魔槍の契約者はやりなおす(改稿版)

そーま

ブラック企業編

第1話

 なんで助けてくれなかったんだ!


 ここ数年、オレ……

 鷹宮翔たかみやかけるが言われ続けている言葉だ。


 どうして助けてもらえると。

 救われることが、当たり前だと思えるんだろう……


 みんなが期待する英雄の役割は理解している。

 でも自ら望んで、そうなったわけじゃない。


 だから、疑問を抱いてしまう。


 全ては10年前。

 この世界にダンジョンが出現したことが始まりだった。


 モンスターを倒せば強くなり、資源を持ち帰れば大金を得られる。

 今までの常識なんて通用しない。それはまるでゲームのような世界がやってきた。


 誰もがゼロスタートで、人生の一発逆転を狙うことができる。

 考え方によっては、悪くない変化。


 だが問題はダンジョンの最奥に眠る宝物ほうもつにあった。


 あらゆる物を断ち切る剣。

 放った矢が必ず目標を射貫く弓。

 雷をまとい持ち主の元に戻るハンマー。


 神話や伝説の中に出てくる武具が現実の物になった。

 そう言えば、事の深刻さを理解してもらえるだろうか。


 ダンジョンを攻略し宝物ほうもつを手にすれば、人知を超えた力が手に入る。

 それを知ったとき、オレを含め、多くの人々がダンジョンの挑戦者となった。


 だが夢を見れたのは、ほんの一時いっときだけ。


 大企業の支援を受けて設立されたギルド。

 組織的に行われるようになったダンジョンの探索。


 主要ギルドの幹部は、ダンジョンの資源や宝物ほうもつを独占し。

 国家よりもギルドが力を持つようになり。

 ダンジョンが現れる前よりも、激しい貧富の差が生まれた。


 ギルドはそれぞれの利益を追求する集団。

 何の益にもならない者を救ったりはしない。


 時代が求めていたんだ。

 力なき者を救う存在……英雄を。


 幸か不幸か、オレには戦う力があった。


 ダンジョンで偶然手に入れた宝物ほうもつ

 特別な力はなくとも、折れず曲がらず、けして壊れることのない武器。

 不壊ふえ魔槍まそうゲイラノルン。


 他の実力者のように、特別な才能がなかったオレにとって。

 ダンジョン攻略は、いつだって命懸けのもの。


 足りない才能を補うため、休むことなく誰よりも戦い続け。

 気が付くとオレは、英雄と呼ばれるようになっていた。


 だがオレは、正義感で戦ってたわけじゃない。

 切っ掛けは偶然助けた少女の『ありがとう』という言葉。


 そんなことで、と笑われてしまうかもしれない。

 だがオレにとっては特別なことだった。


 幼い頃に両親を亡くし、親戚をたらい回しにされ。

 誰にも必要とされることなく、生きてきたからかもしれない。


『ありがとう』


 短いその一言が。向けられた感謝の言葉が。

 こんなオレでも誰かの力になれた、と。

 ただ……嬉しかったんだ。


 変わってしまったのは、いつからだろう?


 英雄なんだから、勝って当たり前。

 英雄なんだから、人を救うのは当たり前。

 英雄なんだから、みんなのために戦って当たり前。


 そこに感謝の言葉はなく。

 救われた人々は、何の対価も支払うことはない。

 求められたのは願いを叶え、ただ救い続ける都合良い存在。


 どれだけ救えばいい。

 どれだけ助ければ終わるんだ。


 もっと早く気付くべきだった。

 守るべきは有象無象の人々じゃなくて……

 ずっとオレを支えてくれた、大切な仲間たちなんだと。


 なぜ、英雄という役割を受け入れてしまったんだろう。


 今ならはっきりと断言できる。

 英雄になんて――なるんじゃなかった。


 ※ ※ ※


 造られた薄暗い空。

 砂塵が舞う荒れ果てた荒野。

 ダンジョン内の野営地で、オレは孤独な戦いを続けていた。


 目の前に立ちはだかる脅威。

 全身に漆黒の西洋甲冑をまとった黒騎士が、身の丈ほどの大剣を振るう。


 半歩身を引くと。

 唸りを上げながら、大剣が眼前を通り過ぎていく。


 生まれた一瞬の隙。

 オレは黒騎士の胸元に狙いを定め、手にした赤黒い魔槍を鋭く突き出す。


「はぁああああああ!!」


 神速の一撃。

 並みのモンスターであれば、反応することさえできないだろう。


 しかしオレの攻撃は黒騎士に届かない。

 穂先が間合いに入った瞬間、構えていた大剣が一瞬ブレると。


 放った突きは、当然のように弾かれ。

 恐ろしい速度で斬撃が返ってきた。


「くっ!」


 周囲に響く甲高い金属音。

 オレは奥歯をかみしめながら、迫る凶刃を受け流す。


 幾度となく繰り返される黒騎士の斬撃。

 その全てに、鋼鉄を両断するほどの威力が込められている。


 戦いの中で磨き上げ、熟練の域へと到達した防御技術。

 そして不壊ふえの魔槍ゲイラノルン。


 どちらか一方でも欠けていれば。

 最初の一太刀さえ耐えられず、オレはむくろになっていただろう。


 一度のミスで全てが終わる状況。

 心臓は激しく脈打ち、全身から汗が噴き出してくる。


 何とか直撃は避けているが、けして楽観できるような状況ではない。


 魔槍から伝わる衝撃。手に残る痺れ。

 受け流し切れないダメージが、徐々にオレの身体を蝕んでいた。


 突き付けられる圧倒的な実力差。

 だがそれも当然のこと。


 黒騎士はこのダンジョンの主。

 魔人と呼ばれる最上位のモンスターなのだから。


 本来なら万全の準備を整え、総力を結集して挑むべき相手。

 しかし今この場に、共に戦いへと挑む仲間の姿はない。


「クソ! ハメられた……ッ!!」


 思い返してみれば最初から。

 そうダンジョン攻略前のミーティングの時点からおかしかった。


 強制的に仲間たちは引き離され。

 オレだけが、ギルマス直属の部隊に配属された。


 その時点で気付くべきだったんだ。


 最初からここで……オレを始末するつもりだったんだと。


 ギルドの方針に逆らい、人助けを優先する。

 そのことが原因でぶつかったことは、一度や二度のことではない。

 だがそれでも、まさかダンジョンの攻略中に仕掛けてくるとは……


 英雄として散々利用され。

 邪魔になったからと、死地へ追いやられるなど笑えない。


 絶望的な状況。

 だが今のオレには、現状を打開する術などなかった。


 アイツらが、仲間たちの……三人の内の誰かが異変に気付き。

 合流してくれる可能性に賭ける。

 オレに残された選択肢は、そのために最善を尽くすことだけ。


 だがそう長くは耐えられそうにない。


「……なっ!?」


 突然、訪れた限界。

 受け流すことができなかった、横薙ぎの一撃。


 オレの身体は宙を舞い。

 弾丸のような勢いで、半壊したテントへと突っ込んだ。


 転がりながら、何とか受け身を取る。

 勢いよくぶつかったテーブルは破壊され。

 周囲には紙の資料が散らばり、無線機が地面に落ちる。


 魔槍が盾となり両断だけは免れたが、受けたダメージは甚大で。


「――カハッ」


 吐き出される赤黒い液体。

 利き腕は震え、握っているはずの魔槍の感覚さえおぼつかない。


 膝を突いたまま動けないオレの眼前に、ゆっくりと影が差す。


 視線だけを動かすと、そこには……

 大上段に大剣を構えた黒騎士が立っていた。


 もはや時間稼ぎすら許されない。

 オレは死の淵に立っている。


「ここまで、なのか……」


 仲間たちの姿が脳裏に浮かび――


 ザザーザザー


 突然、周囲に響く耳障りなノイズ音。

 それは無線機に通信が入った合図。


「カ……ル……カケル! 無事なの! 返事して!!」


 聞こえてきたのはオレを呼ぶ仲間の。

 ……真凛まりんの声。


 最後に大切な人の声を聞くことができた。

 これ以上を望むのは贅沢だろう。


 覚悟を決め目を閉じ。

 静かに、振り下ろされる刃を待つ。


 ……一秒、二秒、三秒。

 おとずれるはずの死。なぜかその瞬間がやってこない。


 疑問に思い、閉じていた目を開くと。

 眼前には変わることのない黒騎士の姿。


 しかしそこには、大きな違和感。


 黒騎士は大剣を大上段に構えたまま動きを止め。

 オレとは違う方向に頭を向けている。


 その視線の先には、真凛まりんの声が響く無線機。


 警戒、しているのか?

 兜の奥から漏れる、くぐもった音。

 黒騎士の意識は、完全にオレから外れている。


 理由はわからない。

 だがこれは仲間が作ってくれた千載一遇のチャンス。


「まだ終わって、ない」


 通信機から繰り返し流れる仲間の真凛まりんの声。

 消えかけていた生存への意思が再び燃え上がり。


「まだ終われない! オレはまだ約束をはたしてないんだ!!」


 仲間たちと交わした大切な約束。

 それを果たすために、オレは生き残らなければならない。


「動け! 今動かないでいつ動くんだ!!」


 意思の力が肉体の限界を凌駕し、両足に力が戻る。


 これで終わらせてみせる!


 残された全てを魔槍に込め。

 オレは一歩、踏み出した。


「唸れ――ゲイラノルン!」


 放たれた生涯最高の一撃。

 万物を穿つ一閃が黒騎士に迫る刹那。

 オレの視界に、キラキラと輝く赤い鉱石が映りこんだ。


「――ッ」


 黒騎士の背後。

 飛来した鉱石は、禍々しい光を放ち。

 爆音と共に、周囲を白く染め上げた。



 ――――――

  あとがき

 ――――――


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