第23話

 しばらく走ると、銃声と共に断続的に放たれる光が確認できた。

 まだ姿は見えないが、そろそろ速度を緩めた方がいいだろう。


 気付かれぬよう、慎重に距離を詰めていく。


 音の発生源は少し開けた小空間。

 その入口で立ち止まり様子を伺うと……

 そこには、三匹のゴブリンと対峙する――自衛官たちがいた。


 人数は軍隊における一般的な分隊規模。

 一〇名の自衛官たちは拳銃を構え、発砲を繰り返す。


 降り注ぐ銃弾の雨。

 しかし打ち込まれる弾丸はゴブリンに触れる直前、かすかな光と共に弾かれ牽制にしかなっていない。


 全身を覆うマナの防壁。

 これこそがモンスターが人類の脅威となった最大の理由。


 原理は不明だが、人類の英知である銃を始めとした火器。

 そのことごとくがモンスターには通用しないのだ。


 もちろん遠距離からの攻撃全てが無意味というわけではない。

 だが近接武器であれば、無効化されることはない。


 オレを含め、多くの探索者が近接戦闘を主体にしている理由でもある。


 迫る銃弾を無視して、ゆっくりと歩みを進めるゴブリンたち。

 それでも止めることなく、発砲を続ける自衛官たち。


 このままなら全滅だろう。

 そう考えていると、戦場に変化が起こった。


 部隊の中から一人。

 周囲より一回り体格の小さい人物が、身を屈めながら飛び出した。


 前に出た自衛官は、腰から漆黒の刃を抜き放つ。

 それは刃渡り一五センチ程度のコンバットナイフ。


 一瞬で距離を詰めると、銃弾の雨がやんだ瞬間。

 ナイフが銀閃を放ち、次々とゴブリンの首元を切り裂いていく。


「見事な腕前だな」


 視線の先では、緑の血飛沫を上げながら倒れていく小鬼たち。

 一呼吸の間に、三匹のゴブリンを全滅させるとは……


 ナイフを持つ自衛官からマナの気配は感じない。

 それは純粋な実力でモンスターを圧倒しているということ。


 モンスターの数が少なかった原因……

 それは自衛官たちの活躍によるもので間違いないだろう。


 飛び出した小柄な人物へと駆け寄る隊員たち。


「隊長、怪我はありませんか?」


 なるほど……

 あれほどの実力者なら、分隊長というのも頷ける。

 それに仲間たちからも信頼されているようだ。


 そんな風に状況を整理していると。

 一人遅れて隊長へと歩み寄った、大柄な人物が口を開いた。


「隊長、一人で突っ込むなんて何考えてんすか?」


 男の言葉に軽い違和感を覚える。


 自衛隊には厳格な階級制度が存在している。

 厳しい訓練を課される環境であることも考慮すれば、一般企業以上に縦社会が徹底されているはずだ。

 上官に向かって、こんな横柄な態度が許されるのだろうか?


「先ほどの状況ではあれがベストな選択だ」

「……!」


 驚きのあまり出そうになった大声。

 オレは慌てて口元を押さえ、ギリギリで声を押しとどめた。


 隊長と呼ばれている小柄な自衛官が発した声。

 それは艶やかな高音で……


 ……まさか女性だったとは。


 現代社会では男女平等と言われているが、実戦ではそうはいかない。

 骨格や筋肉量、身体的な能力差は明確に存在している。


 真凛まりん天舞音あまねのように、実力でそれを覆す者もいるだろう。

 だがそれはマナの運用を前提とした話だ。


 現時点であれほどの戦闘能力を発揮し、分隊長に任命される……

 あの女性が、かなり優秀な人物であることが理解できた。


「違うか?」


 問われた大柄な男は顔を歪め、苛立ちを見せると。


「おい、お前らさっさと探索を続けるぞ!」


 そう言って、一人歩き出した。


「あっ、副隊長! ……えっと、失礼します隊長!」


 隊長を気にしながらも、大柄な男……

 副隊長の後を追う隊員たち。


 出る杭は打たれるもの。

 いくら優秀とはいえ、男社会で女性が認められるのは難しい。

 何となくこの分隊のパワーバランスが見て取れた。


 隊長は小さくため息を吐くと、部下の後を追って歩き始める。


「マズいな。確かこの先には……」


 このまま放置するわけにはいかない。

 まだ準備は十分とは言えないが、目的に影響を与える可能性がある。


 正直な所、まだ国家権力には関わりたくない。

 実力を知られれば、利用するため様々な制限を受けることになるだろう。


 オレの持つ全ては、仲間たちを救うためのもの。

 そんなことに費やす時間など無駄だ。


 絶対に気付かれてはならない。

 細心を注意を払いながら、自衛官たちの尾行を開始した。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


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