第8話

 沈み始めた太陽。

 キラキラと夕日が反射する海岸線。

 心地よい潮風を頬に感じながら、人気ひとけのない湾岸の倉庫街を歩く。


 この場所にやって来た理由。

 それはブラック企業の保有する貸倉庫があるからだ。


 オレの目的は倉庫内のとある物。


 ポケットの中にある、名刺サイズの硬い感触。

 入手したカードキーを指先で確認しながら、過去の記憶を思い出す。


 あれは、夏場の休日。

 朝一で強制的に呼び出され。

 延々と倉庫整理をさせられた日の出来事を。


 休日を返上しての完全無給な労働。

 炎天下の密室で強制される肉体労働。

 僅かな水分補給の時間さえ許されず、混濁していく意識。


 たしかあの時は、連続勤務の記録も20を更新していたはず。

 死の間際を体験しただけに、強烈に記憶に残っている。


 整理を担当したエリアでは、特に不審な物は見当たらなかった。

 だが間違いなく貸倉庫内にアレは隠されているはず。


 なぜそう断言できるのか。

 それはオレだけが知っている情報があるからだ。


 少し先の未来で世間を賑わせたニュース。

 多くのメディアで、アレがここの貸倉庫で見つかったと報道されていた。


 はたして会社ぐるみでやっていたのか。

 それとも上司の独断だったのか。


 会社が潰れた影響で、オレもバタバタしていた。

 そのため事件の全容までは把握できていない。


 会社は何も知らず、巻き込まれただけ。

 上司の性格を考えれば、小遣い稼ぎの独断という可能性もゼロではない。


 社員の勝手な行動で窮地に立たされた。

 もしそうであれば、元職場を少しだけ哀れに思ってしまう。


 だがこの国には使用者責任という言葉がある。

 知らなかったではすまされない。


 ブラック過ぎる会社環境を考えれば……

 オレが元職場を救う理由など、なにもないのだから。


 放っておいても、いずれ約束された破滅がやってくる。

 これから起こす変化によって、それが早まるだけ。


 未来への影響は軽微。

 であれば迷う必要もないだろう。


 邪魔をしてくる可能性のある相手を……

 今日、確実に退場させる。


「……ここだな」


 倉庫街の片隅で、元職場の倉庫を見上げる。


 外に監視カメラは設置されていない。

 経費削減の名目で、上司によって設置計画が白紙に戻されたからだ。


 自らの行いが、自らの首を絞める。

 オレにとっては非常に、都合のよい状況だ。


 正面には、金属製のシャッター。

 パッと見、力づくでも簡単にこじ開けられそうな外観。

 だがこのシャッターを力で開閉するのは簡単なことではない。


 倉庫に設置されているのは、電動ワイドシャッターと呼ばれるもの。

 電力で動く仕組みになっており、手で簡単に上げられるタイプではない。


 停電対策として手動への切り替えも可能だが、そのための装置は倉庫の中。

 つまり外からではどうにもできない。


 まあ仮に力づくで開けられるとしても、そんなことをするつもりはない。

 目に見える証拠を残してしまえば、後に問題が起こるかもしれないからだ。


「さて……」


 人気ひとけはなくとも、完全に無人とは限らない。

 立ち並ぶ倉庫の中までは、目視で確認できないのだから。


 周囲に視線を巡らせ、誰も現れないか念入りに確認する。


「今なら、大丈夫そうだな」


 安全であると判断し、オレは倉庫の側面へ回る。

 少し進んだ人目に付かない場所には、扉が設置されていた。


 正面のシャッターは入口としてだけでなく、搬入口としても利用されている。

 倉庫内へ出入りするたび、シャッターを開閉するのは面倒臭い。

 そんな考えから、別の出入口が設けられているのだ。


 頑丈そうな鉄扉。

 もちろんこじ開ける……なんてことはなく、扉のすぐ横。

 カバーに覆われた、四角い小箱に視線を向ける。


 取り付けられているカバーを開くと。

 その中に隠されていたタッチパネルが露わになった。


 パネルには3×3のマス目。

 軽くタッチすると枠内へ、ランダムに表示される0から9までの数字。

 中に入るためには、四桁の数字を打ち込む必要がある。


 10年前に出入りしていた、倉庫のパスコード。

 そんなもの覚えているわけがない。


 だが……


 オレはパネルを操作し、四桁のナンバーを打ち込んでいく。

 キー操作を終えると――


 カチャッ、と小さな音が鳴り鉄扉が解錠される。


 会社の代表番号の下四桁。

 危機管理意識のなさに呆れてしまうが、今回は感謝しておくとしよう。


 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回転させる。


 必要なのは最低限、人が通れるスペースのみ。

 音を立てないよう注意しながら、扉を少しだけ開く。


 恐らく大丈夫だと思う。

 だが万が一倉庫内に誰かいた場合は問題になる。


 オレは慎重に足音を殺しながら、静かに倉庫内へと足を踏み入れた。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


読んでいただきありがとうございます!


気にいっていただけましたら、

作品フォローやレビューしていただけましたらうれしいです!


応援いただいたおかげで、ジャンル別の週間ランキングに入ることができました!

本当にありがとうございます!


これからも引き続き、応援よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る