第2話

 周囲を包む焼け焦げた匂い。

 大地には無数の残り火が踊り、視界を遮るように砂塵が舞う。


 どうやらオレは、地面に横たわっているようだ。


 砂塵が落ち着くと、最初に目に入ったのは造られた薄闇色の空。

 次にだらりと投げ出された自分の腕が視界に入る。


 握りしめた魔槍は無傷。

 しかしそれを持つ手は焼けただれ、出血も見られた。


 まずは状況を確認しなければ……

 オレは立ち上がるため、身体に力を込めようとするが。


「――ッ」


 返ってきたのは、全身を引き裂くような激しい痛み。


 打撲、裂傷、熱傷。


 僅かに視界に入るオレの身体はボロボロで。

 無事なところを探す方が難しい状態だった。


 視線だけを動かし、可能な限り辺りの様子を確認する。

 周囲に動くモノはなく。

 直ぐ側には、砕けた黒い鎧の欠片が散らばっている。


 一体何があった?

 覚えている最後の記憶はなんだ?


 痛みに呻きながら必死に考える。

 確か、光が……


 瞬間、頭に殴られたような強い衝撃が走り。

 一瞬で先ほどまでの記憶が蘇ってくる。


「そ、うか……」


 全てが繋がり、オレは理解する。


 あの時、赤い宝石から溢れ出した禍々しい光。

 間違いない。あれは――魔結晶だった。


 強大な力であるマナを内包した貴重な鉱石。

 ダンジョン内で発見された、新時代のエネルギー源。


 その活用法は、電力やガソリンの代わりを担うだけではない。

 特別な加工を施すことで攻撃、防御、回復といった様々な効果の道具制作。

 更には肉体の強化にも利用できる。


 需要と供給が釣り合っていない。

 そんな魔結晶は戦略物資と同等の扱いを受け。

 各国の主要ギルドで厳重に管理されている……


 状況から考えて、魔結晶で爆撃を行った犯人。

 それは、オレの所属するギルドの主――

 ユーリ・ドラグノフで間違いないだろう。


 金髪碧眼。カリスマ性溢れる、国内最大ギルドのマスター。

 世間では全てを兼ね備えたヒーローとして称えられている。


 だがその本質は、お世辞にも善人とは言えない。

 裏では他者の挙げた功績を我が物とし、名声を高めてきた男だ。


 子飼いの部下を使って黒騎士を誘導。

 更には魔結晶を利用した爆撃まで……


 絶対にここでオレを始末する。

 そんなギルマスの強い意思が感じ取れた。


 黒騎士が盾になったお陰で生き残ったが……

 動くことすらできない状態。


 ギルマスの狙い通り。

 オレの身には確実に、死の足音が近づいてきていた。


 自然と脳裏に、仲間たちの姿が浮かんでくる。


 タバコを手に、輝く頭を撫でる細マッチョなイケオジ――恭司きょうじ

 着物姿で刀を構え、艶やかな黒髪をなびかせる妖艶な美女――天舞音あまね

 そして最後に浮かんできたのは……仲間たちの中でも一番付き合いの長い相手。

 凛とした表情で弓を操る、スレンダーな美女――真凛まりん


 これが走馬燈というヤツか。


 周囲の理不尽な期待に潰されそうになっていた。

 オレを救ってくれた仲間たち。


 そうだ、オレは戻らなければならない。

 アイツらを残して死ぬわけにはいかない。

 果たさなければならない――約束があるのだから。


 立ち上がり、前に進まなければ。

 魔槍を地に突き立て、無理矢理に身体を起こす。


 震える腕を意思の力で押え込み、一歩踏み出そうとするが――

 その場で膝から崩れ落ち、うつぶせに倒れ込んだ。


 オレの手を離れ、視線の先へと転がっていく魔槍。

 流れる血液と共に身体から力が失われ、徐々に意識が遠のいていく。


 こんなことになると分かっていれば。

 オレにとって本当に大切なものが何なのか。

 もっと早く気付けていれば……


 他に選べる選択肢があったんじゃないか?


 名前も知らない誰かのためじゃなく。

 本当に大切な人たちのために……


 だが、理解するのが遅すぎた。


 すまない、そう心の中で仲間たちへの謝罪の言葉を――


『本当にそれでいいのですか?』


 ――凛とした女性の声が響く。


 ぼやけたオレの視界に映るのは、先程取り落とした魔槍だけ。

 幻聴か、それとも死神が迎えにきたとでもいうのか?


『本当に、諦めてしまうのですか?』


 再度、女性の声が問いかけてくる。


 ギルマスにとって、邪魔なのはオレだけ。

 ここでオレが死ねば、仲間にまで危害を加えることはないだろう。


 それにオレは、もう死を待つだけの身。

 問われたところで、できることなど何もない。


『ならば少しだけ……見せてあげましょう』


 瞬間、直接脳内に映像が流れ込んでくる。


 オレの身体を抱きしめ、悲痛な声をあげる真凛まりん

 こちら視線を向けながら、唖然とした表情の天舞音あまね

 拳を握りしめ、怒りを露わにする恭司きょうじ


 ――場面が室内に切り替わる。


 三人が激しい戦闘を繰り広げている。

 相手は――オレたちをここに送り込んだギルドマスターとその手下たち。


 数の暴力を前に少しずつ追い詰められ。

 恭司きょうじが。天舞音あまねが。真凛まりんが。

 一人、また一人と倒れていく――


『本当に……それでいいのですか?』


 いいのか、だと。

 そんなこと――あるわけがないだろう!


 沸き上がる怒り。

 オレは声にならない声で叫ぶ。


 オレがここで死ぬのは構わない。

 だが大切な仲間たちの――

 こんな結末を認めるわけにはいかない!


『では貴方は……何を望むのですか?』


 まだだ、まだ死ねない!


 こんなクソッタレな未来――

 絶対に変えて見せる!


『それで……全てを失うことになっても?』


 もし変えられるなら、アイツらを救えるなら――

 オレは全てを差し出しても構わない!


『ならば手を伸ばし、自らの力で掴むのです』


 視線の先――魔槍から蒼い炎が立ち昇る。


 ――身体が動かない?

 そんなことは関係ない!


 残された命、そのすべてを絞り出す。

 動かぬ身体を無理矢理動かし、魔槍へと左手を伸ばし――


『ふふ、ふふふふふ……肉体を凌駕する意思の力! やはり貴方こそ我が契約者にふさわしい……』


 指先が触れた瞬間、喜びに満ちた声が響き――

 蒼い炎がオレの左腕へと絡みつく。


『私の名は運命の女神――契約の対価は貴方の――』


 全身へと広がっていく蒼い炎。


『貴方がどんな可能性を描くのか……期待していますよ?』


 その言葉に答えることはできず。

 オレは意識を手放した。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


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