【6話】世界は砂糖でできている
「きょ、今日はここで休もうか!」
「うん」
俺はシェリーの手を掴んで、視線を外す。
振りほどきたくなかった。だけどこのままシェリーの温かさを与えられると体が燃えてしまいそうだった。
シェリーはゆっくりと俺の顔から手を離して地面へ降りていく。
離れたシェリーからさり気なく距離を取って、野営の準備を進める。
まだ日が暮れるのには早いが、次の目的地は決まっていないので、早めに休んでもいいだろう。
別に俺たちはチームを作った訳じゃないし、たまたま同じ道を散歩するだけの仲間だ。
違う道に行きたかったら自由に行けばいい。
なのに当然のように野営の準備を進めている。
案外みんなやることが無いのだろうか。
「オマエ主様になにをしたんですか??」
「いや……どちらかといえばされた方だと思う?」
「被害妄想もはなはだしいですよ!! オマエが情けないからじゃないですか??」
「そうだな、俺が悪かった」
俺の返事にロリ先輩はドン引きしながらも俺と一緒にテントを張った。
どちらかといえば俺が悪い気もしている。
シェリーの感情を汲み取れなく、挙句の果てに勘違いをしているだろうから。
テントを張り終えたらロリ先輩は一直線に焚火の前に座るシェリーへ飛んでいく。頭の辺りで浮かぶとシェリーはロリ先輩の頭を撫でた。
俺はそれを眺めながら、シェリーと少し距離を開けて隣に座る。
明るいのにテントを張るのは少し楽しいかもしれないと青い空を見上げたあと、魔法で鍋に水を注いで火にかける。
「茶を入れるけど、シェリーも飲むか?」
「お茶?」
「緑茶と紅茶がある。砂糖も少しならあるけど、飲むなら合わせる」
「お砂糖がいい」
「はいはい」
俺は紅茶の茶葉をティーポットに入れていく。
ついでに鍋の火力を増やしておく。魔法だから焦げたりはしない。
「砂糖……」
「はいはい」
「早くしなさい! 主様がお待ちですよ!」
「ロリ先輩は熱湯でっと」
「ボクは猫舌なので白湯で結構です!」
「ボールなのに……?」
「狐ですよ!!」
そんなやり取りをしていればお湯が沸き、程良く蒸らした紅茶を淹れたティーカップとスプーンを皿に乗せて、シェリーに差し出す。
「熱いから気を付けろよ」
「うん」
シェリーはティーカップを両手で受け取ったので、砂糖の入った瓶も渡す。
少しだけ悩んでからティーカップを膝に置いて、砂糖の瓶を受け取った。
手に持った砂糖の瓶を眺めていたシェリーは、フタを開けて瓶を逆さまにした。
「お、おい……」
瓶の砂糖はすべてシェリーの紅茶に入れられる。
瓶は小さく残り少なかったとはいえ、紅茶に入れるには多すぎる。
甘すぎて飲めないのではというくらいに入ったティーカップをスプーンで混ぜて行き、シェリーは一口飲んだ。
「おいしい」
シェリーの頬が紅潮する。
紅茶の熱のせいだと分かっているのに、思わず見惚れてしまった。
「甘すぎなかったか……?」
「うん。紅茶もお砂糖もおいしいね」
「ならよかった」
シェリーの体は砂糖でできているのだと信じてしまうくらいに、甘い笑顔を向けられた。
いや、笑顔なのだろうか。俺の錯覚かもしれない。
ただ、嬉しいのだとは思う。
シェリーのことを知っていく度に、俺の心臓はドクドクと鳴る。
忘れるように、俺は紅茶を一気飲みした。
ストレートの紅茶は、どこか甘い気がする。
明るい内に食事をしようと、俺はバッグに手を伸ばす。
最近は生きた動物に出会えないので、保存食生活だ。
食べ終わったら特にやることもないので、日が落ちたら就寝する事にした。
だけど俺は焚火にあたってぼんやりと夜空を眺めている。
「レオン? もう夜だよ?」
「そりゃあそうだ、星が見えるからな」
「寝ないの?」
「寝たくないんだ……」
俺の隣で焚火にあたりながら、シェリーは俺を不思議そうに見ている。
「……聞こえるだろ?」
「うん」
俺はいつものシェリーに負けないくらいの真顔になって呟く。
聞こえる声を忘れたいと、ぼんやりと焚火を眺めていれば、パチリとはじけたのは、俺の我慢の限界。
「イチャイチャしているマロとメルと一緒に寝れるかよ!?!?」
テントはマロとメルに占領されていた。
テントの中でイチャイチャしている声と音が、テントの前にいる俺たちに聞こえている。
だから俺はテントの中に入ることを諦めている最中なんだ。
「寝ないと頭悪くなっちゃうよ?」
「……ふっ、俺は寝なくても平気だ。エルフだからなっ」
シェリーは俺をバカにしている訳じゃない。寝ないと頭が回らなくなると言いたいのだろう。
だけど俺はもう疲れと悲しみで頭が回らないので、強がってみた。
人間だって1日寝なくても生きられる。
生活に支障は出るし、何日も寝ないのは問題だが、エルフは人間の倍は寝なくても問題がない。
いや、このままマロとメルの声を聞いて夜が明けたら、俺には問題が起きるかもしれないが。
「それに俺が寝なくてもシェリーが話し相手になってくれそうだし」
「レオンと話すのはたのしいよ」
「シェリーは優しいんだな。どこかのロリはのん気に夢の中なのに」
「ポップは早寝早起きだから」
「ジジイだったんだ……」
シェリーの横でタオルをベッド替わりにして寝ているロリ先輩を見ることなく、俺は焚火の火を見続ける。
どうしよう、この世界ロクなものが残ってない。
その中に俺は含まれるのだろうか。
残り物には福があるっていうのは幻想だ。現実を見ればそれくらい分かる。
「レオンも早寝早起きだよ?」
「俺もジジイだからな……」
俺は1990歳なので人のことを言えなかった。
実年齢の割に動けるのは老いない魔法を使っているからなんだが、命に使うことは大魔法使いでも無理だろう。難しいとかそういう次元じゃない。不可能なんだ。その魔法を使った人々はその瞬間に死んでいった。とても強力な魔法ってことだ。
「レオン」
シェリーは抱えていた膝を曲げて正座になった。
膝に軽く手を置いて隣にいる俺を見上げている。
「シェリー? どうした?」
(足がしびれたのか?)と不思議に思いながらシェリーの様子を伺う。
真顔で何も言わずに俺を見ている。
膝に置かれた手が動いていて、膝の上を何度か軽く叩いている。
なにをしているのかとシェリーと視線を合わせた。
「おいで」
シェリーの口から声は聞こえなかった。
だけど、口の形から聞こえた言葉に俺は目を丸くする。
ポンポン、と膝を叩いているシェリーから目が離せない。
俺は呼ばれたのだろうか?
シェリーの膝に?
なにをしに?
「おいで」
今度はちゃんと聞こえた声で、俺は我に返る。
少しだけ縮んでいた距離に驚いて瞬きを何度もする。
手が届きそうなくらいの距離で俺を見上げるシェリーの気持はなんなんだろうか。
俺はシェリーのそばに行ってもいいのだろうか。
残り物にはなにがあるって言ったっけか。
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