【17話】凍りついた星

 『世界を救える場所』がどんなところなのか。

 聞いてもきっとシェリーは答えてくれない。

 『世界を救う』か『俺が死ぬ』かの二択なんだろう。

 だったら、答えはひとつだ。


「そこに行く」


 そう言って俺は少しだけ動くようになった体を起こして、シェリーを見つめる。

 真剣なままの瞳は揺るがない気持ちがあるんだろう。

 世界を救うことがシェリーにとっては大事なんだ。


「うん。行こう」


 シェリーは立ち上がって手を差し伸べてくる。

 (まったく病み上がり……というかまだ具合悪いんだけどな)と思いながら、シェリーの手を取って立ち上がる。


「お……クラクラするっ」

「だいじょうぶ。手をにぎってて」


 シェリーの手を握りながらゆっくりと歩く。だけどやっぱりうまく歩けない。


(それでも、俺はシェリーのために……)


 歩いていると視界が一転した。

 背中に当たるのは細い腕。真上にあるのはシェリーの顔。

 これはお姫様抱っこ……か?


「つかまっててね」

「……ああ」


 反論する気持ちになれないくらいに、俺の体は動かないらしい。

 俺がシェリーの腕に掴まると、シェリーは地面を軽く蹴って飛んでいく。

 シェリーの温かい体温が伝わってくるけど、俺の方が熱そうだ。

 冷たい風が心地いい。

 こんなに高い空を飛ぶのは初めてだ。

 遠くにある廃墟が良く見える。

 でも世界は驚くほど更地だ。


「そういえば、ロリ先輩は連れてこなくてよかったのか?」

「うん。ポップには内緒だから」


 ロリ先輩に知られたら不都合な場所に行くらしい。

 そんなに危険な場所なんだろうか。


 空を飛んでいると更地の中にひとつだけ独特な廃墟が見えた。

 シェリーは俺を抱えたままそこに降りる。

 これは教会の跡地だろうか。

 その教会だったものの中心へとシェリーは歩いていく。


(世界は救われる。だけど、俺はもう……)


 自分の体が動かないことを確信する。

 動かすには相当の神経を使わなければならないだろう。

 そんな俺の状況を理解しているのか、シェリーは落ちないように俺を抱え続ける。


「シェリー……ひとつ、頼みがある」

「なに?」


 教会だったものを歩きながら、俺はシェリーに視線を送る。

 シェリーは真っ直ぐに前を見ていて、俺と視線が交わることはない。


「俺より先に死んでくれ」


 俺はずっと誰かの死を見届けて来た。

 それはとても辛かった。

 だから、シェリーにそんな思いはさせたくない。


「それはできない。わたしは神だから、一番最後に死ぬの」


 分かってた言葉が返ってくる。

 だけど俺は視線を下げることはしない。


「そうだよな」

「でも」


 一瞬だけシェリーは俺を見た。

 瞬きのような、ほんの僅かな時間だけ。


「いっしょに死ぬことはできる」


 シェリーは強く前を見ている。


「だから生きて」


 そう言いながらシェリーは教会だったものを歩き続ける。

 大きな教会だったんだろうと感じられるくらいに長く歩いて、中心部に着いたところで立ち止まった。

 俺を抱えたまま目の前を見ている。

 俺は不思議に思ってシェリーの視線の先を追った。


「……聖剣?」


 そこには台座に刺さった長剣があった。

 錆すらも見当たらない綺麗な剣。

 なにかに守られているような不思議なオーラを纏っている。

 これはなんの剣なんだろうか。


「これを抜けば、世界を救えるよ」


 俺が生きてきた中で、台座に刺さった剣を抜くということは、勇者が誕生することを意味している。

 聖剣を抜くには素質がなければならない。

 選ばれた者だけが手にすることが出来る希望の剣だ。


(それを、俺が抜けるのか?)


 俺には勇者になる気も、資格もない。

 だから聖剣とは無関係だと思っていた。

 だけど、この聖剣を抜けば世界は救われる。


「なら、気合入れて抜くしかないな」


 俺の気持をくみ取ったシェリーは、ゆっくりと俺を地面に立たせた。

 正直地面に立ってる感覚がない。

 シェリーに支えてもらわなければ倒れてしまいそうだ。


「レオン」

「大丈夫、ちょちょっと抜いて世界を救うよ」

「うん」


 俺はゆっくりとシェリーから離れて聖剣へと歩いて行く。

 もともと近くにいたので3歩ほど歩けば剣を握れる。


(こんなに近いのに、すごく遠く感じるな……)


 歩けているのかすら分からないほど、俺は体の感覚がない。

 でもここで倒れる訳にはいかない。

 シェリーは世界を救いたいんだ。だから俺はこの聖剣を抜く理由がある。


 3歩、歩いて倒れる様に聖剣を握る。

 握れているのかも感覚がないので分からない。

 でも握っているのだと、まだ視覚で捉えることができる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお」


 強く剣を握って、手を上げる。

 硬くて抜ける気がしない。


「体が壊れたって構うもんか!!」


 手の感覚も、痛みもない。

 だけど必死に剣を握って持ち上げる。


「ッシャ!! 抜けた!!」


 俺にも聖剣を抜くことができた。

 勇者になる素質があったんだ。

 握った剣を見つめながら呼吸を整える。


 ――ブオン

「なっ!? なんだこの煙!?」


 聖剣の台座から黒い煙があふれてきている。

 視界を覆っていって、辺りは暗闇に支配されていく。

 俺は思わず聖剣を離す。落ちた音すらも聞こえないほどに、そこはブラックホールのような世界になった。


「シェリー!? 無事か!?」


 暗闇の中を見渡しても、そこには黒色しかない。

 立っているのか浮いているのか分からないのは俺の感覚がなくなったからという訳ではないだろう。

 辺りを手探りで探しても、どこにもシェリーはいない。


「シェリー!! いるなら返事をしてくれ!!」


 前へ、後ろへ、右へ、左へ。進んでみても何にも触れることができない。


(俺はこのまま終わるのか……?)


 そもそもこれは終わりなのだろうか。

 聖剣を抜けば世界は救われるって言っていたはずなのに、これは地獄のようにも思える。

 これで本当によかったのだろうか。


「……ッ!? シェリー!!」


 遠くに浮かんでる人影はシェリーだ。砂糖菓子のような色は暗闇に溶けることなく浮かんでいる。

 俺は泳ぐようにしてシェリーへ寄って行く。

 顔が見えるくらいまで近付いて、シェリーの様子を伺う。


「シェ……リー……?」


 シェリーはいつも真顔だ。

 なのにどうして、安心したような表情をしているのだろう。

 肩の荷が下がったようにも感じるその表情から目が逸らせない。


「シェリーは……終わらせたかった……のか……?」


 変わらない表情からシェリーの気持をくみ取ることができない。

 だけど、今の状況が『終わり』へ向かっているのだとしたら、シェリーは世界を救うおわらせる聖剣を抜いて欲しかった? それができたのは人類最後の俺しかいなかった?


「シェリー!」


 考えたって答えをくれる人はいない。

 暗闇に浮かんでいるだけのシェリーは、もうなにも考えていないだろう。

 でも、最後くらい思い切り抱きしめたっていいだろ。


「シェリー!!」


 手を伸ばしても届かない。

 近付きたくても体が言う事をきかないから。


 あと少しで触れられそうなのに、俺の指は粉々になっていく。


 そしてこのブラックホールは、すべてを飲み込んだ。

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