【18話】冗談キツイって

 意識を失って、俺は慌てて目を開ける。

 目の前に広がる光景に、言葉を失った。


「ここは……誰の家だ?」


 俺は家の中にいる。

 1人部屋のベッドに寝ているようで、起き上がって部屋を見渡した。

 何の変哲もない普通の家。

 だけど俺の知らない家。


「シェリーは!?」


 意識を失う前のことを思い出して、俺は慌ててベッドから降りて部屋を出て行く。

 廊下に出て玄関のドアが見えたのでそこから勢いよく外に出る。


「え……?」


 そこには普通の世界が広がっている。

 なにも壊れていない。俺が生まれたばかりの頃のような世界。

 人々が生活する家があり、道具があり、そして人々がいる。

 どこの町なのだろう。俺の記憶には無い町だ。

 俺はどうしてここにいるんだろう。


「……っ!?」


 甘い香りがして、俺は左を向いた。

 そこにいたのは、


「シェリー!!」


 慌てて駆け寄って、体があるのか、無事なのか確認するために腕に触れた。

 砂糖菓子みたいな肌はちゃんと血が通っている。


「どうしたの?」

「シェリー……その顔……」


 シェリーは嬉しそうな笑顔を見せている。

 今までシェリーの表情筋は無いのだというくらいに真顔だった。

 だけど今、確かに笑っている。

 その笑顔は俺に向けられていて、心臓に矢が刺さったような気がした。


「何をしているんですかこの無礼者!!」

「あでぅ!?」


 俺は横から飛んできた何かに当たって、地面に倒れた。

 腕を擦りながら地面を転がっていって、止まった所でその何かを確認するために顔を上げる。


「え? 誰?」

「オマエは本当に失礼ですね! ロリポップです! まあ今は別の名前ですけどね!」

「え? ロリ先輩? え? ショタだが??」

「うるさいですよ!!」

「あでッッ!!」


 俺を蹴ったのはロリポップと名乗る少年だった。

 ロリがショタになっていて混乱している俺にグーパンチをお見舞いされた。結構痛いが!?


「ってか何が起こって……」

「新世界が始まったのだ」


 後ろから聞こえて来た声に振り向けば、30代くらいの夫婦がいた。

 仲良く腕を組みながらくっついていて、少しばかり暑苦しい。


「……誰だ?」

「ふふ、無理もないわ。私たちは初めて会うもの。ねえダーリン」

「そうだね、私たちの雰囲気も大分変わったのだから。なあハニー」


 俺に話しかけているはずなのに、この2人はお互いしか見ていない。

 既視感のある光景が何なのか考えていると、テントの光景が浮かんだ。

 テントをよく占領していたその人物たちは、


「え、マロとメル?」

「おや、良く分かったね」

「すごいわ、私たちの人型は初めてなのに」

「え? ってかなんで人間に……?」

「言っただろう、新世界が始まったのだと」


 マロの言う新世界とやらは本当に新世界なのだろうか。


「わたしたちは、この世界に生まれ変わったの。人間として」


 シェリーは混乱する俺を心配するように俺を覗き込んで来た。

 そこにはちゃんと表情がある。

 シェリーは神様だった頃に表情はなかった。だから、こんなに違うんだろうか。


「シェリーは……人間だからそんな顔をしているのか? その表情、と言うか……」

「うん。わたしはもう神じゃないから。ちゃんと自分の思うままに身体をつかえるの」

「神様の時は制限があったんだ……」

「神は私情をはさんではいけないから、おもに身体に制限があった」

「そっか……な、なんか表情があるってのはいいな」


 俺に向けられる満面の笑みは、可憐という表現が似合う。

 花畑にいてもこの花だけは見つけられる自信がある。


「わたしは人間になりたかったの。世界を旅していく中でレオンがそう思わせてくれたから」

「俺が……? 何か特別なことはしてないぞ?」

「特別なことをしなくても、ただ日常をすごす時間が宝物になったの。だからもっとレオンのことを知りたい」

「え……」

「ふふ、レオンはかわいいね」


 呆気に取られている俺に近付いてきたシェリーは、くっつきそうなくらいの距離で俺を見上げる。

 前より身長差は縮んだのだろう。驚くほど顔が近い。

 この距離で得意げに笑われたら、俺はその表情に夢中になるに決まってる。


「しぇ、シェリー、お、俺は……」


 今ならシェリーの手を掴めるかもしれない。

 なのに緊張して上手く手が動かせない。


「なに?」


 ああ、ほら。

 そんなに余裕そうな笑顔を魅せられたら、俺はシェリーというブラックホールに吸い込まれてしまう。


「お、俺は、シェリーのこと――」

「そこまでですよ!!」

「あでうぅぅぅ!?!?」


 大事な言葉は決められない。

 だってこの世界にもボディーガードがいるからな。


「主様、行きましょう!」

「ふふ、ポップとレオンは仲良しだね」

「ボクは大っ嫌いですけどね!!」


 俺が地面を大きく転がっている間に、シェリーはロリ先輩に連れられて去って行った。


「相変わらず忙しない者たちだな。なあハニー」

「そこが良いところじゃない。ねえダーリン」


 それを微笑んで見ていたマロとメルも、愛し合う適切な場所へと向かって行ったのだろう。

 色々絡み合っている姿を見たくないから丁度いい。

 というか、マロとメルの行き先はどうでもいいんだが。


「はははっ、冗談キツイって」


 俺は今日からこの世界で生きるんだ。

 そんなに幸福なことがあってたまるだろうか。

 シェリーとも、ロリ先輩とも、マロとメルとも一緒だ。

 どのくらい一緒にいられるか、なんて前の世界に比べたらちっぽけなことだ。


「生きることが楽しみだなんて嘘だろ」


 目の前に広がる現実が可笑しすぎて笑いが止まらない。

 きっとこの涙は、笑いすぎたからだろうな。

 青い空が眩しくて仕方ない。


 ああそうだ、探してるものがあったっけ。

 それを手に入れて、調理をしよう。

 どんなものが好きだろうか。

 きっとならどんなものでも喜んでくれるだろう。


 だって彼女は、砂糖菓子のような人だから。



 [END]

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神様に恋したエルフは終末世界を旅していく~世界が終わる前にやるべき恋がある~ 響城藍 @hibikiai

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