【12話】好きで当然
シェリーはいつものように真顔だ。
なのにどこか熱いオーラを纏いながら、池の中の魚を見つめている。
ブクブク、とシェリーの真下が泡立ち始めた。
その泡は魚が息を吐いた時にできる泡。
沸騰しそうなくらい泡立っているので、池の中にいる魚の数を数えてみる。
「数えられないくらい、たくさんいる!?」
「それはそうです! 主様より魅力的な方はおられませんから!」
「え? シェリーはなにをしたんだ?」
「は? オマエは主様の魅力が分からないのですか!?」
いまいち話が噛み合っていない気がする。いつものことか?
でもシェリーがなにかをしたというのは分かった。
シェリーは宙に浮かびながら移動し、俺の隣に降りてきた。
同時に魚の群れが岸に飛び上がる。
ドタバタビチャビチャ、と恐ろしい音と共に魚の大群はシェリーの隣にひれ伏した。
「大漁だー」
「これでいいの?」
「うーんーたぶーん」
思わず棒読みになってしまうほどの大漁さだ。どこに潜んでいたのかってくらいの魚が山盛りになっている。
俺に向けられたロリ先輩のドン引きした表情は忘れないだろう。
「ってか流石にこんなにいても食べられないし、今ならまだ戻せるんじゃないか?」
「戻した方がいいの?」
「必要な分だけでいいんだ。こいつらだって生きてるんだし」
「そう」
シェリーは俺の言葉に納得したのか、魚の山に向き合った。
そのまま無言で圧をかけるように魚を見つめている。
「うを!? 急に跳ねるな!?」
シェリーに何かを言われたのか、魚たちは跳ねだした。
まるで駄々をこねる子供のように、跳ねまくっている。
「あなたたちは生きなきゃいけないんだよ。必要になったら食べてあげるから」
「え、こいつらなんて言ってるんだ?」
「主様に食べられたいんですよ! なんで分からないんですか!?」
「え、いや、はい」
ロリ先輩の無言の圧に耐えられなくて分かったフリをする。
シェリーに食べられたくて自ら岸にあがったとでも言うのか?そんなバカなことがあるか?
「こんど、食べてあげるね」
いや、バカなんだと思う。
魚たち1匹ずつに謝るシェリーを見ているとバカな気分になる。
なんでかは分からないけど、シェリーになら食べられてもいいと、そう思えるんだ。
だから、俺もバカだ。
どうしてこんなに簡単なことが分からなかったのだろう。
シェリーには逆らえない。
惹かれるものがあるんだ。
俺だけじゃなく、みんながシェリーに惹かれる。
喉が渇いたら水を飲むように。眠くなったら眠るように。
この世界のすべてのモノは、シェリーを求めてしまう。
シェリーには魅力がある。
魚たちにとっては食べられてもいいと思える魅力が。
マロとメルにとっては懐きたくなる魅力が。
ロリ先輩にとっては崇拝して仕える魅力が。
俺にとっては、恋に落ちるほどの魅力が。
シェリー以上の存在はこの世界にはいない。
神様というのは、そういうものなんだ。
(当然のように、好きでいていいんだな……)
必然、というのはこういうものを言うのだろう。
魚たちを撫でて説得するシェリーに俺は吸い込まれる。
眩しすぎるくせに、ブラックホールのようにすべてを吸い込む。
天使とも悪魔とも形容できない不思議な力を感じる。
(シェリーは不思議だな)
きっとシェリーは誰にでも愛されるのだろう。
誰にでも愛される人物がこの世界に存在する訳がない。
だけど、シェリーは誰にでも愛されるという
まだ魚たちと向き合っているシェリーに見惚れていたら、俺はシェリーのことを理解してしまった。
同時に俺の抱いている感情についても理解した。
(これは叶わない恋ってやつか)
シェリーは誰にでも平等だ。
誰かひとりを愛することはしないのだろう。
俺が恋に落ちる前から、この恋は一方的だと決まっていた。
(それでも俺は、シェリーが好きだ)
俺は墓までこの恋を持って行くのだろう。
俺に用意される墓なんてないのに、墓まで持って行けるような気がしている。
直感と言えばいいのか、なんとなくそんな未来があるような不思議な感覚。
俺が抱く想いは、最後までシェリーに伝わることがない。いや、伝えたら迷惑だ。
多分シェリーは、俺が想っているのと違う『好き』を感じているだろうから。
相変わらず丁寧に魚たちを説得するシェリーを見守る。
テントも張ったし、魚は選び放題だし――選ぶのはシェリーだけど――、日が暮れても問題がないだろう。
魚たちとシェリーの気が済むまで見守ろう。
ピチピチ、と泣いているように跳ねる音と向き合うシェリーの声を背中にして、俺は焚火へと歩いて行く。
よろよろしながら飛ぶロリ先輩は、俺を追い越して焚火の前に座った。
「嫉妬でもしてるのか?」
「対応が素晴らしすぎて感動しているのですよ!」
「あれだけ親身になってくれれば、魚たちも本望だろうな」
「主に食べるのがオマエなことにボクは絶望しますけどね!」
「なんかすまん……」
そこは素直に謝ろう。
身を捧げた神様でなく、仲間のエルフに食べられるなんて、魚は望んでいないんだから。
でも人類は食べなければ生きられない。そういう風にこの世界は出来ている。
シェリーのように食べられなくても生きられるというのはどんな感覚なんだろうか。
どんな時なら食べたいと思うのか興味はある。シェリーのことが好きだからという理由ではなく、単純な好奇心だ。
俺はロリ先輩の隣に腰かけて、焚火越しにシェリーを見守る。
相変わらず親身に向き合う後姿は可憐だ。
諦めきれない魚たちはシェリーの背中を囲うように寄り添っていて、もう少しで見えなくなるほど山になっていく。
(……ん? ……いや? ……あれ? もしかしなくとも魚に埋もれてないか?)
魚たちはシェリーを抱きしめているんだろうか。
俺は立ち上がって、魚の群れからシェリーを探す。
「お、おいロリ先輩、嫉妬してる場合じゃないぞ!?」
「しつこいですよ! 嫉妬はしてません!」
「じゃあちゃんとシェリーを見ろよ!?」
「言われなくても見てま……主様!?!?」
魚たちはシェリーを連れて行っているのだろうか。それともシェリーが連れていってるのだろうか。
どちらにせよ、このままだとシェリーが危ない。
「シェリー!! 手を出せ!!」
俺はシェリーへ向かって一直線に走って、シェリーを引っ張ろうと手を伸ばす。
魚たちが壁になっていてシェリーの手すらも見えない。
みるみるうちに池に近付いて行って、
――バシャーーン
シェリーと魚たちは泳ぐように池の中へ落ちて行った。
あと1歩早ければシェリーを引っ張れたはずなのに。
「……シェリー!? 無事か!?」
俺とロリ先輩は池のそばで呆然とすることしかできない。
池の中は魚であふれている。
プクプク、という呼吸の泡の数々は、玉手箱を開けた直後に出る煙のようにも見える。
泡が少しずつ減っていくが、俺の心臓の音はボリュームを上げ続けている。
なぜだろう、シェリーは砂糖のように水に溶けてしまっているような、そんな不安が俺の中に浮かんだ。
「シェリー……? 無事か……?」
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