五十一話 夏休み直前
地下ダンジョン攻略が終了。
最下層まで到達したのは全体の半数だったそうだ。
最も失格者が多かったのはB組。他クラスへの過度な攻撃や生徒会長の罠などで失格者が相次ぎ、最下位の成績となってしまった。よほど結果が恥ずかしいのか現在は勢いもなく息を殺すように大人しくなっている。
一方のクラスメイト達は、B組の変化などまるで気づきもせず、間もなく迎える夏休みに落ち着きを失っていた。
「親父が夏休みの間は鍛錬と魔物狩りをさせるって息巻いててさ。今さらあんな田舎に戻りたくねぇよ」
「デンターの実家はクワントだよな。一度だけ行ったが景色も良いし穏やかで良いところだったぞ」
「暮らしたことねぇからそう言えんだよ。ジジイとババアだけで若い女のいねぇ華やかさの欠片もねぇど田舎だぞ。流行も二回りくらい遅れてて出てくる茶が毎回なんか臭くて苦ぇんだよ」
「確かにそれは嫌だね」
デンターとマーカスが夏休みについて話をしている。
俺はいつものように読書をしながら空気に徹していた。
騒がしいのは二人だけではない。クラスを見渡せば至る所で休みに関わる雑談が行われている。学生のほとんどは地方から出てきた田舎貴族である。そんな彼ら彼女の夏休み期間中の楽しみは友人を招いた狩りや茶会である。
恋人がいる学生なら存分に愛を育む時間だろう。かーっ、ぺっ。
そんなわけで寮で暮らしているほとんどの生徒は実家に帰省する。
俺のように残る予定のヤツはほんの一握りだ。
まぁ帰ったところで居場所らしい居場所もないからな。
「なぁ、テオドールは予定あるのか?」
「ん? ああ、僕は見ての通り平民だから夏休み中はバイト三昧かな」
「うわ、マジかよ。平民ってハードだな」
デンターへ返事をしたテオは苦笑する。
無自覚な身分マウントはここでは良くある光景だ。
ただ、相手がテオなので俺はやや不機嫌になる。
おいデンター、誰にそんな口きいているんだ。テオは主人公様だぞ。
「僕はまだましな方さ。父さんが三年分の学費をすでに支払ってくれているからね。自分で稼がなきゃいけないのは生活費と教科書代と他諸々ってところ。頑張ればその分使えるお金が増えるから、それなりに楽しんではいるよ」
「へー、でも三年間の学費を全て収めるなんてちょっと驚きだぜ。こういっちゃなんだが学院の学費って平民が払うには結構しんどい額だったと思うけど」
「そうなんだ」
「そうなんだって、知らないのか?」
「父さんには学費は納めてあるから行ってこいってだけ。だけど考えてみれば確かに不思議だ。山奥で隠遁生活をしてるような父さんにどうしてそんなお金があるんだろ」
しっかりしているようで抜けているテオにデンターとマーカスは呆れる。
そこへ女子生徒との話を終えたガウェインが加わった。
「諸君も夏休みの話をしているのかい?」
「僕はバイト三昧だって話してたところさ」
「ほう、どのようなバイトだ?」
「主にカフェの店員をしてるかな。それから最近だとホテルのスタッフとか。たまに知り合いから猫探しをお願いされるくらい」
「「「猫探し」」」
三人は呆れているようだが、この猫探しはなかなかいいバイトなのだ。
街のどこかに隠れている猫を探し出し、飼い主の元へ届ければ結構な報酬がもらえるのである。この王都では常に金持ちの猫が彷徨っているのである。
懐かしいな。俺も学生時代はアルバイト三昧だった。
って今も学生か。
「そうだ、もし夏休みの前半で暇な時間があったらホテルのスタッフとして働いてみないかい? 繁忙期なのに人がいなくて困っているんだ。給金は普段より出るらしいから期待して良いよ」
「悪い。前半は実家で過ごす予定だから無理だわ」
「マーカスは?」
「最初の一週間はこっちに残る予定だけど」
「じゃあ、一週間で良いからお願いできないかな」
マーカスは「グッズには金がかかるからな」とやぶさかでもない態度でOKする。
「テオよ、この私には訊かないのか?」
「王族だから無理だよ」
「よし、引き受け――なんだと?」
軽くあしらわれたガウェインは「正体を隠せばなんとか!」などと食い下がる。
俺は内心で絶対バレるとツッコんだ。
自覚しているのかしていないのか不明だが、黙っていても喋っていてもあふれ出る気品オーラを誤魔化すのは難しい。そもそも王子なんだから働く必要ないだろ。
同じ気持ちなのかテオも「お金に困ってないよね?」と疑問を呈する。
「王位に就く者として下々の生活を体験しておきたいのだ。卒業後は父上の後を継ぐべく多忙となるであろう。できればこの学生の間に様々な経験を積んでおきたい」
「君の気持ちは理解したけどやっぱり無理だよ。僕が働いているのは商人や貴族が泊まるようなそこそこ格のあるホテルだからガウェインのことを知っているお客さんもたぶんいるんじゃないかな」
「そうか・・・・・・テオに迷惑はかけられない。諦めるとしよう」
見るからに肩を落としガウェインは大人しくなる。
少し可哀想に感じ助け船を出すことにした。
「宿泊して間近でテオの労働を観察すればよろしいのでは?」
「その手があったな。名案だウィルよ」
どういたしまして。
こういうときのガウェインは分かりやすい。
なんだかんだ理由を付けて本当はテオと一緒にいたいだけなんだよな。
やはりこの二人推せる。親友っていいな。うんうん。
そこで思わぬ誘いが向けられた。
「ウィルはどうかな。一週間だけで良いんだ」
「俺? そうだな・・・・・・別にかまわないぞ。どうせ実家には戻らないからな」
「ありがとう! 恩に着るよ!」
ぱあぁぁと顔を明るくするテオ。
ただ働くだけだしアルバイトには親密度を上げるようなイベもなかったはず。
実際、予定がなく暇だったからな。このくらいは喜んで手助けする。
泊まり込みでもないから動けなくなる心配はないだろう。
予鈴が鳴り休み時間の終わりが告げられる。
程なく教室へ入ってきたのは教師のナダルであった。
と、なぜかルル・ルヴェイズの姿が。
「授業を始める前に一つ知らせがある。本日よりルル・ルヴェイズがA組へ移動となった。B組よりもA組の方が勉学に集中しやすいだろうとの判断だ。みんな仲良くするように」
「初めましてルル・ルヴェイズです。得意な魔法は闇です。こんなボクですけど仲良くしてくれると、嬉しいです・・・・・・」
子犬のような上目遣いの潤んだ目がクラスメイトのハートを鷲掴みにする。
聞こえないはずのズキュン音がはっきり聞こえた気がした。
特に一部の性的嗜好がねじ曲がった奴らは過剰に反応していた。
「ルルきゅんが我がクラスに!」
「あざます! あざます!」
「男だと? ふん、そんなの問題じゃないな」
少し前にカトマンズ派を除籍になったと耳にした。
恐らくクリスが尻の痛みに耐えながら追放を懇願したのだろう。
元々お荷物でしかなかったルヴェイズはあっさり切られ、B組に居場所がなくなった彼は他クラスに身を移すしかなくなった。
あっさり移動できたのはキアリスの報告書と生徒会長の一声だったに違いない。
どちらにしろ彼はどう転んでもA組に来る運命だった。
スターブレイブファンタジーでもB組からA組へやってくる展開であったのだ。
俺とルルの目が合う。
「ウィル様!」
俺を目に入れた途端、彼は闇属性とは思えないような光量の高い明るい笑顔となった。
それからぱたぱた足音を鳴らし空いていた俺の隣へ腰を下ろす。
そして、にこーっと嬉しそうにしていた。
「どうして俺の隣なんだ。席なら他にもあるだろ」
「隣が良いんです。ボク誓ったんです。ウィル様のような強い男の子になろうって」
「男の娘に?」
「はい!」
改めて観察するがやはり女にしか見えない。
大きな目に長いまつげ。喉仏もなく色白でやたら丸みがある。
クラスの女子は「やだ可愛い」「子犬みたい」と別の方向でキュンキュンしているようであった。
ぎりり。
ただ一人を除いて。
なぜかセルシアが殺意の籠もった目でルルを睨んでいた。
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