第6話 得られたのは学力だけではなく

 それにしても、Sクラスの常連三人は、やはり優秀だった。三人といると、時々、由美は苦しくなった。学力差は歴然で、このままだと、自分だけが、次のクラス分け試験で落ちてしまいそうだった。


 みんなと対等に競争したい。その上で、勝ったり負けたりしたい。だから由美は、クラス分けテストまで、できることは全部やってみようと思った。苦手な濃度の章は、勇気を持って基礎の基礎まで戻った。できなかった小テストも、全部、一からわかるまで何度もやり直した。わからないところは、早めに塾に行って、先生に聞いた。そうやってがむしゃらにやっていくうちに、授業のスピードに少しずつ慣れ、振り返りの小テストの点数も上がってきた。


 ついに、算数の小テストで満点をたたき出したときは、思わず小松に、

「ほらみて、10点」

と、見せびらかした。小松は「お、やったね」と言ってから、思わせぶりに咳払いをすると、自分の小テストをちらっと由美に見せた。

「なんだ、そっちも10点か。つまんないなぁ」

と悔しがると、小松は例の目がなくなる笑顔になった。


「まぁ、次も頑張って」

 小松が由美の肩をポンと叩いた。その瞬間、(こ、小松が私の肩を)、と内心動揺したが、もちろん一欠片も顔には出さなかった(はずだ)。

「小松君の失敗待ちでしょ。無理に決まってるわ」

 由美が嘆くと、小松がまた笑った。


 いつ頃からか、由美は、小松の笑顔を見ると、嬉しいだけではなく、胸がざわざわするようになった。塾の入り口で、何人かの男子と談笑している小松を見かけると、なぜか毎回はっとなった。そして、塾の帰り、バス停に並びながら、徒歩組の男子の塊がいると、無意識に小松の姿を探すようになった。


 塾がない日は、炭酸の抜けたサイダーみたいに味気なくなった。早く火曜日か木曜日が来てほしくて、毎日じりじりした。

 そして、いざ火曜日がくると、朝からふわふわして、学校の授業に身が入らなくなった。もし、火曜日か木曜日が祝日だったりして、塾が休みになったりしたら、その週は空気の抜けた風船みたいになった。


 次は、小松の隣にはもう座れないと思っていたから、試験までの塾の一日一日が愛おしかった。お願いだから、時間よ、もっとゆっくり進んでと、何回も祈った。けれど、由美からしたら、あっという間に、試験の日がやってきしまった。


「はい、おわり。筆記用具を机において」


 試験管の先生の声が教室に響くと、一斉にため息が漏れた。

「はぁ、終わった」

「終わった」

「終わった」

 口々に言いながら、帰り支度をする。

「上手くいった?」

 良子が聞いてきた。

「わかんない。でもベストは尽くした」

 由美は、しっかりとした声で答えた。

「私も。わかんないけど、ベストは尽くしたよ」

 良子も同じように頷いた。


 二人は、帰り支度をすると、一緒にエレベーターに乗り込んだ。

「また、良子と同じクラスになりたいな」

「うん、私も。由美と一緒に勉強したい」

良子が、自分を真っ直ぐに見て、そう言ってくれたことが、由美は嬉しかった。

「発表は、二学期の始めの日でしょ。それまでどうして過ごしたらいいの?」

エレベーターを降りながら由美が嘆くと、

「頑張って、テストのことは頭から追い出すの。それしかないよ。それより、一ヶ月も由美に会えない方が辛いよ」

と、またまた、嬉しいことを言ってくれた。

「私も。夏休み中に、どこかで会わない?」

「うんうん。どこか、一緒に行こう」


「なら、縁日は?」

 由美が言うと、

「あ、縁日か。その日はだめなんだ。おばあちゃんちに行くもんだから」

「そうか、残念」

「あ、でも、その次の日曜日に、うちの小学校の校庭で、子供会の花火大会あるんだ。それ、一緒に行かない」

「え、でも、いいの」

「いいの、いいの。だって、吉川なんて毎年来てるもん」

「なら行く。絶対に行く」

「よっしゃ、決まり」

 良子とハイタッチしながら、由美は思った。もし、私がSクラスを落ちたとしても、きっと、良子とはずっと友達でいるな、と。


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