四十七話 学院地下ダンジョン攻略(3)
「穿てシューティングスター」
三つの輝石によってアイアンゴーレムの頭部、胴体、片足が消し飛ぶ。
アイアンゴーレムはスイッチが切れたように倒れた。
実のところゴーレムを倒すのはそれほど難しくはない。
初級魔法しか使えない学生でも倒せるよう調整されているからだ。
ただし、複数属性を備えたパーティーに限る、と付け加える必要はあるが。
各層に出現するゴーレムには『一つだけ』弱点が設定されている。
弱点となる属性を一定数当てることで機能が停止する仕組みだ。範囲は階層により異なり、一階層では火と風。二階層では水と土。三階層では風と水と土。四階層では火と水と風と土。最下層である五階層では基本六属性が必要となる。
学生はたった一つしかない弱点属性を探りながら攻撃を行う必要がある。
挑戦する学生達にはバランスの良いメンバー構成が求められる。
つまり事前の準備こそが攻略の鍵なのだが、学院はこの情報をあえて伏せて今回の攻略を行わせている。学生達に考えさせ独自の攻略法を見つけさせようとしているからだ。
生徒が厳しい状況で何を発見するのか。
ただダンジョンに挑むではなく、それぞれの強みや弱みを理解し、他者との繋がりを生み出す場として設計されているのだ。
もちろんソロでも攻略可能にはなっているが、そのぶん難易度は跳ね上がる。
体感だけどソロだとB相当になるだろう。
まぁEXダンジョンをクリアした俺にはお遊戯レベルでしかないがな。
瞬時に舞い戻った三つの輝石は、周囲で円を描くように軌跡を描いた。
宙を舞う輝石は今だけ見られても良いように表面を砂で薄くコーティングしている。星の魔力も極限まで薄くし、隠すように土の魔力で覆っていた。
「開始から二時間。そろそろ誰かと遭遇してもおかしくないな」
現在は三階層。
寄り道しながらのんびり進んでいるので俺が先頭というのはまずないだろう。
成績への影響も考慮して最下層へ行くのは確定としても、ここでわざわざ一位になる必要はない。できれば十位くらいが望ましい。
「あれは・・・・・・」
通路を進んでいた俺は、人の気配に気がつき本棚の陰に身を隠した。
そこは円形のエリアになっており、中央は本棚などのオブジェクトのない広い空間となっていた。
「げほっげほっ、ボ、ボクにはできません」
「拾ってやった恩を忘れたか。没落寸前だった貴様の家に援助をしてやったのは誰だ」
「クリス様のお父上でございます」
円形の部屋の中央では五人の生徒の姿があった。
四つん這いで咳き込む男子生徒を見下ろしながら尊大な態度で語るのは、B組のリーダークリス・カトマンズである。そこまではいい。クラス内のいざこざなんてよくある話だ。
それよりも気になったのが、部屋の隅で気配を殺し様子を窺っている我が兄キアリスの存在である。教師同様に観察役として参加しているのだろう。クリス達は観察役の目があるとは知らず刻一刻と評価を下げているようであった。
げ、こっちに目が。
キアリスは俺を発見するなり片眉をピクリと上げ、どう動くのか注視し始めた。
とりあえず兄に気が付いていないフリをしながら悩む素振りをしておく。
クリスの真横にいる女子生徒が高慢な態度で男子生徒へ語りかけた。
「やっぱりコウモリの子はコウモリね。派閥を点々としながら結局どこにも落ち着けない。八十年以上前だっけ? 闇魔法の名家だったのよね?」
「・・・・・・」
「あんたは命令されたとおりA組のテオドールを魔法で行動不能にしてくればいいのよ。ただそれだけ。潜伏が得意な闇魔法ならできるはずよ」
「ボクは・・・・・・」
会話を引き継ぐようにクリスが一歩前に出る。
「もういい。貴様はここでリタイヤしろ」
「お待ちください! ボクにチャンスを!」
「無能に用はない。アイアンボール」
「!?」
立ち上がった男子生徒へクリスは躊躇なく攻撃魔法を放つ。
反射的に飛び出した俺は鉄の弾を斬った。
あぶないあぶない。キアリスがいる前でスルーしたら後で何を言われるか。
この判断は正解だったらしく我が兄は満足そうに頷いていた。
「クラス内の問題に割って入ってくるとは。何者だ?」
「名前なんてどうだっていいだろ。それより今の攻撃はルール違反じゃないか。当たり所が悪ければ大けがをしていた(ですよね兄上!)」
「待て。その顔、見覚えがあるぞ。スターフィールドの三男だな」
おうっ、顔バレしてるのか。
注意だけして颯爽と逃げようと考えていたのだが。
バレたのならしかたがない。この場は名家の息子らしく振る舞うしかないか。
とりあえず話をする姿勢を見せるべく砂塵剣を鞘に収める。
「どのような事情があろうと暴力は許されない。今回の件はルール違反として報告させて貰う」
「好きにすれば良い。ただし、言ったところで誰も信じないだろうがな」
「なんだと?」
クリスは勝ち誇ったように笑みを浮かべ、その背後にいる三名の生徒も何がおかしいのかニヤニヤしていた。
「ルル。ここでは何も起きなかった、そうだな?」
クリスの有無を言わせぬ物言い。
語りかけられた被害者の男子生徒は唇をかみしめながらこくりと頷いた。
「ということだ。被害者がいなければ問題も問題にならない。威勢良く出てきて何やらほざいていたが、むしろ責められるべきは貴様だと言うことだ。満足に魔法も使えない出来損ないと訊いていたが頭の方も足りないらしいな」
ヤツの仲間である三名がゲラゲラと品のない笑い声をあげる。
キアリスは不動明王のような形相で手元の書類へ何やら猛烈な勢いで書き込んでいた。ただ、この様子だと即失格のラインにはぎりぎり接触していないようだ。残念。
「貴様らのせいで時間を無駄に費やしてしまった。足手まといはどうあっても足を引っ張りたいようだな。今回の件は父上に報告させて貰う。もしかしたら派閥にいられなくなるかもな」
「ま、待ってください! 何でもしますからそれだけは! カトマンズ様の援助が途絶えたら家族が飢えて死んでしまいます!」
「だから? 私には関係のない話だ。かつての闇の名家と訊いて多少は使えるものと考えていたが期待はずれだったな。もう興味も失せた」
クリスは一瞬だけ、俺をにらみつけると背を向けてこの場を後にした。
残された男子生徒は四つん這いになり嗚咽を漏らす。
「ボクは、ボクはどうしたら、もうおしまいだ」
「とにかく立って安全な場所へ移動しよう。ここも敵が来ないとは限らない」
「・・・・・・はい」
彼を連れて本棚の陰へ。
キアリスも気配を殺したままこの場から離脱した。
ルルと呼ばれた少年は気の毒なくらい落ち込んでおり、立っているのすらキツいのかすぐに本棚を背に小さく丸くなるように体育座りになってしまった。
「自己紹介がまだだったな。A組のウィル・スターフィールドだ」
「B組のルル、ルル・ルヴェイズです」
「ルヴェイズといえば闇魔法の名家だったな」
「昔の話です。今じゃ他に取って代わられて没落寸前です」
闇属性は隠蔽効果やデバフ付与と強力かつ特殊な属性だ。
ルヴェイズ家は八十年前まで知らない者はいないとまで呼ばれた名家中の名家であった。
斜陽は宮内における権力闘争に負けたところから始まる。
当時、将軍を務めていたルヴェイズの当主は隣国との戦にて多大な損害を出し、責任を取る形でその職を辞した。しかし、これは他派閥による策略であった。さらに、追い打ちをかけるかのようにルヴェイズ家が他国と通じているとの噂が流れる。そして、逆上したルヴェイズ家当主による宮内斬りつけ事件が発生した。斬られたのは噂を流した派閥のリーダーであった。
ルヴェイズ当主は重犯罪者として処刑。
多大な賠償支払いに加え、領地も没収されることとなる。
取り潰しにならなかったのはそれまでの功績を考慮してのことだった。当主の処刑後に斬りつけられた他派閥のリーダーが他国と通じていた事実が発覚。だがしかし、汚名は完全には払拭されなかった。
その後、ルヴェイズ家は坂を転がるように転落。
今では名ばかりの貴族とまで揶揄されるほど落ちぶれてしまった。
「名家と呼ばれていたのは遠い昔。今は他家に援助して貰わないと食費すらままならない貧乏貴族なんです。おまけにボクには魔法使いの才能がなくて、クリス様が失望されるのも当然です」
「才能がない? 魔力量に不安でもあるのか?」
「いえ、その、魔法を使って戦うのが怖くて・・・・・・」
もちろん知っている。
なにせルル・ルヴェイズは主人公パーティーの一人だからだ。
スターブレイブストーリーには何人もの仲間――パーティー加入者が存在しているが、大半はサブクエクリアを前提とした任意形式となっている。本来は遭遇イベ――ルルを助ける役はテオのだったのだが、タイミングが悪かったのか俺が助けるはめになってしまった。
ちなみにこのルル、とある理由で一部のプレイヤーから絶大な人気を得ていたりする。
濡れ羽色のショートヘアに子犬のような潤んだ目。
色白で線は細く全体的に丸みを帯びている。
身長も低めで声も女性のように高く醸し出す雰囲気も柔らかい。
外見はまさしく美少女。
だが、彼はれっきとした男だ。
可愛いが、男だ。
「ボク、これからどうすればいいんでしょうか」
捨てられた子犬のようにルルが目を潤ませる。
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