた。
確実に四人よりは点数が良い事は確定している。
私は余裕の表情を一人、浮かべていた筈。
するとそこにメッセージ届く。
宮脇だった。
「今日は呼び止めて済まなかったな。明日、俺から俺のダチには話しておくから。これからは仲良く頼むわな」
私は、「案外、宮脇は良い奴じゃないか」と思った。
ニュースイレブンは文字通り夜十一時からの報道番組なんだけど、たまに話題の人をゲストに呼んでいる。
カナハミは先日のSSSの一件で話題になり、今週は色々な番組に引っ張りだこになっている。
そこにいるのが私じゃなくて樹だっていう事が少し不満だけど。
でも私にはあんな大それた事は出来てないと思うから、ある意味、樹のおかげって所もあって、私はしばらく静観するしかない。
ベッドに横になり、スマホを見ながら色々と考えているとドンドンと階段を上がって来る音が聞こえ、次の瞬間いきなりドアが開いた。
「お兄ちゃん、ニュースイレブン始まるよ」
奏美は大きな声で言う。
「おいおい、ノックくらいしろよ。何かしてたらどうするんだよ」
私はベッドから起き上がった。
「何かって何よ」
奏美は首を傾げながら言った。
「何かって…」
私も言葉に詰まり、立ち上がって奏美の頭をポンポンと叩いた。
「まあ、いいや。直ぐ行くよ…」
そう言ってベッドの上のスマホを拾い部屋の電気を消した。
階段を下りてリビングを見ると、先に二階から降りた奏美、母、それにお酒を飲みながらの父まで座っていた。
「どうしたの…。皆で」
私は空いてるソファに座った。
「いや、奏美と樹のオシって言うのか…。それを見てみようと思ってな」
父は夕飯を食べ終えて、スイスキーのロックグラスをカラカラと鳴らしていた。
「いや、俺は別に…」
と言いかけると、ニュースイレブンのオープニングが始まった。
テレビの中のキャーという効果音に合わせて奏美の声が響いた。
そしてMCと一緒に横並びに立つカナハミの四人が映る。
「お兄ちゃん、ほら、サクラが、サクラが…。格好良いね」
奏美は私…、樹が映るだけで興奮していた。
真っ白な衣装を着て、白いファーの帽子を被る四人。
こんな衣装着せてもらえなかったのに…。
私は少しテレビの画面を睨んだかもしれない。
MCはカナハミのメンバーを紹介する。
それぞれが元気よくアイドルらしい挨拶をして自分を売り込もうとしていた以前とは少し違う感じで少し違和感を覚えた。
「脱、アイドルなんて言われてますが、そのあたりの変化ってございますか」
MCはマイクをサクラに向けた。
「あ、私ですか」
と樹がキョロキョロと周囲を見ると、他のメンバーは笑った。
「あ、私は、本当になりたかった自分に少しですけど、近付いた気がしてます」
私の声ってこんなだっけ…。
私はその樹の様子を見て微笑んだ。
「サクラ、可愛いな」
奏美は囁く様に言う。
「この子が推しなんだな」
と父が身を乗り出した。
そして色々と質問され、メンバーがかわるがわるに答えていく。
「ありがとうございました。それでは早速歌って戴きましょう」
サクラたちはペコリと頭を下げると、スタジオに用意されたステージの方へと小走りに移動していった。
曲の紹介は無い。
また曲が始まるまでシークレットという事なんだろう。
私はソファに座り直して、テレビの画面を覗き込む様に見た。
イントロが始まる。
これって…。
やはり九十年代の四人組アイドルの歌を樹はチョイスしたみたいだった。
流石の奏美もこの曲は知っている様子で、両手がちぎれんばかりの力強い拍手をテレビの前でしていた。
サクラとリョウのツインボーカルで、ミカコとサチコが後ろで艶やかなダンスを踊っている。
原曲もそうだった。
ツインボーカルとダンスの二人。
私は呼吸するのも忘れてその曲を聴いた。
絶妙なアレンジがカナハミっぽさを引き出していて、力強さもある。
以前には無かった不思議な魅力を持つグループになった。
「この歌はお父さんも知ってるな」
酔った父が言うと、凄い剣幕な表情で奏美が父を睨む。
「す、すみません…」
父は小さな声で謝ると、静かにお酒を飲んでいた。
どうせ録画してるのに…。
私はまた視線をテレビに戻した。
樹は九十年代の楽曲にこだわっているのだろうか…。
確かに私はその当時の曲は好きで良く聴いていた。
それも両親の影響で、九十年代の曲がずっと流れていた記憶がある。
上手くアレンジされていて、まったく古さを感じない曲になっている事に感動を覚えた。
ダンスはオリジナルとは違い、まったく新しいモノ。
私たちも振り付け程度のダンスは練習していたが、此処までのダンスをミカコとサチコが踊れるとは思えない。
相当練習したのだろう。
大サビに入る。
私の声とリョウの声が綺麗にハモり、どんどんその音域が伸びていく。
凄いな…。
私…。
凄いな、樹。
私は曲が終わるのとほぼ同時にソファに身体を沈める様に座った。
身体の力が抜けた。
奏美はまた全力で拍手をしていた。
奏美…。
あれがお兄ちゃんだって知ったら驚くだろうな…。
いや、知りようがないか。
私はライトが消えて行くテレビの中のステージを見ていた。
カメラはMCへと戻され、曲の感想を語っていた。
どんな言葉も陳腐に聞こえてしまうのは私だけなのだろうか。
私はソファを立ち、背伸びをした。
「え、お兄ちゃん。もう良いの。まだインタビューとかあるかもよ」
奏美は私を見上げて言う。
「どうせ録画してるんだろ。また明日にでも見るよ」
私は部屋へと階段を上がった。
そして部屋に入るとベッドに倒れ込んだ。
そして枕に顔を埋め、
「凄い、凄い凄い…」
と何度か繰り返した。
翌朝、昨日の余韻もあり、スマホに入っているカナハミが歌っていた曲の原曲を聴きながら電車を降りた。
駅を降りるといつもの神社にヨースケ達が集まっていた。
皆が私に気付き、手を上げた。
私も手を上げて皆に近付いた。
皆、タバコを吸っていたが、私は駅前で買った缶コーヒーを飲む。
「タツキ、お前本当にタバコやめんのか」
私は缶コーヒーの缶を唇に付けたまま、
「やめるって言うか、しばらくな。今は欲しくないんだよ」
そう言う。
それもいつか私たちが元に戻った時に樹が困らない様にだった。
「昨日のカナハミの歌聴いたか」
コウジが地面にタバコ擦り付け、消しながら言う。
「見た見た。なんかイメージ変わったよな。歌ってるのは人の曲だけどよ。前の安っぽい曲より全然良いよ」
ヒロは歯を見せて笑っている。
そうか、皆にも響いたか…。
私は自分の事の様に嬉しかった。
「タツキは前から言ってたモンな。なんだっけ、サクラって子は売れるって」
ヨースケの言葉に私は動きを止めた。
樹は前から私を知ってたんだ…。
私は頬を緩める。
時間になり私たちは学校に向かおうと立ち上がる。
その時、
「あ、」
とヨースケが立ち止まった。
「何だよ、危ねぇな」
ヨースケの背中にぶつかったマサが文句を言う。
ヨースケはお構いなく振り返って、私を見た。
「タツキ、追試、どうだったんだよ」
あ、覚えてたか…。
私は空になった缶を自販機の横のごみ箱に入れる。
「まあまあだな…。とりあえずファミレスの支払いは無いかな」
私の言葉に全員が声を揃えて笑った。
いや、本当に無いって…。
私はそう言いかけてやめた。
まあ、週末に返って来るらしい結果が楽しみだった。
私は学校帰りに桜井遥と会い、少し話をして家に帰った。
奏美は塾に行っているらしく、母もまだ帰宅していなかった。
私は部屋で着替えると一階に下りて冷蔵庫からジュースを出しグラスに注いだ。
しばらくは遠慮もあり、冷蔵庫のモノを勝手に飲む事も少なかったが、もうそのあたりも慣れて来た。
ただ、使ったグラスを洗うなんて事をやってしまい、驚かれる事はあった。
リビングの明かりを点けてソファに座ると大きく息を吐く。
真っ黒なテレビの画面を見る。
そこには金髪の樹が映っている。
私はその樹に問いかける。
「私が戻っても、カナハミは大丈夫なのかな…」
昨日の夜に生まれた新たな不安だった。
樹が上手くやってくれているのに、私がサクラとして戻ると、同じような事が出来るのだろうか…。
それ程に樹が私に扮してやっている事は大きい。
私はソファに横になった。
「教えてよ…。樹…」
私はテレビに映る樹に再び問いかけた。
玄関のインターホンが鳴った。
私はゆっくりと身体を起こした。
奏美が鍵忘れていったのかな…。
私は立ち上がり、玄関のドアを開けた。
「鍵忘れたのか…」
私はそう言いながらドアを開けた。
そこには帽子を深く被った私が立っていた。
「樹…」
私は声に出してそう言った。
樹は、にっこりと微笑むと、帽子を取った。
「こんばんは、カナハミサイクルです。復活した自転車をお届けに上がりました」
自転車…。
私は私の肩越しに表を見た。
先日壊れてしまった自転車が綺麗に直り止めてあった。
「あ、直してくれたんだ…」
私は樹と一緒に表に出た。
「修理代結構かかったけどさ、ほら、お気に入りの自転車だしね…」
樹は自転車のハンドルをポンポンと叩いた。
「大事に乗ってよね…。自転車でミナトスタジオまで行くとか無謀だし」
樹はそう言って笑った。
「あれ、お兄ちゃん…」
後ろから声がして私は振り返る。
そこには奏美が立っていた。
その奏美の姿を見て、樹は私の肩を叩く。
「ではそう言う事で…。またね」
そう言うと近くに止めてあった黒塗りのボックスカーに慌てて乗り込んだ。
それと同時に車は走り出した。
奏美は私に、
「今のって…」
私は奏美から視線を外し、自転車を押してガレージに入れた。
「ねぇ、今のってさ」
奏美は私の傍にまとわりつく様にして訊いた。
「自転車屋さんでしょ。修理に出してたんだよ」
「嘘」
奏美は私の前に回り込んで私の顔を覗き込んだ。
「あれはサクラじゃん」
私は咳払いをして自転車に鍵を掛けた。
「似てるけど、違うよ。あれは自転車屋さん。壊れた自転車をピカピカに復活させてくれたんだよ」
私は奏美の背中を押して家の中に入った。
「嘘、絶対嘘だ」
奏美はじっと私を睨んでいた。
やばいな…これは。
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