春を運ぶ鳥
遠藤
第1話
春の便りとともに今年もその家にツバメがやってきた。
家の前の電線に2羽のツバメが止まって何やら会議をしている。
やがて2羽のツバメは飛び立ち巣作りに必要な材料集めを始めた。
この家が気に入ったようだ。
近くの田んぼから泥や藁を集めて家の壁に器用に巣を作っていく。
巣が完成すると藁と羽毛を敷いて卵を迎える準備が整った。
冬の気配が消え、寂しげだった景色が色づいていくそんなある日、メスは5つの卵を産んだ。
時々オスと抱卵を交代しながら卵を温め続け、やがて2週間ほどで無事5羽すべて孵った。
ヒナ達が次々と孵っていくなか、夫婦のツバメはさっそく餌運びをはじめた。
親鳥が巣に戻ってくるとヒナ達は一生懸命口を開けて餌を求めた。
そんな様子をこの家の住人はこっそり窓の中から温かく見守るのだった。
ある日のこと、親鳥たちがせっせと餌取りに出かけているその最中、カラスが巣を襲った。
次々とヒナが食べられていく中、家人が異変に気付き箒を持って巣に駆け付けた。
箒を振り回し怒りの声をあげるとカラスは去って行った。
家人は大変なことになったと急いで物置に脚立を取りに行き、巣の下に置くと脚立をのぼり、恐る恐る覗いてみた。
全て食べられてしまったのではないかと心を痛めたが、覗いた巣に2羽のヒナが蹲っていた。
動いているところを見ると生きているようだ。
ホッと肩をなでおろした家人はこの子達を守ろうと対策にとりかかった。
やがて親鳥が戻ってきたが、巣の異変に気付いたのか離れた電線に止まって見ている。
しばらくすると親鳥の気配に気づいたのか、ヒナが起き上がると親鳥は巣に入り餌をあげ始めた。
家人は親鳥の行き来の邪魔にならないよう園芸用のネットを張った。
しかし、それだけは心配で、前にもまして巣を見守る時間を増やした。
家族にも協力してもらい、みんなで見守り続けたのであった。
家族は愛着をこめて2羽のヒナに名前をつけた。
大きい方のヒナには、早く空を飛べるようにと「ソラ」と名付け、一方の小柄のヒナには無事巣立てるようにと希望をこめて「ノゾミ」と名付けた。
そのかいもあってか、2羽のヒナは無事立派な成鳥となった。
やがて巣立ちの時を迎えた。
親鳥は電線に止まって見守っている。
少し大きいほうのソラが巣の端に来ると一気に羽ばたいた。
懸命に羽を動かし、なんとか親鳥のいる電線に止まることができた。
小柄なノゾミはまだ怖くて飛び立つ気配はなかった。
家人は夕方近くまで巣の下で見守っていたが今日は無いだろうと家の中に入っていった。
それでも気になって仕方がなかったので時々巣の様子を伺っていると、いつの間にか巣の中は空になっており、辺りを見渡せば電線に止まる4羽がいた。
無事巣立つことができてホッと一安心すると自然と涙が溢れてきた。
カラスに襲われ、一時はもう駄目かと思ったが、生き残った2羽がこうやって巣立つことができ、まるで我が子が巣立ったような感動に包まれたのだった。
4羽のツバメはまるで感謝するかのように、日が沈みきるギリギリまで電線に止まっていたのだった。
その後、親鳥たちは新たな場所で子育てを開始した。
ソラとノゾミは餌を取りながら飛ぶ練習を重ねていく。
やがて成鳥になった2羽は、他のツバメたちと一緒に河原のヨシで集団生活を始めた。
その後子育てを終えた親鳥たちも加わり数万の集団へと膨れ上がっていく。
秋の気配が近づいてくると、親鳥たちが一足先に南の島へ向けて、小さな集団を形成してそれぞれ出発していった。
ソラとノゾミたちは、初めての長い旅に耐えらえるよう毎日練習を重ねていた。
遺伝子に刻まれた地図を頼りに目的地である南の島を目指していく。
皆が同じ場所を目指すのではなく、それぞれ持っている地図に刻まれた南の島を目指すのだ。
秋の深まった朝、ついにソラは南の島に向けて出発した。
その後を数羽が続いて大空へと飛び立つ。
ノゾミとはここでお別れとなる。
またいつか、会える日を楽しみにしながら上空を旋回すると、南の方角に飛んでいった。
この長い旅を無事乗り越えまた一つ強くなるんだ。
飛んでいる横を見渡せば、同じような小さな集団がいくつもあった。
皆一心に南の島を目指す。
時々休みながらも飛び続け、ついに九州の最南端まできた。
いよいよ海を渡る時だ。
若いソラに恐れはなかった。
必ず渡り切るとの信念は揺らぐことはなく自信が漲っていた。
行こう。
ソラが飛び立つと着いてきていた他のツバメも飛び立った。
太陽の位置を確認しながら飛んでいく。
ある程度飛んで途中に島があれば休憩しようと考えていた。
順調だった。
天候も良く、風も強くはない。
これなら初めての海だったが、一緒の仲間たちも無事に渡れるだろうと思った。
しばらくすると、飛んでいる中、ソラは一瞬冷たい空気を感じた。
それはほんの一瞬の出来事だった。
飛んでいく遠くの方向をよくよく見てみれば、何やら大きな雲が沸き上がっているのが見えた。
台風の雲だ。
近づくにつれ、徐々に風が強さを増していく。
このまま突き進むか、それとも近くの島で休むか、先頭を飛ぶソラに仲間たちから判断が委ねられた。
ソラはこのまま、目的の休憩できる、先の島まで飛ぶべきだと思った。
あまりもたもたしているとすぐに日が暮れてしまい、それこそタイミングによっては、暗い中休める場所を目指して彷徨わなくてはならなくなる。
はじめての海ではなおさら危険な判断だと思えた。
それに意外と台風は早く抜けて行くかもしれない。
それなら少し飛ぶスピードを落とせばかわせるかもしれない。
そんなことを考えていると同じような考えを下したグループが、ソラ達を横から追い抜き台風に向かって飛んでいった。
ソラ達も進んでいく。
だが、そう決心した最中、思いがけなく突然、それは頭に浮かんできた。
それは、まだヒナだった頃、カラスに襲われた時の事だった。
兄弟が食べられていく中、無意味とわかりながらも、必死に身を小さくして助かろうとしたあの時の事だった。
もう駄目だと思った。
弱肉強食のこの世界ではごく自然な出来事。
それでも、気づくと、次は自分の番だと思い、怖くて怖くてしょうがなかったけど、なぜか、せめて一番小さいヒナだけでも助けてと神に願っていた。
カラスが口を開け駄目だと思った、その時、人間によって助けられた。
自然界では、当たり前に失われていた命。
それが、人間の力によって命を繋ぐことができた。
はじめて、ツバメがなぜ人間が住む家に巣を作るのか、その意味を身をもってわかった。
この世には、無条件の愛というものが存在するということを、こんな小さな鳥でも感じることができたのだ。
救われた命を無駄にはできない。
ソラは無理をせず、近くの島で休むことを選択したのだった。
次の日、台風が過ぎたのを確認し、あらためて南の島を目指した。
途中、海面には海に落ちたツバメが何羽も浮いていた。
救えなかった悔しさが滲む。
この仲間たちのためにも、必ず南の島について、また日本に帰ってこようと決心した。
幾度か島で休憩を挟みつつ、海を渡り切り、ついに南の島に着いた。
ヘトヘトの体の中、先に到着していた沢山の仲間たちに合流した。
一緒に飛んできた仲間たち全員無事だった。
ただ、中にはこれからさらに南を目指すものもおり、無事辿りついてくれるのを願うばかりだった。
こうして日本が冬の間、南の島で沢山栄養をつけ、また来年の春風と一緒に海を渡る。
常に死と隣り合わせのツバメにとって、また日本に帰ってくるというのは至難の業だ。
どんなに無謀であっても、毎年その季節になると海を渡ることを選ぶのが、渡り鳥の使命なのかもしれない。
しかし、いつか渡ることを止めた時、果たしてツバメは日本または南の島どちらを選ぶのだろうか。
いつまでも、ツバメが住みたいという場所であってほしいと願うばかりだ。
暖かい風が感じられるようになったそんなある日、その家の前の電線に2羽のツバメが止まって、なにやら会議を始めた。
今年もこの町に、ツバメが春を運んできてくれたのだった。
春を運ぶ鳥 遠藤 @endoTomorrow
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