四十四話 特別授業(2)
等間隔に石柱が並ぶ闘技場。
石柱の陰から陰へ逃げ続ける影を、クラスメイトが血眼になって追いかけていた。
特に女子の追跡はすさまじく、険悪な仲と言われているグループ同士ですら手を結ぶほどの結束力を発揮していた。一方の男子は個人プレーが目立ち連携とはほど遠い行動が散見される。
魔法による爆発が起きる。爆炎の檻を破るようにして飛び出したのはレオンであった。
すかさず二グループの女子が左右から追い込みにかかる。
動きを目視した彼は「良い連携だ。想定以上だよ」と満足そうに微笑みを浮かべていた。
彼女達の目的はレオン・アグニスとのお茶会である。
あらゆる点においてハイスペックな彼は現在、この国で最もモテる独身男性と言われているそうだ。その人気ぶりは我が社のレイアに並び学院内にはファンクラブも存在しているほどだ。
そんな彼がなんでも一つだけ願い事を訊くと言ったのだから女子のやる気がフルバーストするのは当然だ。ちなみに抜け駆けして婚姻なんて口にすれば後ろからブスリである。恐ろしき女の世界。
「発想はいいのだけれどね。剣を抜かせるにはまだまだ足りない」
石柱の陰に身を隠すレオン。
挟み込んだ彼女達の視界に彼の姿はなかった。
女子と男子は手品師の新作マジックを体験したかのように、その場で足を止め皆一様に棒立ちとなっていた。
「こっちだ!」
レオンを見つけたデンターが叫ぶ。
駆けつけたマーカスが切り上げるが、レオンは涼しげな顔で身を躱す。
「まだだ。ウィンドウボール!」
「なるほど」
直接攻撃を躱されると同時にマーカスは攻撃魔法を発動する。レオンめがけて無数の風の球が放たれた。回避は難しいと判断したのかレオンは簡易障壁を創り出しこれを防いで見せた。
ここに来て初めて足を止めたレオンへ、背後の死角から飛び出したアーシュが剣を振り下ろす。
「もらった!」
「それはどうかな」
背部に張られた簡易障壁が刃を阻む。
飛び下がったアーシュは悔しそうな表情であった。
「振り向きもせず防ぐのかよ。本当に俺達と同じヒューマンなのか?」
「褒め言葉として受け取らせてもらう」
舌打ちしたアーシュが腰を落とし
「この二連撃から逃げられねぇぞ! 剣を抜いて防いでみろ!」
「君のような挑戦者を待っていた」
レオンの肉体が視えない鎧によってに包み込まれる。
簡易障壁の上位『完全障壁』である。正確には完全障壁こそが真の意味における障壁であり簡易障壁は誰でも使用できるように調整された劣化版なのである。しかし、現在ではお手軽さとコスパの面からよほど魔力量に自信のある者しか使用しない珍しい魔法となってしまった。
強烈な二連撃をレオンは飛び下がりながらたやすく
「なっ!? 俺のアーツを剣も抜かず!?」
「素晴らしい奥義だがまだ届かない。奥義は技量によって上がりも下がりもする。十二士になりたければもっと精進することだ」
「どわっ!??」
奥義を放った直後の僅かな硬直にアーシュは腕を掴まれ投げ飛ばされる。
彼をキャッチしたのは子分のハッチとポティーニであった。
「そろそろ来ると思っていた」
レオンの真上で石柱を足場に宙を駆ける影。
一瞬で背後に回り込んだ影の斬撃をレオンは紙一重で躱す。
現れた影はテオであった。
「さすがです。レオンさん」
「君の成長には心底驚かされる。いずれは私、いや、師匠も超えるだろう。だがしかし、まだその時ではない。少なくとも今は」
連撃をたやすく躱し続ける相手にテオは悔しさどころか歓喜の表情を浮かべていた。
そこへさらに攻撃に加わる者が現れた。
白と金で装飾された豪華な聖剣を携えたガウェインであった。
剣の名は【王剣・天鳴】。音、正確には振動を用いて攻撃を行う極めて稀な音属性の聖剣。王族のみが使用を許される奉剣級の聖剣である。外見も王族が持つにふさわしい神聖な触れがたいオーラを放っていた。
さすがに躱しきれないと読んだのか、レオンは簡易障壁でガウェインの斬撃を防いだ。
「
「!?」
一瞬、身体を硬直させたレオンはテオの剣をギリギリで躱し、逃げるようにバックステップで距離を取った。
「殿下の音魔法は反則ですね。発声を増幅し収束させただけだが我々臣下にはそれだけで効き過ぎる。申し訳ありませんが秘密兵器を使わせていただきます」
レオンが取り出したのは耳栓であった。
今度はガウェインが文句を言い始める。
「それこそ卑怯であろう。そう思わぬかテオよ」
「あ、いや、授業だし公平にやるなら仕方ない気も」
「使えるものは全て使うのが主義なのだがな。君がそう言うのなら仕方がない。今は世間で言う公平とやらに従うとしよう」
「ありがとう。それじゃあ攻めるよ」
「任せろ」
一対二の戦いが始まる。
果敢に攻めるテオとそれをサポートするガウェインに、難なく躱しつつもレオンの表情は今までと打って変わり真剣そのものだ。速すぎる動きにその他の生徒は割って入ることもできず傍観するしかなかった。
「すごい・・・・・・以前よりも数段剣のキレが増してる。この短期間でどれだけ成長を。それに難なくついて行くガウェイン様も」
傍観する集団の中で悔しさに震えていたのはセルシアであった。
彼女が人知れず鍛練を積んでいることを俺は知っている。ようやく彼の背中を守れるくらいになれたと思った矢先に差を見せつけられたのだ。彼女と同様にマーカスにアーシュも顔をゆがめ静かに拳を握りしめていた。
一方の俺は壁際で参加もせずのんびり観戦中である。
今回の授業イベは勝っても負けても後々の進行になんら影響はないし結末も決まっている。本気を出すわけにも行かないからほどほどに頑張ってほどほどにサボるつもりだ。
時間の経過と共に、テオとガウェインの連携は精度と強度を増していた。
互いに片側の翼を見つけたような、両翼を得た彼らは教えられることもなく羽ばたき始めた。
阿吽の呼吸。合図すら必要とせず片方の行動に行動を繋げる。
常に先回りされ先手を取られるレオンは表情こそ変化がないが、どこか驚いている雰囲気があった。
「くそっ、障壁が邪魔をして傷を付けられない!」
「常時展開とは卑怯ではないか。レオン」
「むしろ誇っていただきたい。私にこれを使わせる者はそうはおりません。この短期間でのテオ君の急成長も目を見張りますが、殿下も同等かそれ以上に素晴らしい。正直なところ
テオの切り上げに合わせてガウェインが指向性の音を放つ。
音魔法『サウンドプレス』。何倍にも増幅させ収束させた音を対象の真上から落とす攻撃魔法である。本来なら対象者の鼓膜を破るほどのダメージを与えるが、レオンは完全障壁に加え耳栓をしているので足止め程度にしかならない。
直撃を受けたレオンへテオがすかさず斬り込む。
「お見事」
剣を受け止めたのは引き抜かれた奉剣【焦圏・日輪烈火】であった。
レオンは微笑みを浮かべすぐさま奉剣を鞘に収める。
「私の負けだ。約束通りなんでも一つだけ言うことを訊こう。ああ、もちろん私にできる範囲でお願いしよう」
「あ、しまった」
「何か問題でも?」
なぜか頭を抱えるテオにガウェインは「どうした?」と心配そうな顔で声をかけた。
「レオンさんに挑むことしか考えてなくて肝心のお願いを考えていなかった。どうしよう。なにがいいかな? こういうときなんて言えばいいんだろう?」
「ぶっ、ぷはははっ! まったく君は面白い男だな! 王宮にはいなかったタイプだ。ますます気に入ったよ」
「ガウェイン?」
「悪い。それなら全員で行う茶会にでも参加して貰えば良かろう。その方が丸く収まると思うぞ。見よ女子達の顔を」
周囲に視線を向けたテオはぎょっとする。
そこには「お茶会お茶会」「レオン様とのひととき」と殺気立つ女子の集団があった。黒い欲望――彼女達の念が伝わったのかテオは冷や汗を流しながらお願い事をした。
「クラスで行うお茶会に参加していただけませんか。それが僕のお願い事です」
「承知した。喜んで参加させて貰うよ」
女子達の歓声が闘技場に響く。
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