【15話】シュガー
すき【好き】……とは、
・好くこと。
・気に入って心がそれに向かうこと。その気持。
俺の頭の中にある『好き』とはこういうものだ。
一般的に広く使われる好意。それ以外の好意はまた違う言い方をするけど。
それがシェリーから俺に向けられた?
いや、『好き』の種類は1つじゃないしな?
俺は耳が悪くなったのだろうか、と疑ってしまう感情をシェリーの口から放たれている訳だが。
「好きって……どういうことだ?」
どうしても聞きたい。シェリーが向ける好きの種類が。
さっきは俺の想いに応えられないと言っていた。だから俺と同じ恋愛感情ではないんだろうけど、でもシェリーは想いを言葉にしてくれた。
それには意味がある気がする。
だからだろうか、真剣な瞳を向けられている。俺も真剣に視線を交わせてシェリーの返事を待つ。
「レオンのこと、人類として、最後まで生き残ったエルフとして、わたしは愛したい」
「……いいよ、応えてくれなくても」
「うん。わたしは誰かを特別にはできない。でも、レオンのことが好きなの」
「うん、分かってる」
好きという感情に種類があるのがいけないのかもしれない。
シェリーはただ純粋に好きだって思ってくれているのに、俺は純粋な好き以上の愛を向けてしまったんだ。
特別にはなれない。
特別にはできない。
それぞれの事情はなんとなく理解できる。
俺がこの世界で見て来た人間を思い出せば、納得してしまう。
特別にしたことにより、破滅へ向かった家族がいた。
特別になれなかったことにより、終わっていったものがあった。
俺はシェリーの特別になれなかったけど、でもシェリーは隣にいてくれる。
神様は意地悪だって人は言うことがあるけど、目の前の神様はちゃんと俺を思ってくれている。
だから、俺がワガママなだけなんだろう。
「ごめんね」
「いいよ。みんなを好きでいる方がシェリーらしくていい」
「そうかな」
「そうだよ。誰かひとりを好きになったら、その人は妬まれるだろうしな」
「そうだね」
シェリーはゆっくりとその場に座って焚火を見る。
俺も隣に座って焚火を見る。
俺はなにを話せばいいのか少し考える。
だけど特に広げたい話がある訳ではない。
パチパチ、と鳴る焚火の音に耳を傾けた。
「レオンは、魚以外になにが好きなの?」
「……そうだな、肉とかパンとか……あとキッシュは結構好きだな。母親がよく作ってくれてたんだ」
「そう」
「自分で作ったことがあるけど、全然味が違うんだよな」
「好きなんだね」
俺に視線を向けてシェリーはどこか嬉しそうに話す。
そんなシェリーを見ながら聞いていると、なんだか照れてしまって俺は視線を焚火に戻した。
「……シェリーはなにが好きなんだ?」
「砂糖」
「え……即答? ってかそれ調味料なんだけど?」
「食べれるよ?」
「あ、はい……」
いや、食べれることは食べれるが、砂糖だけで食べるのはかなりガチなのではと思う。
もっとこう調理した方がいいのでは、と苦笑しながら視線を下げると、地面に転がって寝ているロリ先輩が視界に入った。
「ロリポップ……、マシュマロ……キャラメル……ってもしかして菓子が好きだからそう名付けた……とか?」
「そうだよ」
「甘いもの好きなんだなー」
「うん」
好きなものをペットに名付けるのは人類もよくやることだ。
だけど直球すぎるなと今更だが気付いてしまった。
純度100パーセント、真っ直ぐに好きなんだという熱意が伺える。
俺は純粋じゃないからロリ先輩なんてあだ名をつけてしまうんだが。
「もし俺に名前を付けるなら、どんなのにするんだ?」
「レオン」
「いやシェリーが付けるならってことなんだけど」
「わたしがレオンって決めたから、レオンはレオンだよ」
「……そうですか?」
シェリーの感覚はよく分からない。
地面で腹をかきながら気持ちよさそうに寝ているロリ先輩を見てもなにも分からない。
まあシェリーがそういうならそうなのだろう。
「ちなみに砂糖を使った料理で一番好きなものとかあるのか?」
「砂糖は砂糖」
「あ、はい……」
シェリーの真剣な瞳から視線を焚火に向けてぼんやりとしながら頭を冷やす。
ガチ勢にはとやかく言うものではない。経験談だ。
「砂糖どこかにあれば料理できるんだが……」
「どこかにあるよ」
「じゃあ探しながら歩くか」
「うん。なにを作るの?」
「作るの前提なのか。そうだな、まあ材料があればなんでも作るよ」
「楽しみだね」
少しだけシェリーの気持が分かるような気がする。
好物を作ってくれる人がいるのはいいものだ。
俺にとってそれは母親だったけど、母親と一緒に過ごした時間は俺が産まれてからの100年ほどだった。
だけど今でも思い出せる存在だ。両親からは愛されていたと思う。俺も愛していたしな。
シェリーにとってそういう存在になれるのだとしたら、光栄すぎてなにを作るのかは真剣に考えねばならないだろう。
俺がシェリーのことを砂糖菓子のように見ていたのも、砂糖ガチ勢だったからそうやって脳内に直接語り掛けてきたのかもしれない。
でもシェリーの髪や瞳、服装もどこか砂糖菓子を連想させる。意識していたりするのだろうか?
「砂糖みつけようね」
「やる気満々だな。俺も気合入れないとっ」
これは地の果てまで砂糖を探すことになりそうだ。
世界を歩いていくことに特に目的があった訳ではなかったけど、目的ができたな。
俺たちと世界に残された時間は少ない。
乗り物や馬がいないので世界一周できるわけではない。更地が多いこの世界でなにを目印にすればいいのかも定まらない。
そんな中で金銀財宝でも掘り当てるような運試しみたいなものだろう。
でもそれはそれで楽しいだろうな。
『俺の命が終わるまでに、絶対にシェリーに砂糖菓子を作る』
俺は今、人生最後のミッションが始まった気がした。
「絶対に砂糖を見つけて料理するから、なにを作って欲しいか考えといてくれ」
「うん。考える」
「ちなみに手持ちは塩と醤油しかないから、凝ったものは作れそうもない」
「わかった」
やはりシェリーは楽しそうだ。
そんなシェリーを見ているのは心地が良い。
だけど見すぎると火傷をしてしまうくらいに胸が熱くなる。
「明日からは砂糖を探さなきゃいけないから、俺も早寝早起きするかな」
「ここで寝るの?」
「だめか?」
「ううん。レオンはやさしいね」
「そうでもないさ」
シェリーはテントにマロとメルがいることに気付いているのだろう。
俺が気をつかっていることを褒めてくれている。
でも少しだけシェリーの近くにいたいからという下心があるのは内緒だ。
そんなことがバレたら、ロリ先輩には叱られるだろうし。
それにシェリーは誰かの特別にはしてはいけない。
みんなの特別だ。
そんな分かり切ったことを言い聞かせるように、俺はシェリーのそばで横になる。
パチパチ、と鳴る焚火の音に紛れて「おやすみ」という言葉を聞いて、俺は目をつむって寝たフリをする。
睡眠導入BGMのように心地いい音を聴いていれば、眠りに落ちるまでそれほど時間はかからなかった。
眠りに落ちる直前に頭に触れたものはなんだったのだろうか。
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