四十九話 学院地下ダンジョン攻略(5)

 

 周囲の気配を探り教師がいないか確認する。

 案の定、監視の目はないようであった。


 金でも握らせたか地位を使って脅したか。


「よそ見かスターフィールドっ!」

「おっと」


 足を狙った切り上げを反射的に躱す。

 さすがに殺すつもりはないらしい。行動不能にするのが目的だろう。


 いったん距離をとって俺も剣を抜く。


「先に言っておくが俺はテオドールより弱い。つまり俺に勝てなければテオには勝てないってことだ」

「ふん、名家でありながら自らを平民よりも下に置くとは。やはり相容れぬな。貴族として恥ずかしくないのか。スターフィールドの名が泣いているぞ」


 聖剣と聖剣が打ち合う度に火花を散らす。

 金属音が反響し空気が震える。


 噛ませとはいえ幼き頃より鍛練を積んできた公爵家の子息だ。技術も力も一年生レベルを超えている。一撃一撃に込められた気迫。俺でなければまともに相手することすら危ういだろう。


 驕れるくらいには、強者である。


 彼の仲間である三人の男女は、勝利を確信しているのかニヤニヤしたまま流れを見守っていた。


「ウィル様、気をつけて・・・・・・クリス様の属性は・・・・・・」


 両手を組み祈るように呟くルル。


「貴様の属性は土だそうじゃないか。魔力量だけでなく属性まで私に劣るとは不運を通り越して哀れみさえ抱いてしまうな」

「哀れまれる筋合いはない。興味もないからご自慢の属性を早く出せ」

「ならばその身で受けてみよ。土の上位互換『鉄』属性を。アイアンスパイク」


 クリスの肉体から魔力がほとばしり魔法が発動する。

 フローリングを突き破り現れたのは無数の鉄の槍であった。


 やっぱり初撃はこれか。

 攻撃だな。


「ロックウォールっと」


 すかさず防御魔法を発動させる。

 岩の壁によって鉄魔法は動きを止めた。


「さすがに防ぐか。魔力に乏しいとはいっても全く使えないわけではないようだな」

「これでも魔法使いだからな」


 鉄魔法は厄介だ。守りに入れば硬く攻めに出ても大抵の魔法なら貫いてしまう。万能とまではいかなくともあらゆる局面で優れた結果を残す平均点の高い属性だ。加えて持久戦が大の得意。時間をかければかけるほど本当の力を引き出されかねない相手だ。故にここは超短期決戦が望ましい。


 とはいえただ倒すだけでは再び絡まれる可能性が高い。

 牽制するには何か弱みを得なければ。


 ふと床から生えた鉄の槍に目が行く。


 ・・・・・・これは使えるかも。


「お、おい。どこへ行く」

「逃げやしない」


 床から生えた鉄の槍を一本だけへし折る。

 矛先を切り落とし鉄の棒に仕上げた。さらに砂塵剣を鞘に収める。


 俺は鉄の棒を構えた。


「ふははははっ! 私を前にして正気を失ったか!」

「いいや、冷静だ。笑ったことを後悔するなよ?」


 土魔法サンドカーテン。

 粒子の細かい砂で周囲を覆い隠すただの目隠し魔法だ。


「こ、これは! 視界を封じるとは卑怯な!」


 エリア内で吹き荒れる砂埃。

 一面茶色に染まっていた。


「ぎゃ!?」

「こっちに!? ぐあっ!」

「おげぇ!??」


 まずは観客の三人を気絶させる。

 クリスを倒しても突入してきて連戦になるんだよな。


「仲間を狙うとは! どこだ出てこい!」

「こっちだ」

「きさ――ぶぎぃっ!?」


 右拳にそこそこの力を込めて横っ面をぶん殴る。

 激しく床を転がったヤツは仰向けに白目を剥いていた。


 まだだ。


 足先でクリスの身体を横へ転がしうつ伏せにする。

 それからがっとズボンの端を掴み、ずるると一気に下げた。



 俺は棒を構え――。



 一息で突き込んだ。


「お゛っ!?」

「気絶していても身体は反応するんだな」


 俺は引き抜いた棒を投げ捨てる。

 砂埃を消すとルルは、クリスの剥き出しの尻に目を大きく見開いた。


「クリス様!」


 駆け寄ったルルはクリスのズボンを急ぎ上げる。


「あの、一体何をされたのですか。どうしてズボンが」

「気にするな。少し分からせてやっただけだ」

「・・・・・・分からせる?」


 汚いやり方ではあるが、これでこいつらは表だって俺を責めることができなくなった。

 言えばどう負けたのかを話さなくてはいけなくなるからな。


 もちろん一部始終を目撃していたルルにも強くは出られないだろう。

 まぁ当の本人は何が起きたのかは理解できていないようだけど。


「で、君はこれからどうするつもりだ」

「ここまで連れてきてくださり感謝します」

「残るつもりか」

「まだカトマンズ派ですから。主を置いて行ったら本当に忠誠心のない人間になってしまいます」


 クリス達と一緒にリタイヤするつもりのようだ。

 健気だな。だが、そこがルルの良いところでもある。


 そろそろこの辺りを担当する教師も様子を見に戻ってくるだろうし。俺としてはテオ達が無事に最下層まで行けるか見届けなければならない。


「地上でまた会おう」

「はい。どうかご無事で」


 きびすを返し階段へと向かう。



 ◆



 テオドールのパーティーは、ダンジョン各所を探索しつつ順調に三階層を進んでいた。


「ガウェイン、右だ!」

「わかっている!」


 右方向より新たな敵が出現する。

 重力を無視するかのように壁である本棚を走るトカゲのようなゴーレム。

 その名もリザードゴーレムである。


 リザードゴーレムは麻痺効果の強い電撃攻撃を放つ。


「こっちは忙しいのだ。貴様のような雑魚に割く時間はない」


 電撃が到達する前にガウェインは跳躍していた。

 ふわりと反対側の壁面へ着地、次の瞬間にリザードゴーレムめがけて跳んだ。

 切っ先がリザードゴーレムの背中を貫く。機械的な悲鳴をあげるとリザードゴーレムは爆発した。


 一方、テオドールとマーカスはアイアンゴーレムの対処に当たっていた。

 マーカスが敵の注意を引きつつテオドールの魔法で弱点を突く。魔力によって創り出された水流はアイアンゴーレムに直撃しその機能を停止させた。


「やっぱり弱点は水だったね」

「テオが四属性持ちじゃなきゃ苦戦してただろうね。ここまで来られなかったかもしれない」


 テオドールの言葉にマーカスが頷く。

 そのすぐ後ろに着地したガウェインが涼やかな表情で剣を鞘に収めた。


「しかし、ずいぶん時間を食った。誰かが探索をしたいと言い出さなければもう少し早く三階層に到達できていたのだがな」

「ごめん。一度気になると我慢できなくて」

「まぁいい。ここからは最短で進む。恐らくクリス・カトマンズとベック・グリーンピースの二組は先を行っているはずだ。追いつくには無駄なアクションは一切とることができないと考えておけ」

「うん。そうだね。ガウェインを奪われるわけにはいかない」


 話し合いを行う三人の後方で「あへぇああ」と間の抜けた声が響いた。

 床に座り込むのはバフ兼回復役のデンターであった。


「大丈夫?」

「体力も魔力も限界」


 気遣って声をかけるセルシアへ肩で息をするデンターが返事をする。

 ここにきて如実に日頃の鍛錬の差が出ていた。


 デンターへ意識が向いたテオドールが心配する。


「最下層までもう半分をきってる。あともう少しだけ頑張ろうよ」

「なんでそんなに元気なんだよ。ここまでぶっ続けで戦っているってのに。お前らの体力おばけか。もう置いて行ってくれ。俺はここでリタイヤする」


 もはや動く気がないのかデンターは床に大の字で寝転がった。

 その様子にテオドールは嘆息してから手を差し出す。


「じゃあ僕がおぶっていくよ。それならかまわないよね」

「はぁ!? マジで言ってんの!?」

「デンターはここまで支援と回復を嫌な顔せず引き受けてくれた。とても感謝しているんだ。それに友達をこんな場所で置いていけないよ」

「ちくしょう、それを言われると頑張るしかなくなるじゃねぇか」

「そうそう。俺達は沼友達だしな」


 渋々身体を起こすデンターへ、マーカスがちらりとブレザーの内側を見せた。そこにはレイアの顔が描かれたバッジが。ふっ、と微笑みを浮かべたデンターはがしっとテオドールの手を掴んだ。


 彼らだけの絆。推しは彼らに実力以上の力を与える。

 沼に沈む者だけが得られる極めて特殊なバフであった。


「あの三人はなぜニヤニヤしているのだ?」

「さぁ?」


 ガウェインとセルシアは首をかしげていた。



 ◆



 テオドールのパーティーはさらに進み開けたエリアへと出る。

 そこで五名は思わぬ者達と遭遇することとなった。


「――あれはクリス・カトマンズ?」

「倒れてるじゃねぇか」


 最初に声を発したのはテオドールであった。

 次にマーカスに肩を借りるデンターが驚愕する。


 エリアの端に邪魔にならないよう綺麗に並べられた四人の男女。

 その中にはクリス・カトマンズの顔もあった。

 四人を見下ろすのは黒髪の男子生徒。彼は五人に気がつき軽く会釈をした。


「彼らは生きているのか?」

「ええ、今は気絶していますけど。初めましてルル・ルヴェイズです。皆さんはA組の方々ですよね」


 一歩前に出たルルは臆することなく堂々とテオドールに挨拶をする。

 遅れて挨拶を返すテオドールの代わりにガウェインが質問を投げる。


「ふむ、状況からしてゴーレムにやられたようには思えないな。それに妙に苦悶の表情だ。もしや貴殿がやったのか。ルヴェイズ家の次男よ」

「ボクをご存じでしたか。光栄です。ご質問へのお返事ですが、彼らを倒したのは別の組の生徒です。ボクは見逃されたにすぎません」


 事情を訊いていたマーカスが口を開く。


「クリス・カトマンズは一年生ながら剣士としても魔法使いとしても高く評価されている。そんな相手を倒せるなんてそうはいない」

「だとするとC組。ベック・グリーンピースだな」


 考えるまでもないというようにガウェインはベックの名を挙げた。

 テオドールの四人が険しい表情をするとルルは「ウィ・・・・・・なんでもないです」と何かを飲み込むように閉口する。

 あれほどの強さを持ちながら活躍を全く耳にしない違和感。もしここで名を言ってしまうとウィルに不都合が生じるかもしれない、そんな考えが彼の中で生まれていた。

 それにここで自分が言わなくともどうせ先で出会うだろう、ルルはそう思い彼らの会話を邪魔しなかった。


「四人は失格でしょうけど貴方はまだ最下層を目指せるのよね? もしよければ私達と一緒に来る? もちろん一位は譲れないけど」

「お気遣い感謝します。ですがボクは彼らと共にリタイヤするつもりです」

「理由を聞いても?」

「主を見捨てて利をとる配下になりたくありませんから」

「なるほど。素晴らしい忠義です」


 彼の返答に感心したようにセルシアが頷く。

 同様にガウェインも「改めて貴殿の名を覚えておこう」と関心を示した。


「急ごう。今ならまだ追いつけるはずだ」

「うし、マーカス背負ってくれ。ここからは走るぞ」

「何で俺が!? って重!」


 テオドール達は足早に階段を下った。

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