第5話 それでもやっぱり厳しいスタート

 とは言ったものの、始まってみればやはりSクラスは簡単ではなく、由美は、まず授業スピードのあまりの早さに、目を白黒させた。とにかくビュンビュン進むのだ。結果、振り返りテストも全然できない。十点満点で良くて五点とか。特に、算数は大苦戦だ。


 Sクラスに入って三度目の木曜日、十点満点中三点しか取れなかった算数の小テストを前に、さすがの元気印も、もう少しでべそを掻きそうになった。頑張っているつもりなのに、ちっとも上手くゆかない。こんなでよく六番の席になんか、座れたものだ。由美は、自分が恥ずかしかった。


「ああ、もうどうしよう」

ついに心の声が表に出てしまった。すると、隣で無造作にテストを鞄に突っ込んでいた小松が、

「どうかしたの」

と、声をかけてきた。

 彼のテストは満点だ。最前列に座る人は、みんなそんな感じなのだ。由美は抱えた頭の奥から行った。

「私、ばかだからさ。ここの授業のスピードに、追いつけないみたい」

こんなことを小松に言うなんて屈辱だけど、自分一人の胸にしまっておけないくらい、今の由美は参っていた。


「どれ?」

と、小松は由美の小テストを覗いた。

「ぎゃああ、見ないで」

「ふむふむ、なるほどね」

小松は、じっと由美の小テストを見た後、

「濃度の問題が苦手なんだ」

と、テストを返してきた。

「うん、なんだかこんがらかっちゃって」

「そう言う時は、一番簡単な例題まで戻るといいよ」

「基礎まで戻るってこと?」

「うん。算数でごちゃごちゃになったときは、それが一番効くよ」

「でも、そんなことしてたら、どんどん授業に遅れない?」

「わかんないんだから、遅れるも何もないじゃない」

「まぁ、そうですね」

小松は鬼なのか、と、由美は心の中で思う。


「まあ、慣れだよ」

「慣れ?」

「うん。誰だって最初は、このクラスの授業スピードにめげるんだからさ。でも、慣れるよ、そのうち」

「そうなの?」

「そんなもんだよ。だから、小テスト一つしくじったくらいで、べそかいちゃだめだよ」

「べべべ、べそなんて掻いてないし」

 由美が慌てて言い返すと、小松が嬉しそうに笑った。小松がからかってくるなんて珍しいことだ。物静かな小松は、いつも、誰かが言ったことを、にこにこ聞いている方なのだから。


「それにしても、田口さんてさ、思ってること、全部、顔に出るよね」

「ええ、そうかな」

「うん。授業中、いろんな顔してるから、よく笑いそうになる」

「どんな顔よ」

由美は、むっとして言い返した。授業中は、クールな顔で黒板を眺めているはずなのだ。


「私って、思ってること顔に出てる? 出てないよねぇ」

と、後ろの良子に訴えると、

「出る。考えてること、すぐに顔に出る、由美は」

と、良子。

「ええ、初めて知った」

と、由美が驚くと、良子と小松がそろって笑い声を上げた。


「おおい、お前らぁ」

吉川がやってきた。

「何、笑ってんだよ」

「由美は、考えてることがすぐに顔に出るって話してたの」

良子が言うと、

「確かに。お前って、丸わかりな」

と、吉川までもが言った。

「あんたにだけは、言われたくないわ」

由美が即座に言い返すと、また、二人が笑い声を上げた。

「あんた達二人、いいコンビだわ」

「こいつと俺を、一緒にするな」

「それは、こっちの台詞」

由美も吉川も、腕組みをしたまま、睨み合った。


 この一月ばかりで、由美は、吉川とも随分話すようになった。学校でも、時々、塾の宿題の進み具合を話したりするようになった。多分、友達になったのだ、と由美は思った。




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