【7話】どうして光はあるのか
なぜこんなに動揺しているのだろう。
いや、しない方がおかしい。
神様に膝枕をしてもらうことは一生に一度だってありゃしないからだ。
ポンポン、と叩かれる膝を凝視してしまう。
砂糖のように白いスカートは、砂糖でできた枕にも見える。
「シェリー……?」
膝から視線を上げて大きな瞳を見つめる。
身を委ねたら、シェリーは甘やかしてくれるのだろうか。
砂糖のような神様に包まれることがどんなことなのか、想像できない。したくもない。
「重かったらごめん……」
どんなに抵抗しても、結局人類は愚かな生き物である。
俺に残った最後の抵抗は、顔を見られないように・見ないように、横を向くことだった。
(シェリーにも血が通っているんだな)
温かい膝からシェリーは生きているのだと実感できた。
小さな膝の上は心地よさを感じる。
頭をポン、ポンと優しく撫でるように叩かれるのさえ心地いい。
「レオン? どうしてそっち向いてるの?」
シェリーはポンポンしていた手を俺の頭に置くようにして止めた。
身体を前に倒して俺の顔を見ようとしている。
俺は見られたくなくて目をつむった。
頭の後ろに当たるシェリーの柔らかい身体に心臓はうるさくなっていく。
腹にしては柔らかいそれがなんなのか、知りたくない。
「レオン?」
頭に置いてある手とは反対側の手をあごに添えられた。
このまま顔を動かされたら、俺の首は折れてしまうだろうな。
「どこを向こうが俺の勝手だ」
また子供みたいなことしか言えない。
俺はずっと年長者として生きて来たんだ。その自覚はなかったけど、神様は俺より年上の存在。次元すらも上なのに、母性のある接し方に戸惑ってしまうんだ。
「わたしは、レオンの顔が見たいよ」
「俺は見たくない」
「うん。レオンは見なくていいよ。だからこっちを向いて?」
少しだけ俺のあごをつまんで、シェリーは自分の方へ向けた。
まったくワガママな神様だ。
仕方ないと、俺はゆっくりと仰向けになる。目はつむったまま。
「お話と子守歌、どっちがいい?」
「……選べないから任せる」
「じゃあレオンが寝れるように、子守歌をうたうね」
俺の頭を優しく撫でながらシェリーは唄い始めた。
ピアノのようにもオルゴールのようにも聴こえる綺麗な歌声に、星空がキラキラと輝く光景が浮かんでくる。
幻想的な世界が頭の中に広がって行って、なにも考えなくていいと身を委ねる。
頭の中に広がる光景、その中にシェリーが浮かぶ。
(シェリーは、どんな顔をしてるんだろうか……?)
頭の中のシェリーは遠くて、表情は分からない。
近付けば見えるだろうか。
見たら俺はどうなるんだろうか。
そんなの分かってる。
だから必死に目を閉じているんだ。
(くすぐったい……)
シェリーは俺の髪をつまむよう時々遊んでいる。
甘いような香りは砂糖でも食べている気分になる。
耳から入って来る歌声も、肌に触れるシェリーの体温も、どれもが俺を刺激する。
「寝ていいよ」
子守歌を1フレーズ唄い終えたのか、シェリーは俺に砂糖を吐いてまた唄い出す。
シェリーの言葉に、思わず目を開けてしまった。
「シェ……リー……?」
そこにはいつもの真顔があった。
俺を吸い込むように見つめながら唄うシェリーは、星空に浮かんでいるようにキラキラと輝いている。
「綺麗だ……」
シェリーの瞳の中がキラキラと揺れる。
まるでブラックホールみたいに俺を吸い込んでくる。
吸い込まれたくない。だから俺は思い切り目をつむった。
「……おやすみ」
「おやすみ、レオン」
逃げるようにつぶやいた寝る前の挨拶。まだこの世界には返事をくれる人がいる。
本当にこの世界は終わるのだろうか。
でも俺の寿命はもうすぐ終わりを迎えるのだ。
漠然とした感情が俺の中に浮かぶ。
これはなんという感情だろうか。
知る前に、俺は夢の中へ落ちて行く。
◎◎◎
俺がその世界を認識した時には、世界は大きな地震に襲われていた。
建物が崩れ、逃げ惑う人々。
俺は机の下で地震が収まるのを待った。
少しして揺れが収まって、ゆっくりと机の下から出て家の中を見渡す。
家はほとんど崩壊していて、通れるところを探すのも一苦労だった。
「母さん? 父さん?」
俺は家だったものの中にいるはずの両親を探す。
瓦礫を持ち上げる力は子供の俺には無く、隙間から覗いて家中を探す。
探していると玄関らしきところについて、そこから光が見えた。
「母さん!? 父さん!?」
玄関の前に倒れている両親に駆け寄る。
傷だらけで身体に触れても反応がない。
子供だった俺にはそれがなにを意味しているのか、すぐには理解できなかった。
その後、俺は親戚の家で生活をしていった。
大規模な地震とその後の自然災害でエルフも人間も衰退していった。
だからこそ俺は人類を増やして行きたいと思って、人間のために人生を捧げた。
俺が1000歳を過ぎた頃、俺以外のエルフは絶滅した。
なにもかも俺を残して去って行く。
人間を繁栄させるためにいろんな手を使って、いろんな町へ行った。
だけど人間すらも俺を置いて行った。
思えば俺は、誰かに俺より長く生きてほしかっただけなのかもしれない。
それが叶えたい夢なのかと聞かれても、もう夢を抱く気持ちにはなれないけど。
でも、そうだな。
誰かに看取られるというのはどんな気分なのか、知りたいかもしれない。
◎◎◎
頭が重い。
息が苦しい。
なぜなんだと、目を開けて、目に入って来たモフモフするものをつまんで持ち上げる。
「やっと起きましたか!」
「……あれ? テントの中?」
「寝ぼけてるんですか?」
「いや、俺はいつテントで寝たんだっけか……?」
「頭がおかしくなりましたね! あっ、元からでしたー!」
つまんでいたロリ先輩を放り投げると、「グヘッ」という声を出して地面に突っ伏していた。
俺は起き上がってテントの中を見渡す。
俺の横ではマロとメルが仲良く寝ている。
「……シェリーが運んでくれたのか?」
だとしたら、駄々をこねずに最初からテントで寝ればよかったな。
重かっただろうし、無防備な姿を見せてしまったことが恥ずかしい。
テントの入り口を開けて外を眺める。
太陽の光が眩しくて、一瞬、目をつむった。
「おはよう」
外に出て目を光に慣らす。
シェリーは夜と同じ場所に座っていて、テントから出た俺に声をかけてくれた。
「おはよう」
何度目かのシェリーとの朝の挨拶。
もう挨拶を交わすことなんて無いと思っていたのに、世界は結構しつこいのかもしれない。
シェリーは夜空にも、太陽にも照らされることができるんだな。
いつでも輝いている、不思議な存在。
「輝くものがあるから、光はあるのか……」
「なに?」
「いや、天気がいいなって」
「うん」
この世界の光はシェリーのために存在しているように思えた。
それくらいにシェリーは光が似合う。
いつもの真顔で、俺を見つめているシェリーと視線を交わせている。
もうなにも無いと思っていた世界は、今も輝きであふれていることを、シェリーは教えてくれている。
そんなシェリーの隣に行くことを、許してもらえるだろうか。
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