第6話

「なんだ、アレ……」


 つい口に出してしまうのも無理はない。


 黒髪に金ネックレスのアロハシャツを来た20代の男。

 茶髪で制服っぽい服を着た10代後半と思われる男。


 強烈な違和感を放つ組み合わせの二人。

 明らかに周囲から浮いており、通行人から露骨に避けられている。


 しかし一体何者だ?

 この時期のオレに、あんな半グレ風の人間や学生の知り合いなどいない。


 オレに視線を向けているのは間違いないが……

 カツアゲでもしようというのだろうか?

 いやもしそうなら、二人とも半グレっぽい恰好の方がよいだろう。


 油断させようとしているのだろうか。

 いやそれにしては……

 狙いが分からず、どう反応したものか困ってしまう。


 今のオレは全ての能力が衰えている状態。

 こちらを見ていたのは間違いない、はずだが……


 勘違いや偶然の可能性も完全に排除はできない。

 あの二人組がオレを狙っているのかどうか。

 事の真偽を確かめるためる必要がありそうだ。


 しばらく街を歩き続ける。

 時折スマホのインカメラで背後を確認してみるが――

 常に一定の距離を置いて例の二人組の姿があった。


 偶然同じ場所に向かっている?

 目的地を定めていればそういうこともあるだろう。


 だが、今オレはあてもなく歩いているのだ。

 偶然と考えるのは、流石に無理がある。


 知り合いでもなく、オレを尾行する相手。

 もし可能性があるとすれば――


『おまえ……ただでは済まさんぞ!』


 唯一の心当たり。

 それは上司が最後に放った言葉。


 オレが退職届を突き付けたブラック企業。

 あの会社がやっていることを考えれば……

 半グレを差し向けることも可能だろう。


 もしそうであれば、オレも迷いなく徹底的にヤるつもりだ。

 だがまだ犯人が確定したわけではない。


 誰の差し金であったとしても、放置して実害が発生するのは避けたい。

 ここは何かしら対応を考える必要がありそうだ。


 不確定要素を避けるため、石橋を叩いて壊す。

 ダンジョン攻略に備えるためにも、今はそのくらい慎重になるべきだろう。


 思いつく中で、一番簡単な解決策は警察に頼ること。

 しかしまだ直接的な被害はない。


 被害が発生するまで動かない。

 そんな警察の怠慢によって、悲しいニュースが流れたこともあったはずだ。


 不祥事を起こした過去がある以上、流石に門前払いはしないはず。

 だが現時点では話を聞かれて終わり。

 そんな未来が簡単に想像できた。


 被害を受けてから駆け込んでも意味はない。

 そもそも駆け込めない状況になってしまう可能性もある。


 警察に頼るのであれば、ある程度動くことができる証拠が必要だろう。

 となると、まず誰の差し金なのか確かめるべきだ。


「二対一か……やってやれないことはないが……」


 カメラ越しの動きを見るに、黒髪は大したことはない。

 茶髪の少年は何か武道の心得がありそうだが、不意打ちを仕掛ければ……


「……ないな」


 オレが身に着けたのは、相手を仕留めるための技術。

 つまり殺傷力が高いということだ。


 肉体言語での対話は、簡単に情報を引き出すことができる。

 ただやりすぎて大怪我を負わせてしまうのはマズい。

 オレが警察に拘留されては、本末転倒になってしまう。


「と、なると……正体を探る方向だな」


 軽く周囲に視線を向け、よさそうな場所を探す。


「たしかあの路地って……」


 少し離れた路地裏に目を向ける。


 ブラック企業での悲しい思い出。

 地獄の飲み会に強制参加させられた夜の記憶が蘇る。


『ごちそうさまが聞こえない』


 そう言われ、どんぶり焼酎を何度も一気飲みさせられた帰り道。

 あの路地裏で積み上げられた荷物に足を取られ上司が転び。

 なぜかオレが罵倒された記憶が。


 思い出したらイラッとしてきた……

 沸き上がる怒りを抑えながら思考を巡らせる。


 あの場所なら隠れる場所くらいはありそうだ。


 何か情報が得られればそれでいいし。

 もし何も得られなかったとしても、逆に尾行すれば正体は確かめられる。


 路地裏は隣の大通りにもつながる一本道。

 最悪見つかったとしても、退路の確保も問題ない。


 オレは不自然にならないように気を付けながら、足早に路地裏へ。

 足を踏み入れた薄暗い路地には、乱雑に積まれた荷物が散乱している。


 急ぎ周囲に視線を飛ばす。

 目に入ったのは、うず高く積み上げられたビールケース。


「ここなら隠れられるか?」


 ビールケースに手をかける。

 想像以上のずっしりとした重量感。ケースの中には空き瓶が入っていた。

 これならもし見つかったとしても、ケースを倒せば時間稼ぎができそうだ。


 ケースを崩さぬよう、慎重に身を隠すスペースを作り出す。

 オレは出来上がった空間に身体を滑り込ませ、息をひそめながら追跡者を待ち受ける。


 ――来た。


 二つの足音と共に、半グレたちが路地裏に入ってきた。

 ケースの隙間から二人の様子をうかがいながら、聞き耳を立てる。


「おい、いねぇぞ!?」

「どうします? 泰我たいがさんに連絡しますか?」


 路地裏に響く大きな声。

 集中するまでもなく、普通に会話が丸聞こえだ。


 話している内容から、予想通りオレを追っていたことが分かる。

 しかし尾行する人間として、少し問題のある人選ではないだろうか?


「豚野郎の使いっパシリに失敗しましたってか? そんなん泰我たいがさんに報告できっかよ!」

「あーたしかにそうっすよね。泰我たいがさんに報告したら……殺されちまいますよね……」

「退職した社員をボコってくれ、なんて。こんなクソみたいな依頼、俺らでサクッと処理しねぇと……」


『豚野郎の使いっパシリ』『退職した社員』


 会話の内容からして、あの二人が上司の差し金であることは間違いない。


 上司に情けを掛けようとしたオレがバカだった。

 あちらから仕掛けてきたのだ、徹底的に叩き潰し再起不能にしてやろう。


 オレがそんな決意を固めていると――新しい足音が聞こえてきた。

 半グレたちに向かって歩いてくる1つの影。


「なっ……てめぇは!?」


 驚きの声を上げる半グレたち。


 新しくこの場に現れた人物。

 しかし位置的にまだ、顔を確認することはできない。


 だが伝わってくる、強烈な威圧感。

 まるで物理的な力を持っているかのように、オレの身体を震わせる。


 それは懐かしい感覚。

 共に戦ってきたからこそ、顔を見なくても理解できる。


 少しずつ足音が近づいてくる。

 もう少しで顔を確認できそうだ。


 この気配はオレの仲間である恭――


「――ぇ?」


 予想外の事態に、思わず言葉が漏れてしまう。


 ケースの隙間から確認できた顔。

 それは……見たことのない男だった。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


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