【9話】洗い流せないモノ
俺は少し後ろに下がって、マロとメルを交互に見た。
寂しそうにも、心配してそうにも見える。
それが誰に対してなのか、特定はできないけど。
「なあ……相談に乗ってくれないか?」
「ワウ!」
「ワゥン」
「おまえたちも優しいんだな」
犬語は分からないけど肯定してくれた気がして、俺は安心して小さく笑う。
俺の言葉を待つようにマロとメルは俺を見ている。
「俺はシェリーのことが好きだって気付いた。シェリーはいなくなっちまったんだけど、どうすればいいのか分かんなくてさ」
「ワウ!」
「……マロのように生きろって?」
下を向いてしまっていた俺の服の袖をマロは噛んで引っ張った。
マロは俺が顔を上げたのを見るとさらに袖を引っ張った。
「分かったから! 服破ける!」
「ワウ!」
俺の降参した声で満足したのか、マロは袖を離して俺の隣に立っている。
頭を撫でてやると、気持ちよさそうな声を出した。
「ワゥン」
「メル……?」
メルは俺に寄って体をくっつけて来た。俺の顔を優しく舐めたあと、肩にあごを乗せる。
メルはメスだからか、母性を感じる優しさに心が温かくなる。
誰かを思うのに種族の違いなんて関係がないのだと思った。
「ワウ! ワウ!」
「痛ッ! 痛いッ! 痛いって言ってんだろマロ!!」
俺とメルが見つめ合っていたのが気に食わないのか、マロは俺の体に頭突きをしてくる。本気の頭突きを何度も。
マロとメルは番だから、嫉妬してるんだろう。
「分かった! 分かったから! メルも離れてくれ!」
「ワゥン?」
「ワウ!」
俺の言葉の真意は理解していないだろうけど、メルは俺から離れてくれた。
マロの最後の一撃が俺に向けられて、俺は倒れながらマロがメルに寄り添って行くのを見た。解せぬ。
もう悩んでいたことが馬鹿らしく思えて来た。
イチャイチャしているマロとメルを見ていると、なにも考えなくてもいいのかと感じる。
そうだな、シェリーに会えるか分からないのにシェリーのことを考えてても仕方がない。少なくとも今はそうだろう。
それに、立ち止まって考えていると、余計なことまで考えてしまう。
だから歩くために俺は立ち上がる。
「まあ、適当に散歩するか。どうせやることはないんだし」
「ワウ!」
「ワゥン」
立ち上がった俺の服の袖をマロとメルは左右それぞれを引っ張った。
まったく、この世界の残り物は、ワガママばかりだな。
俺もワガママになってしまおうか。そうすれば、また会えるだろうか。
もう一度会えたらなにをするかは決めてない。ただ、会いたいという理由だけで会ってはいけないだろうか?
俺を挟むようにしているマロとメルと一緒に散歩を続ける。
相変わらずなにも無い。時々瓦礫が転がっていたらビックリなくらいだ。
そろそろ生きた動物に出会いたいな。保存食生活はもうとっくに飽きているから。
代り映えしない世界を歩いていると、遠くで動くなにかが見えた。
それは太陽の光を反射してキラキラと光っている。
「池か? なにかいるといいんだけどな」
水辺も久々だ。魚がいるほど綺麗な池であることを願いながら、池へ向かって歩いて行く。目的地を設定した途端に足が軽くなる。
数十分歩けば、池の全貌が見えて、全体を観察すると池の近くには草木が生えていた。
濁ってすらいない池から魚が跳ねて、ポチャリと池に戻って行った。
「ワウ!」
「ワゥン!」
「……ふっ、はしゃぐなんて子供だな」
走り出したマロとメルの後姿を見ながらそう言いつつも、俺は早足になっていた。
久しぶりの生き物。今の世界では尚更貴重で、弱肉強食である。
よだれが垂れそうになるのを堪えて、池を覗いているマロとメルの後ろに着く。
「よし、勝負だな。早い者勝ちだぞ」
「ワウ!」
「ワゥン!」
俺は荷物を置いて池に向かって風魔法を放つ。
同時にマロとメルも池の中へ飛び込んだ。
俺の魔法により池が渦を巻いて、竜巻のように上がって行く。
魚が数匹、渦に巻き込まれているのが見えて、俺はよだれを拭った。
「マロとメルはしつこいな? なら終わらせよう」
「ワウ!?」
「ワゥン?」
渦を上るようにしてマロとメルは魚を狙っている。
獲物を手にするのは早い者勝ちだ。ならとっとと俺の手にしてしまうしかない。
風魔法の威力を強めて、渦を強力にする。
そしてその風を俺に寄せてから、地面に叩きつけるように下ろした。
俺のそばで魚が3匹跳ねている。
「俺の勝ち。さてどう調理するかな」
渦と一緒に降りて来たマロとメルは俺の後ろで悲しそうな声を上げている。
「……3匹、か。俺には多いな? まあ調理をするから待てだ」
俺は魚を調理するために場所を整理して、用意した薪に魔法で火をおこす。
とれたての魚はシンプルが美味いんだ。
軽く洗って、鱗と内臓をとってから棒に刺す。塩をたっぷりかけて焚火の前に差す。あとは焼きあがるのを待つだけ。
「待て、だぞ?」
マロとメルは口からよだれが垂れている。特にマロは地面に池でも出来そうな勢いだ。
俺は保存食を食べれていたけど、マロとメルはちゃんとした食事は久々だと思う。
散歩の途中で拾い食いしているのは見てたけど、ちゃんとした食べ物だったのかは怪しいしな。
「もうそろそろいいか。ほら、熱いから気を付けて食えよ」
「ワウワウ!」
「ワゥゥン」
差した魚を焚火から離してそれぞれの前に置くと、勢いよく食べ始めた。
勢いのよさに俺も笑いながら魚にかぶりつく。
「美味いな……」
久々の保存食でない食事は美味しい。
なのにちっとも心が満たされない。
美味しくて食べるのは止まらないのに、涙を食べているようにも感じるしょっぱさが美味しさの邪魔をする。
隣にいてほしい存在は、もう俺のところにはいない。
それだけ、なのに、どうしてこんなにも物足りないんだろうか。
1匹だけじゃなくて、全部独り占めしてしまえばよかっただろうか。
でもきっと、それでも物足りなかったんだろうな。
もう無いものを求めてしまうことの悲しさは、こんなにもしょっぱいんだな。
食べ終わった木の棒を焚火の中に放り投げて、焚火の火をぼんやりと眺める。
マロとメルが毛づくろいしているのを視界にぼんやりと捉えたけど、焚火の揺れと音だけが俺の中に響いて行く。
「少し、ここで休もう。水浴びも好きなだけしろよ」
俺は荷物を整理しながら、マロとメルに背を向けた。
水がある時にしかできないことを考える。魔法で水はだせるけど、貯まった水辺でしかできないことは案外あったりする。
まあ、寒いから水浴びに限界はあるけど、今は寒くても水に流したい気分かもしれない。
簡単に流せるものならいいんだけどな。
案外、人類は水で洗い流せないものを身に纏っているもんだ。
「ワウ!」
「ワゥン!」
「マロ? メル? ちょ……首は苦しい……っなんで引っ張るんだっぶひゃあッ!?」
マロとメルは俺の首のあたりを引っ張って池へ向かっていく。
そのまま強引に池に放り込まれた。
水面に顔を出した俺に乗るように、マロとメルも飛び込んでくる。
マロに浮き輪代わりに掴まって、呼吸を整える。
いや、いったいなにが起きたって言うんだ!?
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