【14話】登場人物:俺

「魚」

「えっ」

「好きなの?」

「あ、えっ?」


 これは拷問だ。

 拘束魔法をかけてまで俺に『好き』なのかと聞くのだから。

 魚は好きでも嫌いでもない。だから好きと言うには違うだろう。


「嫌い?」

「き、嫌いじゃない……」

「好き?」

「す、……好き……かもなっ」


 今俺の顔に触れたら火傷するくらいに熱くなっているだろう。

 池にでも潜ってしまおうか。


「わたしも、好き」

 ――ドンッバタンダタッ

「オマエさっきからなにをしているのですか?」

「……ふーっ、危ないところだった……」

「オマエ……頭のネジが外れましたね? 元からですけど!」


 シェリーの放った弓矢を慌てて避けた俺は、致命傷を免れた。

 盛大に後ろに転がったから砂埃が焚火の近くに広る。

 消えて行く砂埃の先にいるのはロリ先輩。

 シェリーの前で守るように浮かんでいるロリ先輩は変なモノでも見るように俺を見下している。

 シェリーは魚を食べている。マイペースだな。


 俺はもとの位置へ慎重に歩いて行く。

 ゆっくりともとの場所に座ると、ちょうど魚を食べ終えたシェリーと視線が合いそうになった。


「……ッ!!」


 俺は思わず顔をそむけた。


(……やってしまった)


 シェリーに変に思われただろう。悲しませているかもしれない。

 だけど羞恥心が邪魔をして、シェリーの姿を見ることができない。


(……最低だ)


 謝らなきゃいけない。

 俺はシェリーのことを何度傷つけてしまうのだろう。

 こんなんじゃ、またシェリーは俺のそばからいなくなってしまう。


「レオン……あなたの気持はうれしいよ」

「……え」


 予想外の言葉に、俺はスローモーションのように顔を戻してシェリーを見た。


「でもあなたの気持には応えられない」


 シェリーがなにを言っているのか、理解できない。

 俺の気持って、どの気持ちだ?

 応えられないって、どういうことだろう?


 世界が終わる時って、こんな風に頭が真っ白になるのだろうか。


「わたしはこの世界の神。だからみんなを愛しているの」

「そっ……か……」


 目の前に突き付けられたのは――失恋。

 最初から叶わない恋だと分かっていたはずだ。

 なのに、いざ叶わないという現実を突き付けられるのは、酸素の無い空間に閉じ込められるようなもの。

 息が苦しくて、呼吸の仕方が合っているか不安になる。

 このまま俺も終わってくれれば楽なんだけどな。

 世界は結構、酷いものだ。いや、俺がワガママなだけか。


「シェリーは……シェリーから見たこの世界って、……なんなんだ?」

「この世界?」


 なんとか会話をしなければと思って出てきた質問の意味はよく分からなかった。

 でも、シェリーがどんな風に俺たちを見ているのか、気にならない訳じゃない。

 考えるように焚火を眺めているシェリーを、ぼんやりとした視界で捉える。


「夢の中へいくような、絵本?」

「この世界はシェリーのおとぎ話ってことか」

「そう、なのかも。ちゃんと考えたことはなかった」

「そっか。話のスケールがデカすぎていまいちしっくりこないけど……」

「凡人には理解できない思考ですからね!!」

「どうしてロリ先輩が胸を張ってるんだか」


 もしこの世界がひとつの絵本だとしたら、俺はその登場人物のひとりなのだろうか。

 モブってこともありえる。

 最後までしつこく生き残ったエルフは、シェリーの絵本ではどのように描かれるのか、興味はある。


「じゃあシェリーは作家なんだな」

「ううん。わたしは見てるだけだよ」

「絵本をか?」

「うん。人類たちは動物を飼うでしょ? それとおなじ」

「家畜を眺めていると?」

「大きくなったら撫でてあげるの」

「最終的には食べるのに……」


 ちょっと認識がズレている気がするが、だいたいの感覚は理解できた。

 シェリーはよく俺を撫でてくれる。

 俺が成長するのが嬉しいから撫でていたのか。

 成長していたというより、慰めてもらっていたようにも感じるが。


「こんな俺を見てくれるなんて恥ずかしいな」

「レオンはえらいよ」

「どうだろうな……俺はこの世界でなにも残せなかった。最後にシェリーが慰めてくれなきゃとっくに死んでたさ」

「レオンは生きるよ」

「……どうしてそう思うんだ?」

「わたしが見ているから」


 あと10年しか生きられないのに、それでもシェリーは俺が生きるのだと信じているみたいだ。

 パチリ、と焚火の音が響く。

 いつの間にか辺りは夕日でオレンジ色に染まっていた。


 そろそろマロとメルを呼びにいかないと。魚はとっくに冷めている。

 皿も洗って休む態勢にならないとだな。終わりに向かっているとはいえ、毎日は必ず終わって始まるんだから。


「皿、洗ってくるよ。マロとメルも起こしてくる」

「うん」


 シェリーから皿を受け取ると、俺の分と重ねる。もう片方の手でフライパンを持って池のそばに置いてからテントの入り口を開ける。


「……相変わらず仲良いな」


 マロとメルは寄り添って寝ていた。

 俺は今日も外で寝る事になりそうだ。

 一旦焚火の近くにあるマロとメルの魚を持って、テントに置いてから池で皿を洗う。

 そうしていれば完全に日は落ちた。

 焚火で池がキラキラと照らされている。

 皿を洗い終えて、焚火の前で乾かそうと振り向いて歩き出す。


「シェリー? 座らないのか?」

「うん」


 シェリーはさっきまで座っていた場所に立って俺を眺めている。

 いつから俺のことを見ていたんだろうか。

 焚火のそばに木の枝で棚を作って、そこに皿を並べて乾かす。

 急いでる時は風魔法でいいんだが、特に急ぐ必要も無いので、風魔法は棚を使うだけに止めた。

 やることを終えて、俺はもとの席に行く。

 シェリーはまだ立って俺を眺めている。


「どうしたんだ……?」

「レオン」


 少しだけ空気が緊張した気がする。

 大事な話でもするのだろうか。

 逃げたくなってロリ先輩に視線を向けると、すでに寝ていた。このクソジジイ……!!

 仕方ないので、シェリーと視線を合わせて向き合う。

 焚火の音がパチパチ、と不規則に鳴る。


「わたし、」


 小さな呟きを聞き逃さないように、半歩シェリーとの距離を縮める。

 焚火の色が、シェリーの右半分をゆらゆらと照らす。

 日が落ちたばかりの夜空は澄んでいて、星明りさえもシェリーを照らす。

 幻想的な世界に入ってしまったのかと錯覚してしまうほど、シェリーはこの世界の光を虜にする。


 パチリ、と焚火が揺れた。

 シェリーの瞳は焚火と一緒に揺れる。


「伝えたいことがあるの」

「……なんだ?」


 焚火の光がシェリーの瞳の中にある金平糖を踊らせる。

 たくさんの金平糖がステップを踏むように小刻みに踊り出した。


「わたし、レオンのことが、好きだよ」

「……ッ!?」


 そうやってシェリーは拘束魔法を放つんだ。

 俺に向けられたその魔法は、俺限定の呪文のようにも聴こえる。

 見えない鎖が俺の体にグルグルと巻き付いて、心の中にまで侵食してきそうなその鎖を拒否することはできない。


 シェリーはどうして、それを伝えたんだ?


 魔法で相手の感情を読み取ることができるのなら、俺は今その魔法を使うだろう。

 だけど世界は厳しくて仕方ない。


 パチリ、という音がなんだったのか。聞こえたのかさえも分からなくなるほど、俺は目の前の神様の虜になった。

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