【8話】眩しい

 俺はシェリーの隣に歩いて行く。

 近付くにつれて心臓がドクドクと鳴り始める。

 シェリーのそばにいるといつもこんな反応をしてしまうのはどうしてだろう。


「シェリー」


 それがなんなのか、もう少しで気付けそうな気がして、シェリーの隣に立って視線を合わせる。

 ほら、ドクドク、と心臓は加速する。

 それがどこからくる反応なのかは絞れているんだ。


「なに?」


 座ったままのシェリーに甘ったるい瞳を向けられた。

 この瞳はブラックホールにも金平糖のようにも見える。


「俺は……――」

「気持ち悪いですよ!? 主様から離れなさい!?」

「ぐへぁ!?」


 俺は頭に飛んできたロリ先輩の重みで、地面に倒れた。

 そのまま身動きを封じるように、ロリ先輩は俺の頭に圧し掛かっている。

 尻尾を上下に振って俺の首元を殴りだした。喉は苦しいんだけど!?


「レオンとポップは仲良しだね」


 シェリーの言葉に俺は反射で横にいるシェリーに顔を向けた。

 ロリ先輩も同じようにしているのが視界の端に映っている。


「どこらへんが?」

「どこがですか!?」


 俺はロリ先輩を睨むと同じように睨まれた。

 そうしているのがムカついて、ロリ先輩を顔から落とすと地面に座る。

 シェリーは俺に視線を向けていた。

 むず痒くなって、なんとなく抱いていた質問をしようと口を開く。


「……シェリーはさ、どうして俺についてくるんだ?」

「見たいものを見てるだけだよ」

「それだけなのか?」

「理由なんているの?」

「……そっか」


 シェリーは俺を見たい訳じゃない。

 最後の人類と最後の世界を見たいんだろう。

 俺がたまたま最後に生きているだけ。

 俺じゃなくても同じように接するんだろうな。


 ズキズキ、と心臓が音を立てる。


 シェリーは毎日食事をする感覚で今の世界を見ているんだ。

 なのに、俺はシェリーになにかを求めてしまっている。

 どういう風にシェリーを見ればいいのか分からなくなって、俺は地面を見る。


「主様に近付かないでください」


 ロリ先輩は俺とシェリーの間に浮かんで俺を睨んでいる。

 視線を交わせると、さらにキツく睨まれた。


「そもそもオマエは主様がこの世界の頂点に立つお方だとの認識がないのが問題です! 主様がいなければこの世界は生まれなかったのです。オマエは主様と同じ場所には立てませんよ!」

「……分かってる」

「なら考えを改めなさい! 主様に忠誠を誓いなさい! 仲良くなろうなんて思わないことですね!」

「……分かってるよ!!」


 俺はロリ先輩から視線を外して、地面に向けて怒鳴った。

 ロリ先輩もシェリーも無言だ。視線を感じるけど、どんな顔で俺を見ているのか気にする余裕がない。

 なんで俺はイライラしているんだろうか。


「俺はただのエルフだ。それに俺も世界も、もうすぐ終わる。……シェリーが神様だってことは理解してる。だけど、最後くらい好きに生きていいだろ!?」


 俺は地面を向いたまま、思いで地面を殴る。


「なにを言っているのですか? 好きに生きるのは当たり前じゃないですか? オマエは今までどう生きていたんですか?」

「俺は……だって、いなくなってほしくなかった……」

「だったら誇りに思いなさい! それができないのなら主様から離れなさい!」

「俺は……っ」


 ロリ先輩は俺を励ましてくれているのだろうか。

 だとしても、俺は自分のためには生きてこなかった。人間のために人生を捧げた。それが無駄だったのにどうやって誇りを持てというのだろう。


「ロリ先輩……」


 顔を上げると、ロリ先輩は真剣な表情で俺を見ていた。

 いつも俺にキツくあたるのに、どうして向き合ってくれるんだろうか。

 シェリーのためなんだろうか。俺がシェリーに迷惑をかけないように叱ってくれているのか。


「……神様も、式神も、俺には眩しいよ」


 地面に視線を落として俺は小さく呟く。

 ロリ先輩の溜息が聞こえた。


「わっ!? 主様!?」

「ポップ、わたしたちと人類はちがうよ」

「……そうですね」


 俺はゆっくりと顔を上げてシェリーとロリ先輩を見る。

 シェリーはボールを持つようにロリ先輩を胸に抱えて俺を見た。

 砂糖菓子のような瞳は揺れることなく真っ直ぐに俺に向けられている。


「まぶしくして、ごめんね」

「……え」


 シェリーの言葉に目を見開いた。

 次の瞬間には光が消えるようにして、シェリーとロリ先輩は目の前から消えた。


「シェリー……?」


 確かに俺にとってシェリーとロリ先輩は眩しかった。

 だけど、消えてほしいとは思っていない。

 シェリーがいた場所へ一歩進んで手を伸ばしても、そこにはなにもない。


 どうして、こんなにも心臓が痛いんだろうか。


「俺は……」


 この感情は知っている。

 だけどもうそんな風に思うことはないと思っていた。

 終わるだけの世界になにも求めていなかった。

 なのに、無意識に求めてしまうことが怖かった。


「シェリーのことが……好きだ」


 ああどうして、こんなにも世界は残酷なんだろうか。

 俺の最後の恋は、簡単に終ってしまった。

 恋だと自覚する前に。


 もうシェリーに会えないのだろうか。

 想いを伝えなくていい。

 ただ隣にいてほしい。簡単なことだろ。

 俺を褒めてくれて、慰めてくれて、見守ってくれた。

 その心地よさに気付いてしまった。


 独りがこんなにも寂しいんだって、シェリーは教えてくれたんだろうか。


 更地が広がるだけの、なにも無い世界。

 俺は本当に最後の人類なのだと自覚してしまった。


「ワゥン?」

「メル……」

「ワウ!」

「マロ……」


 起きたばかりだろうマロとメルは、テントの中から出てきて俺の足もとに寄り添ってくれた。

 シェリーがいないことに不安を抱いているのかもしれない。2匹はシェリーに懐いていたから。

 俺は2匹の頭を撫でる。くすぐったそうにしたあと俺を見上げた。


「……これからどうしようか」


 2匹から顔を上げて、世界を見る。

 遠くまで見える世界はなにも無い。

 どこに行きたいとかも、もう俺には無い。


「ワウ!」「ワゥン!」

「うわっ!? マロ!? メル!?」


 マロとメルに襲われて、俺は地面に倒れた。

 俺の上に乗ったマロとメルに顔を舐められる。

 くすぐったくて抵抗したいのに、2匹同時に襲われているので抵抗する暇がない。


「くすぐったいって! あははっ、ちょっどこ踏んでんだっよ!」


 俺は寝転がっているから、大型犬なら簡単に覆い被れる。あまりにも身動きがとれないので、俺は抵抗するのを諦めた。

 俺のくすぐったいという笑い声と、2匹の楽しそうな息遣いだけが聞こえる。


「分かった! 分かったから! 降参! 降参です!」


 俺の言葉を理解しているのか、マロとメルは俺の体を挟んで左右に座った。

 顔がベトベトだ。今すぐ顔を洗いたいけど、近くに水辺があるだろうか。まあ魔法で水をだせばいいか。

 体を起こして座ると、マロとメルは俺に寄り添ってきた。

 フサフサする毛と体が左右から包んでくれる。体温が伝わってとても温かくなる。


「もしかして……慰めてくれたのか?」


 マロとメルは起きたばかりなのに、すべてお見通しとでも言いたげに、俺に寄り添ってくれている。

 マロとメルもシェリーがいなくて寂しいんだろうか。

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