第3話
「……ッ!?」
鳴り響く甲高い音が耳に届き、オレは意識を取り戻した。
暗闇を切り裂くような閃光。
あまりの眩しさに、反射的に目を隠す。
光の正体を探ろうと考えた瞬間。
オレは本能的に危険を感じ、咄嗟に飛び退く。
目の前を通り過ぎていく鉄の塊。
断続的な甲高い音と風切り音を残し、去って行くのは――
「……車、だと?」
ありえない光景に、一瞬頭の中が真っ白になってしまう。
「こ、ここは……」
慌てて周囲に視線を向ける。
まずオレの目に映ったのは、闇夜を照らし出す街灯の姿。
動揺を抑えながら、先ほどから気になっていたこと。
足元の固い感触を確認する。
そこには敷き詰められたアスファルトが存在しており。
少し先の道路には行き交う自動車。
点在する高層ビルには文明の光が灯っている。
それはかつて、ダンジョンが現われる以前。
あたりまえに存在していたもの。
今では失われてしまった過去の――
まだ世界が平和だった頃の風景だった。
頭がおかしくなってしまったのだろうか?
目に映る信じ難い現実に、恐れにも似た感情が胸に湧きあがって――
「……!?」
突然の出来事に、思わず身体がビクリと跳ねる。
それはズボンの後ろポケットから伝わってくる振動だった。
オレは慌てて手を伸ばし、その発生源を確認する。
取り出した長方形の機器に視線を向けると――
『納期まで@一週間。今日中に、作成済みのデータを確認すること』
振動の原因はスマホのリマインダー機能。
画面に映し出されている表示には、どこか見覚えがある。
「スマホ……納期……まさか!」
脳裏によみがえる記憶。
オレは慌ててスマホを操作し、ニュースサイトへ接続する。
『令和30年5月19日(日)』
「こ、こんなことが……」
夢なら覚めないでくれ。
強く願いながら自分の頬をつねってみる。
「い、痛ッ!」
声が出てしまうほどの激痛に、思わず頬から手を放す。
視線を周囲に向けるが、夢から覚める様子はない。
つまりこれは――
「は……ハハハハハッ! 間違いない……間違いないぞ!」
顔に手を当てながら、天を仰ぎ笑い声をあげる。
指の隙間から見える光景。
周囲を通りがかる人々が怪訝な表情を浮かべているが、そんなことはどうでもいい。
整えられた道路。
その上を当たり前のように走る自動車。
周囲を照らし出す電灯。
使用可能なスマートフォン。
そして――
表示されているのは、世界が変化する前。
まだ平和だった頃の日時。
正直信じられない話だが。
これらから考えられる結論は――
一つしか存在しない。
「オレは……オレは、帰ってきた!!」
思わず漏れる歓喜の声。
もう少し湧きあがる感情に身を任せていたいが……
あの時、死の間際に聞こえた声。
交わした契約。
全てが事実だったとすれば、時間を無駄にするわけにはいかない。
まずは、これからどう動くのか。
それを考えるのが最優先されるべき事項だ。
湧き上がる感情を抑えつけ、スマホへと視線を向ける。
この頃のオレは……
サービス残業や休日出勤が当たり前の、いわるゆるブラック企業に勤務していた。
ただでさえ疲労が溜まっているのだ。
友人と呼べる相手もいないオレが、仕事のない休日に部屋から出るはずがない。
趣味である漫画やラノベを買いに出てきた。
その可能性もありえない。
なぜならオレは、買い物のほとんどを――
ア○ゾンと楽〇で行っていたからだ。
リマインダーは、万が一のために設定していたはず。
蘇った記憶と、スマホのメッセージから推測するに。
今日は休日出勤をした帰り道であると考えるのが妥当だろう。
職場と自宅を往復するだけの毎日。
あの頃の事を思い出すと、少しだけ泣けてきた。
「…………」
どうでもいいことを思い出すのは止めておこう。
今はそんなことよりも。
「あの日まで一週間ってところか……」
スマホの日付表示を見ながら考える。
もしかするとあの日々は、オレの妄想。
夢だった可能性もゼロではない。
身に着けていたはずの装備は一つ残らず失われ。
共に戦い続けた魔槍も存在せず。
身体に満ちていた力も、今は感じ取ることができない。
だがオレの中には、戦い続けた10年間の記憶が鮮明に残っている。
アレは起こる。そのつもりで行動した方がいい。
それにもし起こらなかったとしても。
馬車馬のように酷使されている、今よりも状況が悪くなることはないだろう。
「まずは……」
頭の中でやるべきことを整理する。
何をするにしても、まずは戻ってからだな。
オレは自分の住んでいる場所。
賃貸のアパートに戻ろうとして……その場で立ち止まった。
「こっちで……あってる、よな?」
10年前に住んでいた場所なんて。
流石におぼろげにしか覚えていない。
もしも、あの日々が夢だったなら……
若年性健忘の可能性があるということになる。
オレの職場は有り得ないほどのストレスを与えてくる。
そう考えれば、あながちないとも言い切れないのが恐ろしいところだ。
無事、自宅に辿り着けるのだろうか。
一抹の不安を覚えながら、恐る恐る帰路についた。
――――――
あとがき
――――――
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