【10話】終わるモノ。終わらないモノ

 足がつく深さでよかった、と思いながらも俺はマロとメルに連れられて池の中心へ流れていく。

 一般的な家ひとつ分くらいの池は、中央にいてもすぐに岸へ行けてしまう広さだ。

 すぐに上がれると思ってるからだろうか、俺はマロを浮き輪代わりにしたまま池に浮かんでいた。


 この地域は長袖が必須なくらいに寒い。だから早く池から出るべきなんだが、体が動かないんだ。

 冷えたからとかじゃない。ただ無気力なだけ。


 俺が動かないのをいいことに、メルも寄って来て、俺を担ぐようにマロとメルが並んで体の上に乗せた。

 仰向けだったら空が見えたが、揺れる水面は滅多に見れないから丁度いい。

 イカダに乗るみたいにプカプカと池を泳ぐマロとメルに身を委ねた。


「……ハッグシュン!」


 流石にずっと浮かんでいるのは寒いかもしれない。

 俺のくしゃみに驚く素振りどころか、呆れたようにため息を吐いたマロの頭を、ツッコむように軽く叩いてやる。

 それを合図にマロとメルは岸に戻り、あろうことか俺を残して岸に上がった。


「最後まで優しくしてほしかったな……」


 冷えた身体を抱きしめながら、焚火の前に座る。

 マロとメルはブルブルと水を飛ばしながら焚火から少し離れた場所に座った。


「でも、大分スッキリした。ありがとな、マロ、メル……」


 焚火でほどよく暖まったところで、マロとメルに礼を言うと通常運転のイチャイチャが見えたので、視界から外す。

 隙あらばイチャイチャする癖をどうにかしてほしいものだ。

 落ち込んでいたこともどうでもよくなるイチャイチャぶりだ。率先して見たくはないけど。


 荷物の中から新しい服を出して、マロとメルから離れて着替える。

 遮るものが無いから離れるしかできないんだが、それでも声が聞こえてしまうくらいの距離しか取れない。

 マロとメルの声が大きいというのもあるが、あまり離れていたら危険だからだ。

 自然災害に襲われた時に荷物のそばにいないと危険だ。なにより今そばにいるべき存在を放っておくことはできない。


 俺が焚火の前に戻る頃には満足したのか、2匹で寝そべって休んでいた。どおりで途中から静かだったのか。

 俺も焚火にあたりながら暖を取る。

 休める時に休む。この先なにがあるか分からないから、今それは重要だ。

 世界は危ない橋を渡っている。最後の柱が崩れたら、世界は終わるんだからな。

 まあ俺の方が先に終わるだろうけど。

 ここまで来たら、終わる世界を見てみたい気持ちにもなる。


「終わらないものなんて、この世界にはない……」


 そう、だからシェリーも終わるのだ。

 それだけは終わって欲しくないなんて、俺はなんてワガママなんだと思った。


 マロとメルは気持ちよさそうに寝ている。

 俺をおもちゃにして遊んだんだからな。いや、慰めてもらった俺がそんな風に言ってはいけないな。

 でも半分くらいはおもちゃにしていたとは思う。

 俺はロリ先輩と同じおもちゃのランクに入るんだな。

 ロリ先輩は思いっきりボールになっていたから、同じおもちゃの中でも扱いが違うだろうけど。複雑だ。


 俺は焚火に視線を戻してぼんやりと火がチリチリするのを眺める。

 焚火の音はどこか落ち着く。

 この世界はどこへ行っても静かだし、余計に焚火の音が辺りに広がるんだろうな。

 時間があればこの音を聞きながら本を読んで過ごすのも悪くない。

 だけど本は荷物になると思って置いてきてしまったし、俺に残された時間は長くてあと10年ほどだ。

 人間の20倍くらいの長さで生きている俺たちエルフにとっての10年は、人間の時間に換算するとしたら半年ほどだろうか。

 行ける場所だって限られるし、『長くて10年』ってことを考えると計画性だって必要になってくる。


 だから俺に休んでる余裕はあまりない。

 でも、終わることが怖いとか、悲しいとか、そんな風には考えていない。

 生きているものはすべて終わる。終わりが俺にも来ているってだけだ。


「そろそろ行くぞ」


 焚火にあたっているとはいえ、ずっと座っていると寒いので、俺は荷物をまとめてマロとメルに声をかけてから散歩を再開する。

 なにも無い世界の地理は俺の記憶の中にあるので問題はない。

 ここからだと1時間かからないくらいのところに街があったはずだ。

 まずはそこへ向かう。


 無くなったものが多くなってきた世界で、あとどれくらいの街が残っているのかは分からない。

 だけどこの世界は存在していたんだと、俺は知りたいから散歩を続けているのかもしれない。


 代り映えしない世界を歩いて行って、見えた街に俺は夢中になる。


「廃墟だけど、街があるぞ……!」


 ちゃんとした形で残っているのは久々だ。

 散歩を始めてからはここまで街の形が残っているところはなかった。

 家も欠けていたり崩れたりしてはいるが、いくつも残っている。

 街中に入ってみると、以前生活していた空気を感じられた。


「ここはギルドか? こっちは酒屋……なんだか懐かしいな」


 壊れた壁から家の中を覗くだけで、その建物がなんだったのかを知れる。

 残っているのは建物だけじゃなくて、動物の死骸もあったけど。

 人間は大分前に滅んだんだろうな。


 ただそれでも、生きていたんだと感じられる。

 誰かの存在を感じる場所は、こんなにも嬉しくなってしまうんだな。


 俺は街が残っていた嬉しさを聞いてもらいたくて、後ろを振り向く。


「なあ、マロ、メル……」


 そこにマロとメルはいなかった。


 いつの間にはぐれてしまったのか、急いで街中を駆け巡る。


「ったく、どこ行ったんだよ?」


 街中を探しても、マロとメルはいなかった。

 無事だといいんだが。


「……いつからはぐれていたんだ?」


 俺は直近の出来事を振り返る。

 池で焚火にあたっている時は2匹は寄り添って寝ていた。

 出発するので声をかけてから焚火を消して、荷造りをした。

 そのまま俺たちは散歩に出た。


「俺たち……じゃない?」


 思えば散歩を再開した時から後ろを振り向いていなかった。

 いつも以上にぼんやりと歩いていたから、マロとメルがついてきていたのかの確認は取れていない。

 まだ池で寝ているのかもしれない……ってことか?


「バカやろう! 俺もだけど!」


 俺は急いで走って、池へ戻る。

 無事であればそれでいい。

 マロとメルは犬だ。

 この世界に生き残っているからには、生き抜く強さがあるだろうけど、それでも動物は生き物の餌になりやすい。俺たちが魚をとったのと同じように、その危険性は考えて接するべきだった。


 走れば30分くらいで行けるだろう。

 止まっている時間はない。

 戻らないという選択肢もない。


 俺は確かめる必要がある。

 だって俺たちは、仲間だから。


 マロとメルがどう思っていようが、俺はマロとメルが大事だ。

 失う訳にはいかない。

 もう二度と、目の前で命が消えるのは見たくないんだ。


 全速力で走るのはこんなにもキツかったっけ。


「マロ!? メル!?」


 池が見えてきて、足を速める。

 だけどそこにはなにも見えない。


「どこに行ったんだ……」


 寄り添って眠っていたはずのマロとメルの姿は、池の周りを見ても、どこにもなかった。

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