【16話】触れた熱に侵される

 息が苦しい。

 体が熱い。

 俺は今どこにいるんだろうか。


「だいじょうぶ?」


 目を開けると、シェリーが真上から覗き込んできた。

 だけどどうして覗き込んでいるのか、考えようにも頭が働かない。


「……っ」

「まだ熱いね」


 シェリーの冷たい手が俺の額に乗った。

 氷魔法がかかっているのは流石に理解できる。


(俺は……風邪でも引いたのか……?)


 そう判断したところで、頭は働かないんだけども。

 ただ俺はまたシェリーに膝枕されているのだという状況をぼんやりと受け入れる。

 体は冷めることを知らないくらいに熱くなっていく。


 ぼんやりと真上を見ていると、シェリーを見てしまう。

 落ち着くような、落ち着かないような感覚でふわふわする。だから、というか休むべきなのだろうと思って目をつむった。

 この優しいような、甘いような香りは、シェリーの香りだ。

 ハチミツにも似ている、独特な香り。

 そういえばシェリーは砂糖でできてると思うくらい砂糖が好きだっけ。


「……あっ」

「どこか痛い?」

「……ごめんっゲホッゲホッ」

「どうしたの?」


 シェリーは少し驚いたように俺の頭を優しく撫でた。

 まだ氷魔法は放たれていて、頭が冷たくて気持ちいい。


「砂糖……ゲホッ探すって……ゲホッ」


 起きたら砂糖を探す旅に出発するはずだったのに、俺が風邪を引いているからシェリーはガッカリしてるだろう。

 咳が出始めてシェリーの顔をよく見れない。

 頭にある冷たさは変わらずに置かれている。


 その手が頬に添えられて、次第に咳は落ち着いていった。

 目を開けると、シェリーは真顔で見つめてきている。シェリーに感情がないのだと思ってしまうほどの真顔。

 次第にそれが俺の視界を埋める。


 頬を包まれる冷たい感触。

 だから余計に、触れた唇は熱かった。


「ちゃんと甘いよ」

「…………へ?」


 シェリーの言葉も、シェリーの行動も意味が分からない。

 俺はいつから砂糖になったんだっけ。

 クラクラと視界が揺れていて、シェリーの顔が元の位置に戻ったのを視界の上で捉える。


「まだ寝ていて」

「……ああ」

「いい子、いい子」


 頬に添えられていた手も頭に戻って、ポンポンと優しく撫でられる。


「……そういえば、ロリ先輩たちは?」

「食べれるものを探してるよ」

「……そっか」

「安心して寝ててね」


 ロリ先輩とマロとメルは、主に俺のために食材を探しに行ってるのだろう。

 俺が風邪を引いたことによって迷惑をかけているんだな。でも行動してくれていることがありがたい。

 他人に自分のことを任せるなんていつぶりだろう。少なくとも今の頭では思い出せないな。


 自然と俺は目をつむって休んでいた。

 寝ていたのかもしれない。

 世界に音もなくなっている。ただ池の音は心地よくて、ここに池があってよかったと思えた。


「レオン、ご飯食べれる?」

「めし……?」

「ポップが作ってくれたの」

「大丈夫なのか……?」

「おいしいよ」

「あ……そう」


 ロリ先輩たちはいつの間にか戻って来ていたみたいだ。

 姿が見えないのは単に俺の視界に入らないだけなのか、テントで待機しているのか。

 なんにせよ腹は減ってる。食欲もありそうだ。


「口をあけて?」

「え……いや自分で食うから……」

「ダメだよ」

「……はい」


 慌てて起き上がろうとしたら体はちっとも動かなくて、シェリーに釘をさされてしまった。

 仕方なく食べさせてもらうことにしたのだが、どうも緊張する。


「あーん」


 スプーンに乗った粥のようなものを差し出したシェリーを寝たままぼんやりと眺める。

 思わず唾をのみ込んでしまった。

 ゆっくりと口をあけて行けば、シェリーもゆっくりと俺の口へスプーンを入れた。

 その粥みたいなものは粥だった。

 程よく塩気のある味で、とてもロリ先輩が作ったのだとは思えない。そもそもロリ先輩の料理は初めて食べたんだが。


 少しずつ運ばれてくる粥をゆっくりと食べ終えて、俺はもう一度目をつむる。

 食器を地面に置いた音を耳にしながら、ウトウトと夢に誘われる。


「レオン、あなたはもうすぐ死ぬ」


 悪夢なんて見たくなくて、俺は思い切り目を開ける。

 シェリーの瞳はどこにも砂糖が見当たらないくらいに、どこか真剣だ。


「俺は……死ぬ……?」

「そう」


『死ぬ』とはどの意味だろうか。

 その言葉の正確な意味を探したくなるくらいに、直視したくない現実が突きつけられる。

 ドクドク、と煩くなる心臓の音。身体中に垂れる汗。混乱する思考回路。連携を失った心と体。

 それらを認識したところで、俺は忘れたいと思いながら頭を振った。


「あなたは死ぬ」


 それが真実なのだと言い聞かせるように、淡々と吐かれた砂糖は甘すぎて受け付けられない。


「俺は……ゲホッゲホッ、まだ……」

「うん」

「生きたい……ゲホッ、シェリーとやりたいこと……ゲホッ」


 砂糖を探したいし、甘い関係になりたいし、手をつないだりもしてみたいし、シェリーの笑顔が見たい。

 それを叶えるまで死ねない。

 なのに、俺は死ぬのだと告げられる。

 これは夢なんだろうか。

 どこから? どこまで?

 それすらも今の頭では理解できない。


「それでも、あなたは死ぬの」

「シェリーは……俺が死んでもいいんだなゲホゲホッ」


 咳が止まらなくなってくる。息が苦しい。心臓が痛い。

 どんなにもがいても、俺の運命は変わりそうもない。

 これが悪夢だったらよかったのに。


「えらい、えらい」


 シェリーが俺の頭を撫でる感触がするけど、咳込んでいる俺にそれを堪能している余裕がない。

 だけどシェリーが頭を撫でてくれると落ち着く。心なしか胸の苦しさは和らいでいる気がする。


 ぼんやりとしながらもシェリーを見ると、少しだけ怯えたような瞳と視線が交わう。

 いや、真剣な瞳だ。俺は目も悪くなってしまったのだろうか。


「世界を救える場所があるよ」

「……っ」


 俺の頭を撫でながら、シェリーは真剣な瞳を俺に向ける。


「そこに行く?」


 俺は真剣な瞳をシェリーに向ける。

 世界を救ったら、俺は生きられるのだろうか。

 そもそも、この状態でその場所に行けるのだろうか。

 シェリーは俺の答えを待っている。

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