【13話】キャンディを舐めてはいけない

 プク、プク、と泡が減っていき、その中に浮かんだ白色に俺はしゃがんで池を覗き込む。

 ゆっくりと浮かんでくる白色は、間違いなくシェリーだ。

 眠り姫のように仰向けのまま上がって来ているのが見える。


「……シェリー?」


 魚たちをベッドにして水面に浮かび上がったシェリーは、本物の眠り姫のようだった。

 美しくて儚い存在は、本当に水に溶けてしまいそうだ。

 魚たちがシェリーを俺の近くへ運んできてくれたので、シェリーの顔を真上から確認する。

 シェリーは無事……なのか?


「シェリー……」


 あまりにも綺麗な存在に魅入ってしまう。

 水に濡れた肌は太陽の光が反射して宝石のようにキラキラと輝く。

 長い髪は水に濡れて小さな束にまとまり、別人のように見える。

 ゆっくりと開いていく瞳は、砂糖菓子。

 

(よかった、シェリーだ)


 キャンディのように丸い瞳は俺を見ている。

 あ、そうか、こういう時に食べたいって思うのかもしれない。


「レオン?」


 俺の気持を読んだのかというくらいに、シェリーは俺を見て不思議そうに呟きながら魚の上に座りだす。

 まるで人魚姫のように、足を横に伸ばして俺を見上げてくる。


「あ、上がろうか! 乾かさないと風邪引くぞ!」

「うん」


 こんな時はカッコよく手を差し伸べるべきなんだろうけど、そんな余裕俺にはなかった。

 シェリーは自分の力で飛んで岸に上がって来た。

 俺が焚火に向かうと後ろをついて来て、焚火の前に座った俺の横に座る。


「風で乾かすよ」

「うん」


 濡れた服は肌にくっついていて、白い服は少し透けている。

 見てはいけないと思いながら、シェリーの周りに風魔法で温風を起こした。

 ちゃんと乾いているのか時々視線を向ける。


「ご、ごめんっ」

「うん?」


 視線を向けたらなぜか目が合って、俺は勢いよく反対側を向く。

 やばい、気持ち悪いって思われたかもしれない。

 心臓がうるさい。

 ドクドクドクドク、と叩いているようで痛みさえ感じる。

 深呼吸をして、冷静さを保つ。そうすれば心臓の音は小さくなっていく。


「レオン」

「か、乾いたか?」

「うん」

「そっか」


 シェリーを見たらまた心臓がうるさくなりそうで、俺は焚火に夢中になるフリをしながら返事をする。

 ちゃんと会話になっているのかは分からない。

 もう一度、深呼吸をする。


「魚……どうするの?」

「あ、そうだな、ってかなんで魚と池に落ちたんだ?」

「魚たちが寂しいって言ったの」

「シェリーは優しいんだな」

「そう?」


 首を傾げながらもシェリーは一緒に岸に上がって来たであろう魚を4匹抱きかかえている。

 俺が釣った魚はどさくさに紛れて池に戻ったみたいだ。


「丁度いい数だな」

「レオンとマシュマロとキャラメルとポップの分」

「いや、ロリ先輩は専門外って言ってたからいらないだろ」

「失礼な! 食べるのは専門ですよ!」

「え、主を差し置いて?」

「なにを言っているのです? オマエの分がないのですよ!」

「ワガママだな……?」


 痛い、痛い、イライラすると尻尾でビンタする癖を直してほしいものだ。

 コントをしていないでそろそろ調理をしないと日が落ちるんだけどな。


「生と火を通すのどっちがいい?」

「コイツは生で食べれるのですか?」

「いや、分からんけど……火は通すか」

「仕方ないから毒見役をしてあげますよ!」

「ポップはやさしいね」

「さすがロリ先輩。り甲斐があるってもんだ」

「1名貶してませんか!?」


 俺はシェリーから魚を受け取ると、調理に入る。

 魚の鱗と内臓を取って3枚におろす。

 おろした魚の切り身に塩をかけてからフライパンに乗せて火にかける。

 フライパンもう1つ持ってくればよかったな。1人分しか料理しないと思ってたから1つしか持ってこなかったんだ。

 じっくり火を通し終えたのを皿に乗せれば塩焼きの完成だ。


 調味料も、もうそろそろ無くなる。

 と言っても塩と醤油くらいしかないんだけど。砂糖はシェリーの紅茶で全部使ってしまったしな。

 まあ料理をする機会も少ないし、食べられればそれでいいだろう。


 シェリーには1匹。マロとメルにも1匹ずつ。俺にも1匹。ひと口大を俺の分からロリ先輩に、それぞれの皿へよそって渡した。


「毒見をどうぞ、ロリ先輩」

「し、仕方ないですね!」

「どうだ? 変な味はしないか?」

「……ふむふむ、美味ですね。毒はないです!」

「だってさ、食べるか」


 俺はシェリーを視線を送ってから、自分の皿から食べる。

 程良い塩加減が魚のうま味を引き出していて、とれたてな鮮度も加算されていれば文句が無い位に美味い。

 味噌煮にした方が美味さを引き出せただろうが、その分の調味料は持っていない。


 シェリーはフォークで魚を切り分けていて、それをひとつフォークに刺して目線と同じ高さまで上げて観察している。


「温かい方が美味いぞ」

「うん」


 俺の助言にシェリーは魚をゆっくりと口に運ぶ。

 ゆっくりと噛んでいき、小さくなった魚を飲み込んだ。

 どうしたらシェリーの感情を読み取れるだろうか、といつもの真顔を見ながら考える。


「おいしい」


 俺に視線を向けて、シェリーは小さく呟いた。


「口に合ったなら、魚も喜んでるだろうな」


 俺は自分の魚に視線を落としながら食べ進めて行く。

 普段ならシェリーの表情からは感情を読み取れない。

 なのに、目が合った瞬間に俺はシェリーが「おいしい」と言うのだと分かった。

 少しだけ頬が紅くなっているように見えたのは、食事をして体温が上がったからだろう。

 それ以外になにがあるって言うんだ。

 幻覚を見てしまうほど、俺はシェリーのことを理解したいとでも思っているのだろうか。


(思ってるんだろうな……)


 じゃなきゃこんなに心臓がうるさくはならないだろう。

 恋をしただけで、相手の小さな変化にさえ敏感になるんだな。


 シェリーへの気持を隠すために、俺は魚を食べることに集中する。

 大きな魚ではなかったから、ひとりで食べるには丁度いい量。

 夢中で食べていれば残り少なくなってしまう。


(食べ終えたら、なにをしようか……)


 なにかをしていなければ、シェリーのことを見てしまいそうだった。

 だから次の行動を考える。

 皿を洗えばいいか。そしたらテントに入って寝てしまえばいい。

 マロとメルはまだテントにいるから、あとで魚と引き換えにテントを譲ってもらうことにする。


「好きなの?」

「エッ!? な、なに!?」


 見てしまった。

 小さな口で魚を食べながら俺を見つめるシェリーを。

 シェリーはなにが好きなんだろうか。

 『なに』を好きなのだと問うているのだろうか。


 俺はシェリーのことを『好き』だと言っていいのだろうか。

 それを告げたところで、なにも変化はないのだと理解しているのに、俺の心臓は最大音量さえも超える勢いで鳴り出した。


 シェリーの不思議そうに向けられる視線は、拘束魔法でも放っているのだろうか。

 これはもしかして、尋問という行為なのだろうか。


 額から冷や汗が垂れたけど、拭う余裕なんて、拘束魔法をかけられているみたいに動けない俺にはない。

 グルグル、と回るのは俺の視界なのだろうか?それとも世界なのだろうか?

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