第24話

「装備の点検後、一〇分の休憩を取る。各員、体力の回復に努めろ」


 隊長は戦闘を終えた仲間たちにそう声をかけると、一人周囲の警戒を始めた。


 戦闘では誰よりも先陣を切り、仲間たちを統率。

 ここまでほぼ無傷でダンジョンの探索を進めている。


 ダンジョンという未知の領域で、過酷な探索を強いられる状況。

 モンスターを倒しマナを吸収しているとはいえ、あの人数では自覚できるほどの強化は見込めない。

 それでも疲労を見せない彼女からは、今まで積み重ねてきた努力が見て取れた。


 隊長と隊員たちのチームワークも悪くはない、が……


「おい、いつまで休んでるつもりだ! さっさと結果を出して、こんな辛気臭い場所からはオサラバするぞ!!」


 立ち上がり声を荒げたのは、大柄な男――副隊長だった。

 疲れを見せる隊員たちとは打って変わって、元気が有り余っている。


 まあそれも当然のことだ。

 隊長や他の隊員たちが必死に戦う中。

 あの男は偉そうに指示を出すだけで、一切戦闘には参加していなかったのだから。


「…………」


 隊員たちは黙り込んだまま、隊長と副隊長の間で視線を彷徨わせる。


「この場所では何が起こるか分からない。万全の体制で挑まなければ、大きな被害を被る可能性がある」


 至極真っ当な考え。

 隊長の言葉に、反論の余地などないはずだが……


「いやいや、早急に任務を終わらせてこの場所から離脱する……その方が結果的に被害も少なくなるはずですよ。それに上からも言われてますよね? 可能な限り迅速に成果を持ち帰るようにって」

「それは……」


 普通に考えれば、任務中の様々な判断は隊長が下すはず。

 明らかに越権行為であるにもかかわらず、彼女は言葉を詰まらせている。


 先ほどから思っていたが、この分隊は内部のパワーバランスがおかしい。

 能力、人格共に圧倒的に隊長が優っているにも関わらず、なぜか副隊長が強い発言権を持っている。


 何か事情があるのだろう。

 そう言えば、オレにも似たような経験があった。


 脳裏をよぎる苦い記憶。

 お偉方の判断で、強制的に同行してきた研究者。

 指示に従わず起動された罠によって、パーティーは全滅寸前まで追い込まれ……


 ……ここまでにしておこう。

 思い出すと、気が重くなるだけだ。


 今回は、あの女に関わりたくない。

 それはオレが国家権力を避けたい理由の一つだった。


「隊長、俺たち十分に休憩しましたから!」


 そう言って次々と立ち上がる隊員たち。

 隊長を気遣っての行動なのだろう。


 即座に降ろしていたバックパック――

 戦闘背嚢せんとうはいのうを背負いなおした。


「そういうことなんで。行きましょうか……隊長、サマ?」


 副隊長は自信満々に言い放つと、笑みを浮かべながら歩き出す。

 自衛官たちは隊列を整えると、周囲を警戒しながらダンジョンの探索を再開した。


 あの隊長なら、無理をせず真っ当な判断を下すだろう。

 だが常に副隊長の意見が優先される異常な状況……

 先ほどの様子を見る限り、あの男は問題を起こす火種になりかねない。


「これは保険を打っておいた方が良さそうだな」


 オレは小さく呟くと、通路の壁面に手を当て。

 見つからないギリギリの距離を保ちながら尾行を続けることにした。


 前方の敵は自衛官たちが対処してくれている。

 オレは背面にだけ気を配ればいい。


 生まれた余裕を使って、壁面に当てた手に意識を集中する。


 本来の予定にはなかった行動。

 面倒ではあるものの、もしかすると必要になるかもしれない。


 しばらく歩いていると、指先が微細な変化を捉えた。


「やっぱり、あったか……」


 正確な位置は記載されていなかったが、経験上この辺りだと思っていた。

 オレが壁面を探っていると、自衛官たちの方からざわざわと話し声が聞こえてくる。


 到着したようだな。

 急ぎ後を追うと、彼女たちの目の前には巨大な扉。


 それはこのダンジョンの最終目的地。

 いわゆるボス部屋への入口だ。


 隊長は慎重に周囲を見渡し、考え込むように腕を組む。

 判断に迷っているのだろうか、眉間には深いしわが刻まれていた。


「……嫌な予感がする。一度報告のために帰還しよう」


 扉の先で待ち受ける存在を感じ取ったのだろう。

 仲間たちに帰還の指示を出す。


 冷静な判断だ。

 もしこのままボス部屋へ突撃すれば……

 仮にダンジョンを攻略できたとしても、多大な被害が出るだろう。


「はあ! 何言ってるんですか! こんなあからさまな扉……絶対この先に何かあるはずですよ!」

「だからこそ、だ。無理に危険を犯すことはできない。ここまでに得た情報を一度持ち帰り、上層部の判断を仰ぐべきだ」

「いやいやいや、ここまで来て帰るとかないでしょ! 帰るなら一人で帰ってください。俺たちは探索を続けますんで。なあお前ら?」


 困惑しながらも反論できない隊員たち。


「何してる。さっさと着いてこい!!」


 副隊長はそう言って、扉を押し開き。

 隊長の下した判断を無視して、ボス部屋の中へと入っていく。


 嫌々ながらそれに従う隊員たちを見捨てることができないのだろう。

 隊長は警戒しながら、後を追って歩き出す。


 自然と漏れる小さなため息。


「想定していた最悪の状況だな……」


 小さく呟きながら、次の一手を考える。


 始まりの迷宮が攻略されるまでの猶予は一ヶ月。

 あの自衛官たちが全滅するのを待ち、十分に力を付けてからボスに挑めばいい。


 しかし国が関わっていれば、隠ぺいや情報操作など容易いこと。

 オレの知る情報が誤っている可能性は否定できない。


 彼女の……隊長の実力は侮れないものだった。

 仲間と上手く連携することができれば、ボスを討伐してしまう可能性もある。


「やはり放置はできないな……」


 通常ならボス部屋の入口はあの扉のみ。

 後を追えば、確実に気づかれてしまう。


 そう通常なら……

 オレは急ぎ、先ほど壁面を探っていた場所まで駆け戻り。

 即座にバックパックを降ろすと、中から棒状の道具を取り出し組み立てる。


 気付かれずにボス部屋へ突入するヒント。

 それはこのダンジョンに出現したモンスター――

 魔土竜サンドモールにあった。


 奴はダンジョン内に穴を掘り移動する能力を持っている。

 つまりそれは――ダンジョンの地形を変える力があるということ。


 オレは確信を持って、壁面へと狙いを定める。

 そして手にした折り畳みシャベルを勢い良く突き立てた。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


読んでいただきありがとうございます!


気にいっていただけましたら、

作品フォローやレビューしていただけましたらうれしいです!


応援よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る