【4話】ロリ先輩

 『主様の使い魔』とはなんだろう、と俺は腕を組んで考える。

 使い魔とは要するに主の手足となる存在だ。

 シェリーが主だと言うこの生き物は、シェリーの手足となる存在――神様の使い魔らしい。


「式神を知らないなんて、オマエはバカなんですねー」

「悪かったなー」

「ええ、ですから教えてあげます。ボクは主様の式神です。主様はこの世界の頂点に立つ存在なのです」


 また(すごいでしょ?)という視線を向けられる。

 俺より高く飛びながら、俺を見下す。俺より高い次元の存在だと知らしめるように。


「それでオマエは主様とどういった関係なのですか?」

「どうって言われても……?」

「なんですかその反応は……? 一体主様になにをしたのです? 変なことを言ったりしていないでしょうね?」

「いや、してない……と思う」


 ドン引きしながら俺を見下す生き物から視線を下げて俺は考える。

 変なことはしていない。いや、たぶん。

 なんで涙が出たのかとか、なんでシェリーに殺されそうになったとか、いまいち俺に起こっている状況を理解していないからだ。

 シェリーから逃げたことは『変なこと』に入ってしまうかもしれない。きっと驚かせてしまっただろうから。


「オマエ主様になにをし――」

「ポップ。レオンはなにもしてないよ」

「あ、主様!?」


 俺の後ろからボールを抱えるように宙に浮いている生き物を抱きかかえて、俺の前にしゃがんだのはシェリーだ。

 スカートの部分が地面にたれて反射で俺は立ち上がる。

 しゃがんだまま不思議そうに俺を見上げたあと、シェリーも立ち上がった。


「主様……コイツは一体なんなのですか?」

「レオンだよ。最後のエルフ」

「そうなんですか……?」

「レオン、この子はポップだよ」

「ロリポップといいます。特別に好きなように呼ばせてあげます」

「……ロリ先輩?」


 シェリーの手から抜けてロリ先輩は俺の頭に突進してくる。

 ロリ先輩の勢いは強く、俺はまた尻餅をついた。本当はボールなのだと確信してしまいそうだ。


「好きなように呼ばせてくれるって言ったじゃん」

「変なところで区切らないでもらえますか??」

「……じゃあポップでいいや」

「先輩をつけなさい」

「えー……」


 好きなように呼ぶ意味がなくなって呆れながら俺は立ち上がる。

 ポップは再びシェリーの腕の中に納まりにいって、シェリーはボールを抱えるようにポップを抱き寄せる。その顔を見ていれば呼び方はロリ先輩でいいやと思えた。


「なんですかその顔は?? オマエ……もしかして主様のことをそんな目で見ているとでも!?」

「はぁ!? そんな目ってどんな目だよ!?」

「ああ……恐ろしい……こんな者を主様の傍においてはおけません……いや同じ世界にいることすら許せません!!」

「いいだろ……もうすぐ俺は死ぬんだし」

「死ぬほどそんな目で見ているのですか!?」

「いや、ロリ先輩の方がそういう目で見てるだろ?」

「ボクは崇拝しかしていません」


 シェリーの腕の中に納まって優越感に浸っているロリ先輩をじっと見てから俺はため息をつく。


「ポップ、レオンを困らせたらダメだよ」

「あ、あ、主様!? も、申し訳ございません!!」


 シェリーに怒られたことが衝撃だったのか、雷に打たれたようにロリ先輩は驚いたあと落ち込んでしまった。

 落ち込むロリ先輩の頭を撫でながらシェリーは俺を見上げている。

 俺はさっきシェリーから逃げて来たばかりだったから、どういう視線を向ければいいのか分からなくて視線が泳ぎ続ける。


「行かないの?」

「え……どこに?」

「レオンが行きたいところ?」


 シェリーの言葉で俺は散歩の最中だったことを思い出す。

 行きたいところが明確にあるわけじゃない。ただなんとなく散歩をしようとしているだけだ。

 少しだけワクワクしたような瞳を向けられてしまえば、歩くしかないと俺は地面を軽く蹴って歩き出す。

 隣に並んだ足音は相変わらず軽かった。


 10年なんてあっという間だ。

 俺の最期はもっと早いかもしれない。もしかしたら世界の方が先に終わるかもしれない。

 どちらかが終わるまでのほんの一瞬の時間を、シェリーと共に過ごそう。

 シェリーは当然のように隣にいるから、そう思えた。


「なに?」


 シェリーがどんな顔をしているか気になって、視線を向けたら目が合った。


「いや、楽しいかもなって」


 シェリーは俺から視線を外して正面を見つめた。

 正面にはなにも無く、地平線だけがぼんやりと見える。


「うん」


 少しだけ楽しそうな声でシェリーは返事をくれた。


 シェリーの腕に抱えられていたロリ先輩は腕から飛び出して、俺の顔の前で浮かびだした。器用に後ろ向きに進んでいる。


「主様を傷つけたら殺しますからね」

「ああ、そうしてくれ」

「オマエ……変な奴ですね?」

「ロリ先輩に言われたくないな」


 悪口を言い合って悪い顔で睨み合う。

 ロリ先輩との距離感はこれでいい。まだロリ先輩のことは分からないけど、仲良くする必要はないと思う。特にロリ先輩からは嫌悪しか向けられていないようだし。


「レオン、前を見ないとダメだよ?」

「はいはい。ロリ先輩どいてくれ」

「仕方ありませんね」


 最後にきつく睨んでから、ロリ先輩は俺とシェリーの間を飛びはじめる。

 (やれやれ、ボディーガードは大変だな)なんて思いながら俺は前を向く。

 いやそもそも俺はなにも悪いことはしていないから、これはとばっちりというやつなのだが。

 まあシェリーとの距離を少し離したかったから、丁度いいんだけども。


「おわっと!?」


 前を向いて歩き出した瞬間に、何かを踏んで俺はよろける。

 転ばないようにバランスを取って立ち止まると、何を踏んだのか確認するために体ごと後ろに向いた。

 地面に転がる物体を見て俺は不安が過る。


「え……犬? ……生きてるか?」

「いけないですねー!! オマエの不注意で罪のない犬が死んでしまったのではないですか?」

「はいはい。……犬、生きてるか?」

「無視とはいい度胸ですねー!?」


 ロリ先輩は尻尾で俺の頭を往復ビンタし始めた。痛いけど悪いことをしてしまった相手に向き合うことを優先する。ロリ先輩にはあとでなにか仕返ししなきゃだな。


 俺はしゃがんで地面に倒れる大型犬が呼吸をしているか確認する。

 小さく腹のあたりが動いているので生きてはいるようだ。

 俺が踏んで怪我をしていないか、慎重に犬の体に手を伸ばした。


「ワウ!!」

「イッデエエエエエエェ!?」


 突然の激痛に俺は地面に倒れた。

 俺の手を噛んだのは、倒れていた犬とは別で、どこからか突進して来た犬だった。

 犬は俺の体の上にのしかかりながら、俺の手を噛み続ける。


 いや、待ってくれ?

 結構出血してるんだけど?!


 というかロリ先輩は(ざまあみろ)みたいな顔で見下してないで助けてくれてもいいんじゃないだろうか!?

 なんで俺は犬に襲われているのか忘れてしまうくらい、ロリ先輩の顔にムカついていた。

 仕返しはじっくりと考えさせてもらうから、そろそろ助けてくれないだろうか。

 噛まれた手がズキズキと悲鳴を上げ始めたのだから。

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