第7話

 黒髪をオールバックにまとめたイケメン。


 ノーネクタイでスーツをラフに着こなし。

 年齢は20代後半だが、デキるビジネスマンの風格があった。


 だが彼が普通のビジネスマンでないことは明白だ。


 笑顔なのに1ミリも笑っていない目。

 全身から放たれる圧倒的な強者の気配。


 半グレなど比較にはならない。

 ホンモノの持つ、存在感を放っていた。


「おい、ガキ共。こんな場所で何してやがる?」


 どこか聞き覚えのある声。

 まとう雰囲気や仕草も、馴染みのある物。


 だがしかし、その男がオレの仲間――

 恭司きょうじとは明確に異なる点があった。


 生えているのだ……髪の毛が。

 そう、トレードマークであるはずのスキンヘッドではないのだ。


「まさか、本当に剃ってたのか……」


 オレだけではない。

 他の仲間……真凛まりん天舞音あまねも信じていなかった。


 恐らく本人だと思うが……

 髪の毛があるという違和感が、確信を持てなくしていた。


「おっさん、テメェにゃ関係ねえだろうだろうが!」


 響き渡る怒声。

 黒髪の半グレは恭司きょうじ? を指差し、威嚇するような姿を見せている。


 彼の正体を探るのは後にして、今は目の前の状況に集中した方がよさそうだ。


「おいおい、オッサンとは失礼な言い草だな。俺はまだ20代だ」


 呆れたような声で語りかけ。


「それにお前ら、ここはウチのシマだ。勝手は許さねえぞ?」


 語尾を強めながら、半グレたちに鋭い視線を向けた瞬間――

 全身から青い光が立ち昇る。


「くっ、なんだコレ――ッ」


 半グレたちはその場で膝を突き、身体を震わせながら冷や汗を流し始めた。


 漏れ聞こえてくる苦しそうなうめき声。

 離れているオレにも伝わってくる、全身を押さえつけるような強烈な圧力。


「――!?」


 マナ……だと!?


 ダンジョンでモンスターを倒すことによって手に入る、身体能力を高める力。

 それをなぜ、ダンジョンが発生する前の世界で使えるのか。


 動揺を抑えることができず、呼吸が乱れる。


「おっと……やりすぎちまったか?」


 言葉と同時に、感じていた圧迫感が消滅した。


 理解出来ない状況に思考は乱れ、考えがまとまらない。

 理由は違えど、それは半グレたちも同じだったようで。


「おい、今何が……」

「お、俺に分かるわけないっすよ……」


 顔を見合わせながら困惑している。


「もう一度聞くぞ、ガキ共? ここで何してたんだ?」


 距離を詰めると、黒髪の目を覗き込む。


「――くっ!」


 黒髪の身体が大きく跳ねる。

 引きつった表情、恐らく恐怖を感じているのだろう。


 そんな自身の反応に恥ずかしさを覚えたのだろうか。

 頬を赤く染めた黒髪は、勢いよく立ち上がり――


「覚えてやがれ! てめぇなんて、泰我たいがさんの足元にも及ばねえんだよ!!」


 捨て台詞を残し走り出した。

 仲間であるはずの茶髪を置き去りにして。


「ちょ、俺のこと置いてく気ですか!?」


 残された茶髪も慌てた様子で立ち上がる。

 そして小さく頭を下げると、黒髪を追うように走り出した。


 あっという間に見えなくなっていく二つの背中。


「チッ、面倒な奴らだぜ……」


 心底面倒臭そうな様子を見せるスーツ姿のイケメン。

 彼はそのままポケットに手に入れ、取り出したタバコで一服し始める。


 何気ない仕草に感じるデジャブ。

 まだ髪の毛のない違和感には慣れないが……

 彼はオレの仲間、恭司きょうじで間違いなさそうだ。


 オレがそんな確信を抱いていると。


「……さて」


 小さな呟きと共に、周囲の空気が変わる。

 恭司きょうじはこちらへ向き直ると、鋭い視線を向けてきた。


 見つかった!?


 向けられる鋭い視線。

 驚きで漏れそうになる声を抑えながら、必死で思考を巡らせる。


 なぜ、存在に気付かれた?


 明るい場所であれば理解できる。

 だが今隠れているのは、薄暗い路地裏の物陰。


 恭司きょうじとの距離は、数メートルほど開いている。

 物音は立てていないし、呼吸音が聞こえている可能性も低い。


 目に見えるようなミスはないはず。

 だが相手を考えれば不思議でもない、か。


 洞察力に長け、パーティーの斥候役を務めた恭司きょうじ

 10年前の時点でも、ある程度の索敵能力を持っていても不思議ではない。


 こちらから先に行動を起こすべきだろうか?

 いや今は状況がよろしくない。


 恭司きょうじからしてみれば、オレは身を隠す不審者。

 下手に接触することで、マイナスの印象を与えてしまうのは避けたい。


 今は何もしてはいけない、先に行動を起こせば悪手になる。

 直感に従い、オレはじっとしたまま息を殺す。


 こちらに注がれ続ける鋭い視線。

 一瞬が永遠にも感じられる時間。

 祈るような気持ちで、現状維持を続けていると。


「まあ、問題はなさそうだな……」


 小さな呟きが耳に届き。

 周囲に立ち込めていた緊張感が霧散する。


 男は一服を終えたのだろう。

 タバコを持っていた手を振りかぶる。


「……チッ」


 が、何か思うところがあるのだろう。

 携帯灰皿を取り出すと吸殻をおさめ、こちらに背を向け歩き出す。


 遠ざかっていく恭司きょうじ

 その背中が見えなくなった瞬間、安堵のため息が漏れる。


 どうやら見逃してくれたようだ。


「はぁ……」


 ほっと一息吐きながら、隠れていた場所から抜け出す。


 恭司きょうじの登場で中断してしまったが……

 今後のことを考えるためにも、状況整理から始めるとしよう。


 まず、俺を追跡していた半グレ。

 あの二人を差し向けてきた犯人は上司で確定した。


 こちらから手を出すつもりはなかったが……

 あちらから仕掛けてきた以上、容赦するつもりはない。


 オレはジャケットのポケットに視線を向ける。

 その中にあるのは、上司の所持していたカードキー。

 これを使えば、邪魔者を一気に排除できるはずだ。


 問題解決の鍵はこの手にある。

 だが相手が気付いてしまえば、対策されてしまうかもしれない。


 ゆえに動くなら今。

 今日中に決着をつけるべきだ。


 振りかかる火の粉は払わなければならない。

 オレは後顧の憂いを立つため、ゆっくりと歩き出した。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


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