第11話
「……魔結晶」
赤く輝く宝石。
無意識の内に、箱を持つ手が震える。
それは怖れからくるものではない。
蘇った負の感情、溢れ出す怒りによるものだった。
積み重ねた10年間。
共に戦い、築き上げた仲間たちとの絆。
その全てが、ギルマスであるユーリの裏切りによって失われてしまった。
ギリギリと音が鳴るほどに嚙み締めた奥歯。
握りしめた箱からは、ミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
ダメだ、冷静にならなければ。
一度大きく深呼吸して、心を落ち着かせる。
「なぜこんな物が……」
直接触れずとも伝わるマナの気配。
左手首の
うっすらと浮かび上がる契約の
信じられないことだが、箱の中にあるモノは――魔結晶で間違いないと。
確信があっても、理解はできない。
そもそも魔結晶は新時代のエネルギー源。
ダンジョン内でも、中々手に入らない貴重な鉱石。
この国に出現した最も古いダンジョン。
攻略を予定している始まりの迷宮が現れるのは、今から一週間後だ。
念のため昨晩、出現場所の確認も行っている。
少なくともその時点では、まだダンジョンは出現していなかった。
それなのになぜ、ダンジョン内でしか入手できない魔結晶がここにあるのか。
オレの持つ情報は、情報屋や人伝いに聞いたものだけではない。
特にダンジョン関連の情報は、所属ギルドの資料室で調べたものが多い。
世界のトップに名を連ねる。
そんなギルドの資料室で得られる情報は、世界でも有数のもの。
国ですら把握していない、秘匿された情報さえ残されているほどだ。
「……意図的に情報が、隠されていた?」
全ての記録が正しいとは限らない。
あえて偽りの、隠された情報があったのではないか?
そう考えた方がしっくりくる。
オレの持つ情報はこれから先、大きな武器になる。
だが全てが正しいと盲信するのはリスクがある。
それがこのタイミングで分かったのは、大きな収穫だろう。
本来なら起こりえなかったこと。
もう二度とは訪れないであろうチャンス。
今置かれている状況は、奇跡のようなものだ。
失敗など許されない。
オレには目指すべき明確なゴールがある。
これから起こす行動によって、少なからず未来に影響が出るはず。
それを補うためにどうしていくのか?
過去の経験と未来の可能性。
それらを照らし合わせながら、脳内でロードマップを組み替えていく。
このタイミングで魔結晶を手に入れられたのは幸運だ。
保有する大量のマナを吸収すれば、オレの身体能力は飛躍的に向上する。
だが未加工の状態でマナを吸収するのは危険が伴う。
最悪の場合、命を落とす可能性すらあるのだ。
まあ何度も経験したことだ、死にはしないだろう。
もう少し時間的な余裕があれば、無理をしてでも吸収すべきなんだが……
強化の反動で、数週間寝たきりになってしまうのは避けられない。
始まりの迷宮が出現するまで一週間しかない。
残念だが攻略を終えるまで、保管しておくしかなさそうだ。
「色々と考えるべきことはあるが――」
床に転がる複数の歪な三角形に視線を移す。
「――目の前のことから終わらせるとするか」
元職場の起こした不祥事。
本来なら今から約1年後にニュースを騒がせた出来事。
逮捕された半グレによる暴露から始まり……
仮倉庫から拳銃が発見され、会社が倒産にまで追い込まれた事件。
オレの行動によって早まる時間。
1年間という月日がどのような影響を及ぼすのか……
それを現時点で知ることはできない。
だが今回の件が表沙汰になれば、上司は逮捕される。
少なくともダンジョンの攻略に影響を及ぼしかねない要素は排除できるだろう。
「さて、と……」
対処すべき事柄は明確、解決策はすでに頭の中にある。
そのために必要な道具を取り出そうと、ポケットに手を入れた瞬間。
――ガラガラガラ
突然、何かを巻き上げるような金属音が響く。
音が聞こえてくるのは、倉庫の方角。
これは……シャッターの駆動音だ!
「時間をかけすぎたか!」
沸き上がる焦り。
だが感情に身を任せ、判断を誤ってはならない。
自分にそう言い聞かせながら。
来訪者の正体を確認するため、急ぎ倉庫内へと駆け出した。
――――――
あとがき
――――――
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