四十五話 学院地下ダンジョン攻略(1)

 

 定期試験も無事に終わり、いよいよ一年生によるダンジョン攻略が開始された。


 学院の地下にあるダンジョンは、人工的に生み出された難易度Cの比較的簡単な部類のものとなる。ちなみに攻略難易度はEX~Dとあり、下から数えて二番目。そこそこ自信が付いた学生にはうってつけの難易度だ。


 地下一階のホールでは武器を所持した一年生が集まっていた。


「みんな緊張しているみたいだね」

「そりゃあな。成績にも影響するしなにより他のクラスに負けられねぇ」

「BクラスとCクラスだね」


 デンターと言葉を交わしていたテオは、それとなく話題の集団へ視線を向けた。


 派手な防具を身につけ自信に満ちあふれた表情をした男女――一年B組の面々である。そのほとんどが『カトマンズ派』と呼ばれる貴族である。彼らは伝統と血筋を重要視する傾向にあり、平民からの成り上がりを嫌っている。

 彼らをまとめるのは公爵家のクリス・カトマンズである。

 その見た目はこいつもかと腹立たしく思えるような、ブロンドの長い前髪で片目を隠したクールなイケメンであった。腰には立派な聖剣を備えており、あの歳ですでに刀剣奥義ブレイクアーツを扱えるのは誰の目にも明らかであった。


 クリスはテオを一瞥するとすぐに目をそらし、その隣のガウェインへと目をとめた。

 静かな足取りでクラスメイトから離れガウェインの前で一礼する。


「お久しぶりでございます。ガウェイン殿下」

「夜会以来だな。元気そうで何よりだ」

「殿下よりそのようなお言葉を賜れるとは恐縮の極み。学院でのご活躍も耳にしております。入学から一月も経たたない身であのレオン・アグニスに奉剣を抜かせたとか。さすがでございます」

「私は手伝っただけだ。剣を抜かせたのはそこにいるテオドールである」

「・・・・・・そうですか」


 クリスの顔から笑顔が消え、すっと冷たい無表情となった。

 ここでようやくテオに挨拶をする。


「初めましてテオドール・ウィリアムズ。クリス・カトマンズだ。君についてはと訊かせて貰っている」

「色々ってところは気になるけど、よろしく」


 クリスとテオが握手を交わしたところで、ずいっとクリスが身を寄せ耳元で囁いた。


「平民風情がいい気になるなよ。貴様らより先に最下層へ行くのは我々だ」

「!?」


 離れたクリスは冷たく微笑。

 あからさまな敵愾心にテオは驚いた様子であった。


「てめぇ! テオに喧嘩売るってのはA組に喧嘩を売ったのと同義だぞ!」

「クリス・カトマンズ! 今の発言は聞き捨てならないな!」


 デンターとマーカスが怒りをあらわにする。

 もちろん俺も怒り心頭だ。内心で汚い言葉を吐きまくる。


 その前髪引きちぎってやろうか。

 イケメンってだけでも気に食わないのになんだその態度。

 かぁぁぁあああ、ぺっ。ぺっ。


 ガウェインが「よさぬか」と冷静な声で二人を一喝する。


「先ほどの挑発、A組への挑戦と受け取っても問題ないな?」

「もちろんでございます。B組が勝利した暁にはぜひとも殿下には我がクラスへ移っていただきたく存じます。御身に必要なのはこの私、クリス・カトマンズでございます」

「賭けか。面白い。ではA組より先に最下層へ到達したらB組へ移るとしよう」


 A組がひどくざわつく。

 反対にB組は笑みを浮かべていた。


まるで勝利を確信しているような余裕ぶりだな。まぁ何が起きるのかを俺は知っているから特別不思議とも思わないけど。一つ言えることは、賭けとはそもそも提案された時点ですでに不利なのだ。


「その賭け、C組も乗るぜってな」


 割って入ったのはC組のリーダー『ベック・グリーンピース』である。

 赤毛の短髪にキリッとした眉と男らしい鼻筋。

 高身長ながら引き締まった肉体と、常に担ぐは嫌でも目を引いていた。


 素剣はそのものが最も扱いやすい形態へと変化する。一般的なのは片手剣であるが、人によってはあのような両刃の斧などに変化することも珍しくはない。


「ベック・グリーンピース・・・・・・これはB組とA組の勝負だ。貴様らC組には関係ない」

「B組は良くてC組がダメな理由を是非とも教えてもらいたいね。それに心の広い殿下ならノーとは仰らないはずだぜってな。な、殿下?」


 にかっと笑うベックにガウェインは「ふむ」と呟く。


「無論、断る理由もなければ私は狭量でもない。C組が賭けに参加するのを認めよう。しかし、一方的にあれこれ決められるのは面白くないな。そこで一つ条件を加えることとする。A組が勝利したあかつきには二位のクラスに別荘を用意して貰い夏休みの数日間お世話をして貰う、というのはどうだろうか?」

「ガ、ガウェイン」

「止めるなテオ。このくらいの要求はあってしかるべき。それにこの方がやる気が出るではないか。見よクラスメイトを」


 ダンジョン攻略に消極的であったA組の大半が、ガウェインの付け加えた条件によって喜びそわそわしていた。


 タダで別荘宿泊。当然王子であるガウェインも泊まるのだから並みのもてなしではないだろう。カトマンズ家は公爵だしグリーンピース家も言わずと知れた名家である。大いに期待できる。


 クリスもベックも異論はないようで返事の代わりに一礼して応じた。


 直後にホールに濃密な魔力が広がる。

 魔力は生徒の身体に重くのしかかり全員が息すらできず身をこわばらせる。


「これより説明を始める。傾聴せよ」


 そこにいたのは生徒会長であった。

 彼女の隣には副会長であるキアリスの姿もあった。


 場が静まり生徒会長のアデリーナが説明を始めた。


「これより一年生による地下ダンジョンの攻略を開始する。貴様らが目指すのは五階最下層――賢者の間だ。事前に説明したが難易度Cとはいえ危険も多い。場合によっては死のリスクもあるだろう。学院側としてはできる限り安全策を設けてはいるが完全だとは思わないで貰いたい」

「こちとら大歓迎だぜ。その方が刺激があって退屈しねぇぜってな」


 発言をしたのはベックであった。

 不敵な笑みを浮かべる彼にアデリーナは白い犬歯をむき出しにして笑った。


「その台詞を終わった後でも言えたなら褒めてやる。今回のダンジョンに限っては私自ら仕掛けを施した。実は難易度Cと言ったがあれは嘘だ。貴様ら一年生はC+に設定してある」

「ますますわくわくしてきたぜってな。ちなみに妨害は?」

「ありとする。ただし、辱めを与えるような行為、重傷を負わせるような攻撃は即失格とする。言うまでもないが殺害はもってのほかだ。そのほかにも問題になりそうな行動はこちらの判断で失格とする。せいぜいあがいて一位を目指すのだな」


 アデリーナの視線が俺で止まる。

 なんだか期待しているような目だが、もちろん全力で手を抜くので彼女が考えるような結果にはならないだろう。

 目立てばそのぶん人の目に触れることとなる。そうなればアニマル騎士団との繋がりも露呈してしまうだろう。死なないと確証できるまでは、実力も正体も今はまだ表に出すわけには行かない。まぁ期待されないぬるま湯が気に入っているてのもあるが。


 ホールの奥にある扉が教師の手によって開かれる。

 直後に湿った風が吹き出しホールの埃を舞い上がらせた。


 その名も『サルマンの地下迷宮』である。


 初代学院長サルマン・サンドレットによって生み出されたダンジョン。

 ここで求められるのは危機察知能力と洞察力である。


 キアリスが最初のクラスを呼ぶ。


「最初はC組だ。棄権する者は入り口に戻るか監視役の教師に声をかけるように」

「ういっす。そんじゃあ行くかお前ら!」


 両刃の斧を担いだベックが先頭を切り、C組の面々が嬉々として後を追う。

 C組は三つのクラスで最も異種族が多く荒くれ者が多い。特異な能力を持つ者も多数在籍し、秘めた潜在能力は高い。特に率いるベック・グリーンピースはつい先日奉剣十二士を引退したジャック・グリーンピースの孫と油断ならないヤツだ。


 それに・・・・・・。


 俺はB組のクリスに目を向ける。

 やはり一番気を抜けないのはこいつか。


 こいつは寝取り男だ。


 テオからガウェインを奪おうとしているふざけたヤツ。ガウェインの隣からテオを消し、その親友の席に座ろうとしている輩だ。だがそうはさせない。テオの両サイドはセルシアとガウェインで決まっているのだ。邪魔者が入り込む余地などない。NTR絶対許さないマンの俺がいる限り企みは阻止する。


「次、B組」

「お先にA組の諸君」


 優雅な足取りでクリス率いるB組が扉をくぐる。

 大枚をはたいたであろう派手な装備が彼らの今回に賭ける意気込みを表していた。


「最後にA組。準備は良いな」

「はい」


 返事をしたテオが颯爽とクラスメイトを引き連れる。

 そのまま扉をくぐり階段を下った。


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