五十話 学院地下ダンジョン攻略(6)

 

 四階層を難なく突破し現在は五階層にいる。


 恐らく誰よりも早く五階層に到達した俺は、五階層前半エリアの敵が出現しない安全部屋でたった一人ぼーっと時間を潰していた。


 安全部屋はテーブルと向かい合わせの二つのソファしかない簡素な作りになっている。

 スターブレイブファンタジーではセーブポイントになっていた場所でもあるので、万が一にもゴーレムが侵入することはない。この世界ではただの休息部屋になっているようだが。


 しかし、遅い。


 ここまで進行速度が遅いとは思わなかったな。

 ある程度探索や罠の回避に時間を取られるのを加味していたんだが。


「ウィル?」


 部屋に入ってきたのはテオであった。

 俺は内心でようやく来たなと嘆息する。


 テオの次に部屋に入ってきたのはガウェインとセルシアである。

 その後ろからデンターを背負ったマーカスが入室する。


 見知った顔を見つけたテオは嬉しそうに俺の方へ駆け寄ってきた。


「驚いたよ。ウィルの方が先に到着していたなんて」

「ここまで来られたのはちょっとした裏技があったおかげだ。だが、それも限界を迎え、こうして同行できそうな相手を待つしかできない状況に追い込まれていた」

「裏技?」

「まぁ見ていろ」


 訝しむテオの目の前で魔法を使ってみせる。

 使用するのは土魔法。大量の砂を創り出し身体に付着させ疑似ロックゴーレムに変身してやる。


「こうしてゴーレムの目を誤魔化してきたんだ」

「そんな手があったのか!」


 よほど感動したのかテオは目をキラキラさせていた。

 実際この方法でダンジョンのクリアは可能だ。ただ、これをやるとただの作業ゲーになるから主にRTA向けの裏技的手段だ。


「どうやってここまで来られたのかは分かったよ。だけどなおさらこんなところで足止めを食っている理由が思い当たらない」

「魔力量だよ。俺の魔力じゃこの先ゴーレムのフリは続けられない。今ので完全に底をついたしな。ここからゴールを目指すには同行する相手が必要ってだけの単純な事情さ」


 纏った砂がボロボロ崩れ身体から剥がれ落ちる。

 テオもセルシア達も納得した様子であった。


「ところでここに来るまでに誰かに会わなかったか?」


 それとなくルルに会わなかったか質問してみる。


 あえて口止めしなかったが、なんとなくクリスにとって不名誉な話はしないだろうと踏んでいた。蔑んだ相手にボコボコにされたあげく生尻まで拝まれたなんて言えないよな。


「B組のルル・ルヴェイズにお会いしました。他にも行動不能になったクリス・カトマンズのパーティーにも。そういえば彼からウィル君の話を訊きませんでしたね」

「・・・・・・俺が階段を下りた後に来たのかもしれない。もしくはお互いに見落としたのか。ゴーレム状態は視界が狭いから気がつかなかった可能性はある」

「なるほど。襲ってこなければわざわざ戦う必要はありませんしね」


 全員納得したのかそれ以上深掘りはしてこなかった。

 されても返事のしようもないのだが。


 事情を説明し終えたところでテオからほしい言葉が投げられた。


「せっかくだしこのまま僕らと一緒にゴールを目指さないか」

「いいのか?」

「扉を通過できる人数は五人までだったけど、パーティー人数に制限はなかったはずだ。生徒会長も五人以上はダメなんて言わなかっただろ?」


 珍しくテオが意地悪そうな笑みを浮かべる。

 爽やかな美少年だからなのかその顔も絵になる。


 へぇテオもこんな顔をするのか。

 主人公視点じゃないからこそ見られる意外な表情。

 手元にカメラかスマホがあれば激写しまくって画像データを売りさばけたのだが。ウチのクラスの女子は確実に大枚をはたいてくれただろう。


「皆はどうかな。彼を加えても問題ないと思うかい?」

「すでに五階層だ。別れたところでどちらが先か後か差でしかない。それにこの先に強敵が出ないとも限らない。一人でも多く戦える仲間を確保しておくべきではないか」

「私もテオに賛成です。きょ――ウィル君が加わるのは心強い。もし進めない状況に陥っても彼だけならゴールできる。A組の一位を確実にするつもりなら仲間に加えるべきです」

「俺も賛成だ。マーカスはどうよ?」

「拒否する理由がないね。しかし、ゴーレムの目を欺くなんて発想は出なかったな」


 満場一致でパーティー入りを果たす。

 まぁここからは前方より後方を気にする必要があるのだが。説明もできないので素直に感謝を述べ同行を開始する。


「僕らは今どのくらいの位置にいるんだろうね。ああ、順位の話だよ。かなり急いできた自覚はある。先に出発したクリス・カトマンズが失格になったとなると・・・・・・可能性があるのはC組だね」

「ベック・グリーンピースのパーティーだな。入学前の調査ではクリスもベックも頭一つ抜けた実力を有しているのが判明している。特にベックは常識では測れない破天荒な性格と周囲には評価されているようだ」

「それはつまり最後まで油断できない?」

「今この時も我々が想像しない方法で着実に――」


 ガウェインが言葉を続けようとした次の瞬間。

 後方からすさまじい音が響いた。


 ごぉぉんっ。ごぉぉんっ。ごぉぉんっ。


 一定のリズムで轟音が鳴り響きダンジョンを揺らす。

 音の発生源は後方の天井からであった。

 次第に天井に亀裂が走る。

 とうとう破砕音と共に天井の一部が崩落した。


 もうもうと通路に立ちこめる土埃。


「ぶぇっくしゅ! 誰だこんな馬鹿な方法で最下層へ行こうって言い出したのはよぉ。もうちょいやり方があっただろってな」

「ベックの案でち。『床をぶち抜いて行けば最短で最下層ってな。がははは』とかのたまってたのもう忘れたでちか? 本当に救いようのない馬鹿でちね。こんなのが後継者だと思うとグリーンピース家も長くなさそうでち」


 土煙の中から現れたのは斧を担いだベック・グリーンピースであった。

 その後方から背の低いスレンダーな少女。さらにマフラーを巻いた痩せ型の男子生徒。長髪のグラマラスな女子生徒が現れる。


「言いたい放題だな。悪かったってよ。その代わり到着まで早かっただろ? こっちの予想じゃ現時点で先頭に――」


 ベックの目が俺達で止まる。

 テオの視線もベック率いる四人のパーティーに固定されている。


 しばし漂う沈黙。


 先に走り出したのはセルシアだった。

 我に返り俺達も走る。


「まてこらぁあああああ! 一位はこっちのもんってな!」

「いそげぇぇえ! 皆全力で走るんだ!!」


 ゴールを目指し通路を走る続ける。

 後方からはすさまじい形相をした四人組が追いかけていた。


 まともに相手をすれば百パー厄介な魔法を使われ足止めされる。

 なによりあの鬼気迫る彼らを相手にしたくなかった。


 それにほら、追いかけられたら逃げたくなるだろ。


「ベック、あたちを投げるでち!」

「おう! いくぞ!!」


 立ち止まったベックは、背の低いスレンダーな少女を投げやりのごとく構えたかと思えば、渾身の力で少女を投げた。


刀剣奥義ブレイクアーツ【マウスパレード】」


 飛びながら刀剣奥義を発動させた少女。

 ナイフのような聖剣から紫色の煙が噴出し巨大な鼠へと変じる。

 少女は鼠の背中に乗ると、さらに無数の煙を創り出し、数百もの鼠の大群を生み出した。


「あたちの奥義から逃げられると思うなでち。この鼠に触れれば麻痺からの数秒であの世いきでち。今回は特別に麻痺だけで許してやるでちよ」


 怖っ。なんて技使ってるんだよ。

 しかも足が速い。


 じわじわ確実に鼠は距離を詰めていた。


「見えた! ゴールだ!」


 通路の先にあるエリアでは教師のナダルが待っていた。

 その隣には生徒会長の姿も。


 最初にエリアに入ったのはテオであった。

 次々にメンバーが入り、俺は六番目にゴールインする。


 きききーっ!


 エリアに入ったところでその足にブレーキをかけたのは少女が乗る巨大鼠だ。

 時間差でベック達もゴールを越えC組の二位が決定した。


「ごめんなさいでち」

「しかたねぇ。チューコはよく頑張ったってな。そこんとこはこちとらよーく分かってるってな。それになんとか二位に入れたんだ。目標には届かなかったがでっけぇご褒美は得られただろってな」


 鼻水を垂らしながら泣く少女を、ベックは慰めるように頭を撫でる。

 一位のガウェインそのものは逃しはしたが、二位のガウェインをもてなす権利も充分に大きなご褒美だ。


 クリスもベックも最低でも二位と考えて動いていたに違いない。


「貴様らにしては上出来だったぞ。なかなかのタイムだ」

「よく頑張った。難易度が上がっていたとはいえこの早さで到着するのは至難の業だっただろう。担任として鼻が高い」


 生徒会長とナダルが五人を褒め称えた。



 ◇



 地上まで直通の昇降機を使用しスタート地点へ戻る。

 扉を抜け最初のホールへ帰還したところでテオ達は、少し早い昼食をとるべく俺とは別れ食堂へと向かう。


 四人を見送ったところで俺は振り返った。


「で、俺に何か話があるんだろう?」


 ホールの隅で待っていたのはクリス・カトマンズであった。

 ヤツはひょっこひょっことぎこちない歩みで近づき、怒りに満ちた表情で胸ぐらを掴んだ。


「やってくれたなウィル・スターフィールド!」

「申し訳ないが何のことか分からないな」

「白々しい! 貴様が私の――」

「私の?」

「け、け、おほん。とにかく、貴様がいなければ私は失格にならなかったのだ! この屈辱決して忘れないぞ! ひぎぃ!?」


 痛みがぶり返してきたのだろう。

 彼は尻を押さえ冷や汗を流しながら浅い呼吸を繰り返す。


 隅で待機していた仲間の三人が「クリス様、今は安静に」と彼を支えながら出口へと誘導した。


 一応、釘は刺しておくか。


「カトマンズ。分かっていると思うがルルに下手な手出しはするなよ。さもなければ君の醜態を言いふらすからな。後ろに俺がいるのを忘れるな」

「きさ、きさま!」


 さらに追い打ちをかけるようにキアリスが現れる。

 我が兄は不動明王を背負いながら真正面からクリスを見下ろしていた。


「クリス・カトマンズ。危険行為を確認したため一部評価にマイナスをつけさせて貰っている。他三名も同様だ」

「なっ!?」

「気が付いていなかったようだが、実は私もあの場にいたのだよ。君がルル・ルヴェイズおよびウィル・スターフィールドに行った攻撃については把握している。初級魔法であった点と未遂であった点を考慮し、即失格とはしなかったが代わりに君の言動はきっちり記録し評価させてもらった」

「そ、そんな」

「以後気をつけるように」


 キアリスは冷たく背を向け去る。

 残されたクリスは沈黙したまま拳を握りしめていた。

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